第六章 中編 『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
まえがき
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第六章 中編:『港湾地区の怪奇と、消えたエゴイスト』
1. 氷室不在の三重苦
「チクショウ、追跡レーダーが全く反応しねえ! どいつもこいつも、ステルスで地下をチョコマカ走りやがって!」
あちねは港湾地区の寂れた潮風の中、竹箒を地面に叩きつけた。右足の洗車バケツが、錆びついたコンクリートの上で虚しく響く。
女の子の依頼を受け、あちねとポチはすぐに捜索を開始した。だが、ジェリタン軍団の残党どもは、前回の厨房決戦よりもさらに執念深く、すばしっこくなっていた。
「超高速移動」に「ステルス機能」、さらに深海市の古い下水道を使った「地下移動」。この三重の防壁の前に、街の電柱にあるアマケロセンサーすら、奴らの尻尾一つ捉えられないのだ。
「あちね殿、さらに論理的ではない報せです」
ポチのドット絵が、液晶画面の中で頭に包帯を巻いたようなお疲れモードのグラフィックに切り替わる。
「スマートシティ統括本部の氷室殿に、衛生特区の権限を使って地下道のハッキング協力を要請しましたが……現在、彼は『スマート衛生管理特区・国際会議』の議長を務めており、本日中の出動は100%不可能とのことです」
「なんだって!? あのお堅い眼鏡、一番肝心なときに役に立ちやがらねえ! ……へっ、上等だ。最初からあいつの力なんてアテにしちゃいねえ。現場の意地ってやつを、俺とポチだけで見せてやろうじゃねえか!」
2. 地下から漂う、大人の香り
あちねは真っ赤な鼻をこすり、港湾地区にぽつんと佇む、巨大な赤レンガの廃倉庫を見上げた。かつては密輸船の倉庫だった場所だ。今は立ち入り禁止の廃墟となり、不気味な静寂に包まれている。
「ポチ、この中に残党が盗んだ宝を溜め込んでるのは間違いないんだな?」
「はい。ですが、ハイテクセンサーは完全にジャミングされています。ここから先は、あちね殿の言う『理屈じゃない現場の勘』とやらに頼るしかありません」
あちねはふっと目を閉じ、着流しの襟を正した。その時、あちねの鼻腔が、異様な「違和感」を捉えた。
「……おい、ポチ。お前、さっきから『エゴイスト』の香水を使いやがったか?」
「失礼な。私には嗅覚も香水をつける趣味もありません」
「じゃあ、なんでこんな潮臭い廃墟の床から、俺の愛用してる香水の匂いがすんだよ……?」
あちねが地面に目を落とすと、錆びついたマンホールの蓋の隙間から、微かに、しかし確かに『エゴイスト』の渋い香りが漂い上がってきた。
前編のドタバタの際、床に転がった香水が、逃げ惑う部下ネズミの服にべったりと付着していたのだ!
「ビンゴだ! ステルスで姿は消せても、俺の香水の匂いまでは消せねえようだな!」
3. 聴覚特化モード、起動!
「ポチ! レーダーを切れ! 音響センサーを最大にしろ! 地下の『音』を拾うんだ!」
「了解! システム、集音・聴覚特化モードに移行!」
ポチのドット絵が、耳をピンと立てた犬のグラフィックに変わる。キャロルの高感度マイクが、マンホールの奥深く、暗黒の地下道の音を拾い上げた。
『ザーー……カチャ、カチャ……ちゅう!』
『静かにするちゅう! この金ピカの首飾りは、支社長へのお土産にするんだから傷つけるなちゅう!』
「聞こえたぜ……ネズミどもの声だ!」
あちねは竹箒を強く握り直した。見れば、マンホールの周りには、いつの間にか港の野良猫たちが集まり、床下をじっと睨みつけている。クロタン軍団はいなくとも、街の猫たちのネットワークが、あちねの味方をしてくれていた。
「サンタさんの首飾りは、まだ無事みたいだな。待ってろよお嬢ちゃん、ロロロのあ兄きが、今すぐその薄汚い泥棒ネズミどもを床下から掃き出してやる!」
あちねはマンホールの蓋をバシッと踏みつけ、廃墟の地下へと続く暗い階段へ向かって、躊躇なく飛び込んでいった。
(第六章 後編 完へ続く)
【結びの一句】
春の闇 匂い優しき 隠れ処かな
あっちゅ寝太郎




