第五章 後編 全4話 完『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
まえがき
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第五章 第四話(後編):『ラードの海と、モフモフUターン!』
1. 泥泥の厨房決戦
「突撃ちゅうーー!」
ジェリタン少佐の号令とともに、桃福の厨房の床下から、無数の部下ネズミたちが溢れ出してきた。奴らはなんと、厨房の床に秘伝のラードをぶちまけ、波乗りのように滑りながら超高速で襲いかかってきたのだ。
「うわっとっと! 動きが速すぎて、竹箒が追いつかねえ!」
あちねはラードに足を滑らせ、右足の洗車バケツをガタガタ鳴らしながら、派手にひっくり返った。その拍子に、高級香水『エゴイスト』の瓶がポケットから飛び出し、床に転がる。
「非衛生極まりないな! アマケロ軍団、仕様変更『油分凝固粘着砲』発射!」
氷室がスマート端末を叩くと、厨房の窓の外から、電柱のアマケロたちが一斉に照準を合わせた。
ズドン! ズドン!
放たれた特殊粘着弾が床のラードを瞬時に固め、部下ネズミたちの足を次々と封じ込めていく。
「ちゅう!? 足が動かないちゅう!」
「よし、今だ! 課長特製、近接格闘仕様――『アマケロパンチ』!」
あちねが叫ぶと、窓から電柱の太いアームがグインと伸び、その先からシリコン製の巨大なカエルの拳が飛び出した。
ポカッ! ポカッ! ポカカカカッ!
「ちょっと痛い」程度の優しい衝撃がネズミたちを叩く。だが、ジェリタン少佐も負けてはいない。宇宙母船からのバックアップを受け、凄まじいカウンターハッキングでアマケロの制御を奪い返してきた。
「ううっ、部下たちのチャーハンのために、負けるわけにはいかんのだ、ちゅう!」
少佐はホログラム越しに鼻水をすすりながら叫ぶ。再び超空間迷路が開き、あちねたちは一転して大ピンチに陥った。頭の上からタライが降ってきて、氷室の頭に見事にクリーンヒットする。
「痛っ……! なんという非論理的な質量攻撃だ!」
2. 宇宙からのモフモフUターン
「ちくしょう、多勢に無勢だ! ここまでか……!」
あちねが悔し涙を滲ませた、その時だった。
ガシャーーーン!!
厨房の天井の換気扇が、外側から凄まじい力でブチ破られた。
「ニャーーーーン!!」
鳴り響いたのは、聞き覚えのある力強い鳴き声。
なんと、宇宙へ帰ったはずの『クロタン軍団(クロネコ隊)』が、あちねの『エゴイスト』と『練乳コーヒー』の匂いを銀河の彼方で察知し、宇宙船を急ターンさせて戻ってきたのだ!
「お、お前ら……戻ってきてくれたのか!」
「ゴロゴロ……ニャオ!」
一番大きなクロネコがあちねの顔をペロリとなめると、そのままの勢いで床へ飛び降りた。
天敵である黒猫たちの登場に、ジェリタン軍団の顔色が変わる。
「な、何ちゅうモフモフなプレッシャーだ!」
動けないネズミの部下たちを、クロネコ隊が圧倒的な可愛さと素早さで、肉球ポカポカ攻撃によって一網打尽にしていく。
「おのれ、ここまでか……! だが、我が軍の誇りは崩れん! 全員撤退、バイバイちゅう♥」
宇宙母船のジェリタン支社長の指示により、捕まりかけた部下ネズミたちは、一斉に愛嬌たっぷりの投げキッスを放った。すると、パッと桃色の煙が巻き起こり、彼らはすたこらササッと煙の中に消え去っていった。
もちろん、誰も死なない、ちょっと痛い思いをしただけのセーフティな撤退である。
3. 最高のチャーハン
「……やれやれ。私の計算機も、猫の手を借りるとは予想外でしたよ」
スーツをラードまみれにされた氷室が、ハゲタカに突つかれたような顔でため息をついた。
「へっ、結果オーライだ。ほら、見てみなよ」
あちねが竹箒で最後の一掃きをすると、厨房は鏡のようにピカピカに輝きを取り戻していた。
「あちねの旦那! 氷室の旦那! 助かったよぉ!」
大喜びの桃福の親父さんが、お礼にと、大盛り特盛の「黄金チャーハン」を人数分、そしてクロネコたちには極上のミルクを用意してくれた。
「美味い、美味いケロ!」
秘密ベースからこっそり合流した美人支店長やクロタン課長、そしてポチの液晶の中のドット絵犬までが、みんなで一つのテーブルを囲んでチャーハンを頬張る。
宇宙の母船で悔しがっているであろうジェリ大帝たちにも、いつかこの味を食わせてやりてえな――あちねは真っ赤な鼻をこすりながら、そう思った。
深海市の夜風が、ほんのり香ばしい中華スープの香りを運んでいく。便利屋あちねの現場の意地は、今夜もスマートに(?)下町の味を守り抜いたのだった。
(第五章・全4話 完)
【結びの一句】
チャーハンの 湯気に溶けゆく バイバイちゅう
あっちゅ寝太郎




