第三章 後編 全3話 完『AIバディ・ポチの事件簿 〜エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
まえがき
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
第三章:庭の手入れと不要品の回収(後編)
「……ポチ、まさかとは思うが」
「福まる食堂」の裏手にキャロルを隠し、あちねがトランクを恐る恐る覗き込む。
トランクの中の金属体が、ピカッと明滅し、続けて『……ワン?』という、間の抜けた鳴き声のような信号音を発した。
ポチのドット絵が、深刻な表情から一転、脱力したような形に変わる。
「……解析完了しました、あちね殿。結論から申し上げます。『重要指名手配のバイオデータ』というのは、正確には……ミケタン星の王族が飼っていた『宇宙柴犬』の、迷子札でした」
「……は?」
「王族の飼い犬が迷子になった際、発見者に確実に連絡が行くよう、大袈裟なほど厳重な暗号化が施されていたんです。おかげで初期解析では『重要指名手配犯のデータ』と誤認してしまいました。……大変失礼しました。少々、警戒しすぎましたね」
「なんだよ、それ……。宇宙で一番ヤバい奴じゃなくて、宇宙で一番の甘えん坊の忘れ物だったのか」
脱力するあちねの横で、トメ婆さんが勝手口から身を乗り出した。
「ああ、それかい。うちの死んだ爺さんが、昔庭に迷い込んできた変な犬を数日預かってやったことがあってねえ。そのお礼にって、置いていかれた物だよ。まさか、そんな大層な代物だったとはねえ」
「トメ婆さん……そういうことなら、話は早い。これぁ、正真正銘の忘れ物ってわけだ」
そこへ、再びあの不快なタイヤの音が響いた。洗車場を回ってきたのか、わずかに水滴を滴らせた氷室のクラウンが、恐る恐るといった様子で角から現れる。
「……亜那。まだ、そのデバイスから未知の周波数が発信され続けている。市のネットワークへの影響を鑑みれば、確認だけでもさせてもらいたい」
先ほどまでの高圧的な態度は鳴りを潜め、遠巻きに様子を窺うような声色だった。
「氷室、心配すんな。お前が恐れてた『指名手配犯』の正体は、これだ」
あちねが差し出したトランクから、迷子札が『クゥン』と控えめな音を漏らす。
氷室は眼鏡の奥で瞬きを繰り返した。
「……犬の、迷子札……? あれほどの厳重な暗号が、たかが迷子札のためだと……?」
「宇宙の王族ってのも、案外、俺たちと変わらねえのかもな。……可愛い忘れ物を、必死に捜してるだけだったんだよ」
氷室はしばらく沈黙した後、疲れたようにこめかみを押さえた。
「……そうか。ならば、私の懸念は取り越し苦労だったわけだ。……市民生活への影響がないと判明した以上、これ以上の介入は控えよう。返還の手続きは、そちらの民間協力者に一任する」
負け惜しみを言う元気もなさそうに、氷室のクラウンは静かに走り去っていった。
デバイスはその後、ミケタン星支店長の手を通じて、無事に王族の元へ返還されることとなった。お礼として贈られた「少しだけ旨いジェラート」の山を前に、トメ婆さんは満足げに笑った。
「あちね殿、おかげで宇宙のワンちゃんも一安心です。……で、残った庭の草むしりはどうするんです? まだ半分も終わっていませんよ」
夕暮れ時、ようやく静かになった深海市の空を見上げ、あちねは腰をさすりながら一句詠んだ。
結びの一句
カメムシも 宇宙の犬も みな家族
『あちね殿、綺麗にまとめようとしてますが、あなたの作業着、カメムシの臭いと泥で、家族も寄り付かないレベルですよ。さっさと帰って、二回シャンプーしてください』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。
全3話 完
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。




