第八章 前編 1話:『ブルジョワ小学生と、やってられねえ大人の事情』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
【あらすじ】
一族は政財界に名を連ねる名家。亜那あちねはエリートの座を蹴り飛ばし、自らドブ板の便利屋へと身を落とした。
相棒は、亡き愛犬の魂が宿る愛車、SAI・ポチC。
高級香水『エゴイスト』を纏いながら、脳が痺れるほどの練乳を愛し、下町の涙を拾う男。
「理屈じゃねえんだよ。……現場の意地、見せてやる!」
本文
宇宙のいじめと、暇な探偵
「チクショウ、ジェリタンの野郎……出演交渉しても、当分は無理ってのは本当なのかよ?」
深海市の下町にある『あちね探偵事務所』。あちねはソファーに寝転がり、脳が痺れるほど甘い特製練乳コーヒーをすすりながら、つまらなそうに天井を見上げた。
「はい、あちね殿。論理的な大人の事情です」
液晶画面の中で、ポチのドット絵がカレンダーをめくるグラフィックを表示する。
「ジェリタン星の軍団は現在、宇宙平和連盟・火星出張所の『カータン所長』という極めて理不尽な上司から、必要以上のいじめ的駆除作戦を受けています。少佐も支社長も、自分のところの防衛(予算確保)で忙しく、地球へ遊びに来る余裕は1ミリもありません」
「宇宙のネズミも中間管理職は大変だな……。おかげでこっちは開店休業、やることなしだぜ」
あちねが真っ赤な鼻をこすり、渋いエゴイストの香りを漂わせながらため息をついた、その時だった。
ピッ、ピッ、ピッ!
「あちね殿、事務所の外をウロウロしている不審な生体反応を検知。年齢は約12歳、衣服の繊維から推定される総資産、通常の小学生の50倍です」
ポチのセンサーが、窓の外で躊躇するように行き来している「影」を捉えた。
やたら元気なブルジョワ小学生
「おいおい、迷子なら交番へ行きな、お坊ちゃん」
あちねがガラッと事務所のドアを開けると、そこに立っていたのは、仕立ての良いオーダーメイドの制服に身を包んだ、やたらと元気で小生意気そうな小学6年生の少年だった。
「ボ、ボクは迷子なんかじゃないやい! ここ、何でも解決してくれるっていう、亜那あちねの探偵事務所だろ!?」
少年はあちねの長い脚を見上げ、ズカズカと事務所へ上がり込んできた。ポチの画面に映るドット絵の犬に向かって「わあ、これがAIバディか! カッケー!」と目を輝かせている。見たところ、いじめられている暗さなど微塵もない、絵に描いたようなブルジョワお坊ちゃんだ。
あちねは着流しの袖を引かれながら、ジト目で問いただした。
「おめえ、制服の刺繍を見るに、あの超名門の『私立ノーベルノグチ小学校』の生徒じゃねえか。そんなお高くとまった学校の優等生が、オイラみたいな泥臭い便利屋に何の用だ? えッ? ホントにいじめられてるの? 冗談だろ?」
「冗談なんかじゃないやい……!」
さっきまで元気だった少年の瞳に、急に大粒の涙がじわりと浮かんだ。
「学校の中は、狂ってるんだ。1次試験で入ったボクたちブルジョワと、2次試験で入った県立に落ちたガリ勉たちが毎日ギスギスしてて……それをいいことに、体育特待生のやばい連中が、暴力でみんなを脅して、裏でお金を巻き上げてるんだ。先生たちは名門のブランドを守るために、全部もみ消して誰も助けてくれないんだよぉ……!」
少年の小さな拳が、悔しさで震えていた。笑顔の裏に隠された、あまりに歪で、涙が出そうな学校の現実――。
それを聞いた瞬間、あちねの胸の奥にある「現場の意地」が静かに火を噴いた。
潜入捜査と、天職の宣告
「よし分かった、お坊ちゃん。その依頼、このあちねが引き受けた! 現場の闇ってやつを、根こそぎ暴いてやる!」
あちねはバシッと愛用の竹箒をひったくり、すぐに潜入用の作業着へと着替えた。
翌日。私立ノーベルノグチ小学校の敷地内。
頭に手拭いを巻き、完全に「ロロロのおじさん(用務員さん)」に変装したあちねは、校庭の隅で凄まじい箒さばきを見せていた。
シュババババババッ!!!
「そりゃっ、高速の寄せだぁ!!」
風を切り裂く竹箒の連撃により、落ち葉が一瞬で芸術的な山へとまとまっていく。その神がかったお掃除技術に、通りかかる小学生たちが「すげえぇぇ!」と鈴なりになって注目し始めた。
そこへ、変装の指揮を執るため、保護者を装って潜入していたカエル美女の『アマケロ支店長』がフッと美しく微笑みながら歩み寄ってきた。あちねの見事なハマりっぷりを見て、一言。
「あちね殿、もう探偵(便利屋)なんてやめて、本物の用務員さんになったらケロ? 驚くほど似合ってるケロよ」
「(ガーンとショックを受け、真っ赤な鼻をこすりながらボロリと悔し涙をこぼす)……チクショウ、オイラは一応、政財界にも名が通る名家の生まれなんだぞ! なんで下町の探偵の次は、小学校の用務員が天職みたいに言われなきゃならねえんだよぉ!」
「あちね殿、泣いている暇はありません。この学校は広すぎて、あなた一人の箒さばきでは捜査が追いつきません」
用務員カートに潜入したポチの液晶がピコピコと光る。
「そこで、こちらで秘密裏に動きます。アマケロ星の置き型防犯ロボのプログラムを書き換え、全自動お掃除ロボに変身させた『アマケロルンバ型』を校内へ大量に派遣。さらに、子供たちが大人に内緒で本音を話せる秘密の相談室――『アマケロルーム』を、使われていない旧書庫に設置しました。ここから内密にデータを集めます」
「へへっ、頼りになるじゃねえか、ポチ。よぉし、ルンバたちが裏を嗅ぎ回る間、オイラは用務員の意地として、表からあの悪いガキどもの現場に乗り込んでやるとするか!」
ハイテクお掃除ロボと、神速の箒を持つ用務員。
歪んだ名門小学校を舞台に、子供たちの笑顔を取り戻すための、前代未聞の潜入捜査が幕を開ける!
(第2話・前編2へ続く)
【結びの一句】
春の校 箒さばきに 散る涙
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




