きっかけ
アルバイトが終わり、私と桃胡さんは、フロアマネージャーが運転する車に揺られていた。
私は助手席で、桃胡さんは後部座席から私のシートを掴み、ひょこっと顔を出している。
「莉羅ちゃんっ、こいつとの状況を脱するっていったよね!?」
噛み付いているの間違いだった。
「そりゃあ噛み付きたくもなるでしょうよ? だって莉羅ちゃんは、全然こいつから脱却が出来ていないんだから」
う。私だって意味がわからないですよ……。それにしても桃胡さん、よく来られましたね。怖くないんですか?
「こっ、怖いも何も、お祓いとか胡散臭いし……それに俺は、色情霊じゃないからね!」
そう言って、ドカッと後部座席に腰を下ろした桃胡さんに私は言う。
でも、フロアマネージャーからの第一印象は色情霊ですよ。私なんか、未だにそうなんじゃないかって疑っていますからね。
「本当に違うってっ。単純に、莉羅ちゃんのことが好きでしょうがないだけだってっ」
桃胡さんは助手席の背凭れをすり抜け、私をハグしてきた。
桃胡さんという存在は、こうして車に揺られたり、ベッドに寝そべったりもするのに、都合よくすり抜けられるのが不思議である。
あと、雑貨とか物には触れられないのに、私の服やフロアマネージャーが買ってくれたぬいぐるみとかには触れるっていうのも謎だ。んー。
「莉羅ちゃんさぁ、俺に興味を持ってくれるのは嬉しいけれど、分析したって仕方がないと思うよ?」
仕方がない……確かにそうですね。宇宙人と違ってロマンも感じませんし。
「そうそう……って、莉羅ちゃんっ。そんなわけのわからないのと俺を一緒にしないでってばっ」
あははーと、心の中で私が桃胡さんに苦笑していると、運転席から咳払いが聞こえてきた。私たちの意識がフロアマネージャーへ向くその途中で信号は赤に変わり、車が一時停止する。
フロアマネージャーはハンドルを握る手を緩め、一瞬だけ私へと視線を移すと言った。
「そういう服装もされるんですね」
「え?」
「いえ……普段の装いと違うように感じましたので……」
「は、はぁ」
まぁだってこれ、桃胡さんが選んだ服だから。
胸元にリボンをあしらったサマーニットとシアーカーディガンのアンサンブルに、ハイウエストのタイトスカート。「今夜は眠らせてあげるから」と、しつこくお願いされて着た服である。
結局アルバイト中に変なことをされたから、意味のない取引だったけれど。しかも事務所でっていう……はぁ。
「確かに、両親と食事する時の為に用意した服ですから、普段着とは違いますね。でも今からお寺に行くなら、襟付きでなくてもカジュアル過ぎなくて良かったです。そう言いますフロアマネージャーは、普段からスーツなのですか? 水族館の時も、綺麗なシャツをお召していらっしゃいましたし」
桃胡さんもYシャツですし。と、私は心の中で呟く。
というか、さっきのフロアマネージャーの発言。私の普段着を把握しているって話ではないよね。この前、水族館の時に着たワンピースと雰囲気が違うって意味だよね。
まさかそれとも、フロアマネージャーって女性従業員の格好をチェックするくらい女好きだったりするのかな……桃胡さんえっちだし。
「そうですね。私はあまり服装に興味がないので、大体このジャケットを脱いだような格好が多いです」
「そうなんですか……。きちんとした格好って、フロアマネージャーのイメージにぴったりで、よくお似合いですね」
「あ、ありがとうございます……しかし気になりますね。貴女は今、気落ちされたように見えました」
「え?」
態度に出てたんだ。やばい、失礼だったよね。
「すみません……。その……私はお洋服が好きなので、フロアマネージャーのご興味ないという言葉に寂しさを感じたのかもしれません……。あっ、でも私の勝手な被害妄想なので、気にされないでくださいねっ」
「いえ。こちらの方こそ、すみませんでした……。貴女の気持ちを踏みにじるようなことを言ってしまうなんて……先ほど私は服装に興味がないと言いましたが、センスがないとの間違いですね」
「フロアマネージャー……」
信号が青に変わり、フロアマネージャーは再び車を走らせる。
「偶然外で会った時にも、貴女はそうでしたから。貴女は髪型1つ取ってみても、服装に対して気遣っているようでした。私はそれを、誰かとの予定があるからだと勘違いしてしまいましたが、そういう理由だったのなら頷けます」
「は、はい」
「なんか上からなんだよなー」と桃胡さんは不満気だ。
けれど私的には、あの時ワンピースを着たのも、自分の意思ではなかったからちょっと罪悪感である。
「でも髪型は莉羅ちゃんが工夫してたんだから」
ありがとうございます。って、ちょっと桃胡さんっ。フォローしてくださるのは嬉しいですけれど、耳にキスするのはっ……はぁ。
「……しかし気になりますね。なぜ、ご両親と食事に行かれるような服を着てきたのですか? ご予定は無いと言っていましたよね?」
「え」
「まさか……あのいかがわしい霊から、無理強いされて着ていたりとかではないですよね?」
「えぇ!? どうしてそれ……んん」
「どうかしましたか?」
「い、いいえっ。気分ですよ、気分」
「…………」
口が桃胡さんの手で覆われて慌てたけれど、フロアマネージャーは運転中。下手だったかもしれないけれど、何とか誤魔化せたかな?
