第五章 前編 1話『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
まえがき
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第五章 第一話(前編:依頼段階):『モフモフの見送りと、桃福の涙』
【あらすじ】
一族は政財界に名を連ねる名家。亜那あちねはエリートの座を蹴り飛ばし、自らドブ板の便利屋へと身を落とした。
相棒は、亡き愛犬の魂が宿る愛車、SAI・ポチC。
高級香水『エゴイスト』を纏いながら、脳が痺れるほどの練乳を愛し、下町の涙を拾う男。
「理屈じゃねえんだよ。……現場の意地、見せてやる!」
1. クロタン軍団との別れ
「あちね殿、これ以上お腹をなで回すのは論理的ではありません。彼らの宇宙船の燃料が気化してしまいます」
「てやんでえ、ポチ! あいつらが寂しそうな顔してんだから、しょうがねえじゃねえか!」
深海市の秘密の裏路地。あちねは着流しの袖をまくり、数十匹のクロネコ隊(クロタン軍団)に囲まれて泣きべそをかいていた。
前章での大騒動の末、あちねの「特製練乳またたび弾」で手なずけられた黒猫たちは、すっかりあちねに懐いていた。だが、彼らはクロタン星の立派な戦士。本国への帰還命令が出たのだ。
「ゴロゴロ……ニャ〜ン」
一番大きなクロネコがあちねの洗車バケツに頭をすりつけ、名残惜しそうに宇宙船へと乗り込んでいく。
「達者でな! 宇宙に行ってもミルクいっぱい飲むんだぞぉ!」
あちねが『エゴイスト』の香水が染みたハンカチを激しく振る中、黒い宇宙船は静かに夜空へと消えていった。
2. 桃福の親父の涙
モフモフたちを見送った切なさに浸る間もなく、あちね事務所のドアが文字通りブチ破られた。
「あちねの旦那ぁ! 頼むから助けてくれぇ!」
飛び込んできたのは、下町の名店『桃福』の親父さんだ。エプロンで顔を覆って号泣している。
「おいおい、親父さん、カンカンの頭を真っ赤にしてどうしちまったんだい?」
「ネズミなんだよぉ! 最近、厨房に新種のネズミが出て、店を休業せざるを得ないんだ! 奴らがうちの秘伝のラードやチャーシューを、一分の狂いもなく計算ずくで盗んでいくんだよぉ!」
あちねは竹箒をパッと構えた。
「桃福のチャーハンが食えなきゃ、俺の胃袋が干からびちまう。がってんだ、今すぐそのネズミを掃き出して……」
3. エリートの強制介入
「ストップだ、あちね。無許可の者が現場を荒らすのは論理的ではない」
背後から冷徹な革靴の音。黒塗りのセダンから、スマートシティ統括警視・氷室零が降り立ってきた。
「氷室! 貴様、なんでここにいやがる!」
「公務だよ。桃福のある区画は、今月から最新の『スマート衛生管理特区』に指定された。今回の依頼を引き受けるには、市が発行する『特別衛生許可証』が必要だ。つまり、私が同行しなければ、お前は不法侵入で逮捕される」
「あちね殿、諦めなさい」
ポチのドット絵が液晶で溜息をつく。
「今のあちね事務所のライセンスでは、厨房の敷居を跨ぐことすらできません。ここは氷室殿の権力をカモフラージュとして利用しましょう」
「誰がカモフラージュだ! 私はスマートな街を守るために……」
氷室が言いかけるのを無視して、あちねは「へっ、お堅い眼鏡が一人増えただけだ。行くぜ、ポチ、氷室!」と桃福の暖簾をくぐった。
しかし、この時のあちねたちはまだ知らなかった。
クロタン軍団が去ったばかりの深海市に、宇宙から全く新しい「未知の影」が忍び寄っていることを――。
(第二話・厨房調査とジェリタン軍団の影へ続く)
【結びの一句】
行く猫や 夜空に残る ミルクの香




