第七章 前編1話『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。後書き
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第七章 前編 1話:『アマケロ大使の涙と、やってられねえ宇宙の諍い』
【あらすじ】
一族は政財界に名を連ねる名家。亜那あちねはエリートの座を蹴り飛ばし、自らドブ板の便利屋へと身を落とした。
相棒は、亡き愛犬の魂が宿る愛車、SAI・ポチC。
高級香水『エゴイスト』を纏いながら、脳が痺れるほどの練乳を愛し、下町の涙を拾う男。
「理屈じゃねえんだよ。……現場の意地、見せてやる!」
1. 潤った事務所と、贅沢な一杯
「ズズ、ズズズズズ……ッ! はぁー、やっぱり財政が安定した後の練乳コーヒーは、五臓六腑に染み渡りやがるぜ!」
あちねは事務所の特等席であるソファに深く腰掛け、脳が痺れるほど甘い特製コーヒーを優しくすすった。
前章でジェリタン軍団の残党から「恩返し」として手に入れたレアメタルや宇宙物質の換金により、あちね事務所の通帳には、見たこともない桁の数字が並んでいた。溜まっていた3ヶ月分の家賃は一括で支払い、大家のババアからも「今月は愛想が良いねえ」と褒められたばかりだ。
右足に嵌った洗車バケツすら、どこか心なしか誇らしげにピカピカと輝いているように見える。
「あちね殿、機材のアップデートも完了し、キャロルのメインサーバーの処理速度は従来の2.4倍に向上しました」
ポチのドット絵が、液晶画面の中でタキシードを着たような少しリッチなグラフィックで蝶ネクタイを揺らす。
「これで当分は、飢え死にする論理的リスクは完全に回避されました。のんびりと下町の迷子猫でも探しながら過ごすのが、現在の最適解ですね」
「おうよ、ポチ。現場の便利屋だって、たまにはこういう優雅な休日がなきゃやってられねえからな」
あちねが首筋に『エゴイスト』を軽くひと吹きし、のんびりと目を閉じた――その、わずか3秒後だった。
ドガッ!!!
事務所の頑丈な防犯ドアが、凄まじい衝撃音とともに内側へ向かってブチ破られた。
2. ミケタン星の危機
「あちね殿ーーー! 助けてケロォォォ!!」
飛び込んできたのは、仕立ての良い豪奢なシルクのマントを羽織り、立派な髭を蓄えた、見るからに高貴なカエル――ミケタン星の上層部を担うあまがえる科の最高外交官、『アマケロ大使』であった。
そのすぐ後ろでは、目が完全に左右にズレたお馴染みの『アマケロ課長』(こちらも実務家カエルの姿)が、申し訳なさそうに直立不動で敬礼している。
「おいおいおい! 誰かと思えばあまがえる科の大使様じゃねえか。せっかく直したドアをまたブチ破りやがって、うちの事務所は宇宙船のドックじゃねえんだぞ!」
あちねは驚いてソファから飛び起き、竹箒をバシッと構えた。
しかし、アマケロ大使はあちねの長い脚にすがりつくようにして、床にビターンと平伏した。マントの隙間から、大粒の涙がボロリ、ボロリと流れ落ちる。
「贅沢を言っている場合ではないケロ! 我がミケタン星に共に暮らす、2つの猫科種族の未来が、いま危機に瀕しているケロ!」
「あんだと? 猫科種族だぁ?」
あちねは真っ赤な鼻をこすり、眉をひそめた。
大使に代わって、アマケロ課長がズレた目をピコピコと動かしながらデータを提示した。
「我が星の国境沿いにある『マタタビ湖』を舞台に、三毛猫の毛並みを持つ**『ミケタン軍団』と、こないだあちね殿が手なずけて宇宙へ見送った黒猫の『クロタン軍団』**が、全面戦争を起こしそうなんだケロ!」
「あのモフモフの黒猫たちか……あいつらはいい奴らだったぜ。なんでまた、毛並みが違うだけの同じ猫同士でケンカなんか始めるんだよ」
3. 巨大シャケの争いと、あちねの閃き
「原因は、マタタビ湖に生息する**『銀河巨大シャケ』**の漁獲量争いだケロ」
アマケロ大使がハンカチで涙を拭いながら説明する。
「あの魚は猫型種族にとって極上の栄養源。お互いに『あいつらの方が多く捕まえている!』と嫉妬し合い、いま湖の上に宇宙戦艦を並べて『シャーッ!』と凄まじい睨み合いを続けているケロ。このままではミケタン星が猫の毛まみれになるケロ!」
「ハッ、くだらねえ!」
あちねは呆れて竹箒を肩に担ぎ直した。
「たかが魚の奪い合いで宇宙戦争なんて、やってられるかってんだ。両方で半分こに分け合えば済む話じゃねえか」
「それができないから困っているケロ! 巨大シャケは捕まえるとすぐに鮮度が落ちるし、頭や骨を捨てる割合が多くて、どうしても分配で揉めるケロ!」
大使の訴えを聞きながら、あちねは手元の練乳コーヒーの缶をじっと見つめた。ドロドロに甘い液体。すべてが均一に混ざり合い、誰がどこを飲んでも同じ美味さのシロップ。
その瞬間、あちねの脳細胞に、現場の閃きがカチリと火を灯した。
「……おい、お前ら。魚をそのままの形で奪い合うからケンカになんだよ」
あちねは不敵に笑い、高級香水のボトルを指先で弄んだ。
「捕まえたシャケをなぁ、全部すり潰してドロドロのペースト状にしちまうんだよ。それをチューブのパウチに詰め込んで、どっちの猫もペロペロ舐め合える『特製チュルチュルfoods』の工場を湖の横に建てる。さらに、地球の『養殖技術』を教えてやってシャケを無限に増やしちまえば、奪い合う必要すらなくなるだろ?」
「な……何ケロ、その神がかった天才的な発言は……!」
アマケロ大使が大きな目を丸くした。
「あちね殿、それは非常に論理的です」
ポチのドット絵が、ガッツポーズのグラフィックに切り替わる。
「液状化による廃棄率の削減、および養殖による資源の永続化。これなら両国の不満は100%解消されます」
「がってんだ! そうと決まれば、猫どもの喧嘩を両成敗しに行くぜ! ポチ、キャロルを宇宙仕様に変形させな!」
「了解、あちね殿。チュルチュル工場建設プロトコル、起動します!」
懐が潤ったばかりの便利屋あちねは、今度はミケタン星のモフモフたちを美味いおやつで救うため、再び宇宙の戦場へと飛び出すのだった。
(第2話・前編 2話へ続く)
【結びの一句】
春の海 魚をめぐる 猫の沙汰
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