そして街を走る景色が次第にのどかになっていき、車は山の中へ――
「駐車する場所が無いようなので、ここで降りましょう」
外はすっかり日が落ちていた。
私たちは街灯とスマホのライトを頼りに山道を登っていく。砂利が多く、雨が降っていなくて良かったと思った。
3分ほど歩いただろうか。私たちが辿り着いたのは、仁亜さんから紹介してもらった床坂寺というお寺である。
縁切りや問題解決にご利益があるようで、人間関係に悩む方が多く参拝するそう。一方で、私たちの目的であるお祓いもしてくれるらしいとのことだ。
これら全ては、仁亜さんが友人から聞いたとされる情報である。
うーん。ご利益だけ聞くと、桃胡さんに十分効きそうだよね。縁切りって響きは怖いけれど、このコードを切るって感じがするし。
「待って莉羅ちゃん。なんか雰囲気怪しくない?」
ハン。桃胡さん、ここ来て怖気づきましたね?
「何その鼻で笑う感じっ。本当は莉羅ちゃんだって震えてるくせに」
そっ、そんなの当たり前じゃないですか。これから私は……一生に一度あるかないかのお祓いを体験するんですよ?
何ですか、お祓いって。何をするんですか?
自分には縁のないことだと思ったのにぃ~。なんでこんなことにぃぃ~。
私は心の中でおいおい泣きながら、フロアマネージャーに続いて僅かな明かりに照らされた入口の門を跨ぐと、住職が出迎えてくれた。失礼ながら驚きそうになってしまったのは、物静かそうな小柄な老人だったかもしれない。
「連絡いたしました逢川です。突然お伺いして申し訳ありません」
「いいえー……私に出来ることであれば、いつでも来てくださいねぇ……。えっとぉ……お困りの方はこちらの?」
そう言って住職は細い目を開き、私へと視線を滑らせる。桃胡さんは逃げるように私から離れた。
み、視えてるのかな?
「はい、私です。常盤と申します。時間外だというのに、今日はありがとうございます」
「ではこちらにお越しくださぁい……」
背を向けて奥へ進んでいく住職に続いて、フロアマネージャーが歩き出す。
接客業が故か、私は愛想良く笑顔を見せながら挨拶したものの、これから得体の知れない儀式が待っているのかと思うと、足取りが重くなってしまう。
って私、罰当たりなことを思ってるぞ。
けれど私以上に足が進まないのは桃胡さんである。というか止まっている。
「り、莉羅ちゃん。なんかここカビ臭いし寂れているし、嫌な感じがする。俺はここで待ってるから、頑張ってきて?」
え! 1人にしないでくださいよっ。確かに手入れがされていない感じはしますけど……ご老人お1人ですから。
「どうかしましたかぁ……?」
「い、いいえ。すみません、行きまぁ~す……」
フロアマネージャーの無駄のない段取りで、あれよあれよとアポを取られ、断れず来てしまったのは私だ。
覚悟を決めなきゃ。行って来ますっ、桃胡さん!
「不安ですよね」
「え? あ、あはは……まぁ」
私の様子を気にして、フロアマネージャーが傍に来てくれた。
日が落ちた後だからだけでなく、今は人肌恋しい。フロアマネージャーの存在を感じられる体温が、私の心の拠り所だ。
「常盤さん……」
「はい?」
「俺が……付いていますから……」
フロアマネージャーはそう言って、不安と緊張で強張る私の手を強く握ったのだった。




