第五章 中編『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
まえがき
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第五章 第三話(中編:作戦会議):『白い軍服の少佐と、母船からの指令』
1. 秘密ベースの警告
「てやんでえ! チャーシューやラードが宙に浮くだなんて、手品じゃねえんだぞ!」
あちねは悔しさのあまり、秘密ベースの床を右足の洗車バケツで激しく踏み鳴らした。高級香水『エゴイスト』の残香が、ベースの消毒液の匂いと混ざり合う。
「落ち着くケロ、あちねさん」
ベースの巨大スクリーンの前で、擬態を解いた美人支店長が、息を呑むような美貌に深刻な色を浮かべて振り返った。
「ポチさんが回収した周波数データから、敵の全貌が判明したケロ。桃福を襲撃しているのは、ミケタン星の長年の宿敵、ネズミ型宇宙人『ジェリタン軍団』ケロ!」
スクリーンに、地球の衛星軌道上に潜む、巨大なチーズ型の「宇宙母船」が映し出される。
「最高権力者の**『ジェリ大帝』と、予算を握る『ジェリタン支社長』**は、あの安全な母船から高みの見物で指示を出しているケロ。奴らの狙いは地球の極上グルメ……まずは桃福の秘伝ラードを奪い、銀河の胃袋を支配する計画ケロ!」
「ふん、安全圏からのリモート侵略か。どこまでも姑息で非論理的な連中だな」
氷室は腕を組み、壊されたドローンのデータを未練がましく見つめながら吐き捨てた。
2. 白い軍服の少佐、現る
「……お前たち地球人に、我が軍の崇高な理想を非論理と言われる筋合いはない、ちゅう」
突如、秘密ベースの通信回線が強制ハッキングされ、メインスクリーンに等身大のホログラムが映し出された。
あちねと氷室は、同時に目を剥いた。
そこにいたのは、汚れ一つない、真っ白なミニチュアの軍服をビシッと着こなした一匹のネズミだった。
姿勢の良さ、冷徹な眼鏡(集光レンズ)の奥の眼光、そして何より醸し出す「超エリートのインテリ雰囲気」が、隣にいる氷室と完全に一致している。
ジェリタン軍団の前線指揮官――ジェリタン少佐であった。
「貴様が、現場を指揮しているネズミか!」
氷室が不快そうに眼鏡を直すと、画面の中の少佐も、全く同じ角度でレンズを押し上げた。
「いかにも。私はジェリタン少佐。……大帝や支社長は地球のラードを兵器転用すると仰るが、私の目的は違う。……ううっ」
突然、少佐の鋭い目つきが歪み、大粒の涙がボロリとこぼれた。少佐はポケットから白いハンカチを取り出し、ズビズビと鼻水をすすり始めた。
「……前線で戦う我が部下たちに、桃福のあの、黄金色に輝く最高に美味いチャーハンを腹一杯食わせてやりたいだけなんだ! そのためなら、私はどんな泥を被っても構わない、ちゅう……!」
「な、なんだあいつは!? 私にそっくりなツラをして、急に現場主義の人情論を語り出すな!」
氷室が絶叫する。
「へっ、お堅いエリートかと思えば、案外、涙もろいオヤジじゃねえか。少佐と言ったな、そっちの事情は分かったが、桃福の親父さんの涙を黙って見過ごすわけにはいかねえんだよ!」
あちねが竹箒をびしっとホログラムに突きつけた。
「交渉決裂だな、あちね。……次は我が精鋭部隊が、厨房を完全に制圧する。バイバイちゅう」
少佐は冷徹な顔に戻り、ホログラムはプツリと消えた。
3. 新兵器『アマケロパンチ』承認
「あちねさん、氷室さん、感傷に浸っている暇はないケロ!」
美人支店長がコンソールを叩くと、深海市の電柱に設置された監視カメラ「アマケロ」の設計図が立ち上がった。
「奴らの『超空間迷路』を破るには、こちらも場面に合わせた多様な仕様変更が必要ケロ。まずは厨房の油分を固めて足止めする『油分凝固粘着砲』の追加、そして――」
「おい、支店長」
それまで黙って聞いていたクロタン課長が、どこかズレた目を輝かせて挙手した。
「接近戦用に、物理的にポカポカ叩く『アマケロパンチ』の仕様も承認してほしいケロ。シリコン製で安全ケロ」
「よし、全部採用だ!」
あちねは練乳コーヒーをグイと飲み干し、不敵に笑った。
「白い服の少佐殿、部下を想う気持ちは立派だが、現場の意地ってやつを教えてやるぜ。ポチ、キャロルのエンジンを回せ! 厨房へ殴り込みだ!」
(第四話・後編:第一部へ続く)
【結びの一句】
春の日に 涙をぬぐう 白き袖
あっちゅ寝太郎




