バレちゃいました
店頭には私1人しか居ないのに、お手洗いとかってどうするんだろう?
これはアルバイト初日に抱いていた私の疑問だ。そしてそれを解決するのが、隣の店舗の店員さんである。
つまり今の状況でいう、私のことだ。
「だから“疲れてる?”って訊いたの」
可愛い声でそんな風に私を心配してくれるのは、閑散としている間にお手洗いから戻ってきた、隣のケーキ屋さん店員の仁亜さん。
ツインテールに結んだ赤い髪が印象的な彼女も今、私と同じようにワンオペで働いている。
「い、いいえ。お客様が居ないから、ちょっと気を抜いてしまっただけです。大丈夫ですよ」
「そう? じゃあ、ありがとうね」
去り際に手を振る仁亜さんへ、私は笑顔と会釈で返す。
その横では、桃胡さんがショーケースに伏すような体勢で笑っている。桃胡さんは顔を上げると私を見て、ショーケースにあるかわからない体重を預けたまま言った。
「莉羅ちゃんったら、憑かれてるって言われたかと思ったでしょ?」
う。だ、だって、視える人なのかと思ったんですもん……。
「そんなわけないって。だって俺は、莉羅ちゃんだけに繋がっているんだからさ」
そ、それでも、視える人には視えるんですっ……たぶん。
「ほら、あいつだって未だに俺を認知出来ない」
「え? あ、フロアマネージャー……」
桃胡さんの視線を追うと、従業員入口の辺りからフロアマネージャーが歩いて来るのが見えた。
「はぁ……あいつ、こっち来そう。っていうか来るね。莉羅ちゃんのことずっと見てるし」
フロアマネージャーが向かっているのがうちの店だとわかると、桃胡さんはあからさまに不機嫌な表情をした。
私はそれに肩を竦めつつも、少し離れた場所から軽く会釈をするフロアマネージャーに、それ以上に頭を下げて応えた。
フロアマネージャー、今日もプリンを買いに来てくれたのかな。でも来月の相談かもしれないし、いらっしゃいませじゃない方がいいよね、きっと。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。昨日と同じ物を」
「あ、はい。プリン1つずつですね」
接客を進める私に対し、桃胡さんは「何が、昨日と同じ物を……だよっ」と不服そうに頬杖をつきながらフロアマネージャーへと睨みを利かせた。笑っちゃうからモノマネはやめてくださいね?
「お待たせしました」
「常盤さん……昼休憩ってそろそろですか?」
「え? えっと……はい。そうですけど」
「すみませんが、食事は今日も事務所でお願いします。では」
「えあ」
行っちゃった……。
「もー! 莉羅ちゃん何で断らないの!」
お、怒ってる怒ってる……。
でも今日は桃胡さんが居るから、直接私たちの動向を見ててもらえるわけだし、帰宅後の面倒はないよね。
けれどお昼ご飯、すっごく食べにくいだろうなぁ……。
私が頬を引きつらせて遠い目をしていると、隣のお店からひょこっと顔を出した仁亜さんが話し掛けてきた。
「御執心だね、マネージャー。ご飯誘うために、わざわざプリン買いに来たんでしょ?」
「え? いいえっ、そんなんじゃないですよ。来月の催事にうちの商品を選んで頂きまして、そのことについての相談を受けているんです」
「店長じゃなくて?」
「え。ま、まぁ今は私しか居ないですし……それに店長からも、私が進めるようにって任せてもらっているんです。向こう主導で、私たち側は商品を提供する以外はそんなにすることないだろうから、私でも出来るよって」
「おぉ~店長さすがぁ。あっ凪、来てくれたんだぁ」
「仁亜が来てって言ったんじゃん」
仁亜さんのお店に長身の男性が来店してきた。サラサラの髪にピアスバチバチで、正装のような格好から見ても、ゴスロリ系の仁亜さんと、とても絵になるお客様だった。
肩に掛けているのってギターケースだよね。音楽とかしている人なのかな?
って、いけない。ついジロジロ見てしまった……。
桃胡さんから白い目を向けられていることに気付き、私が肝を冷やしていると、仁亜さんが嬉しそうに私を見て声を弾ませる。
「私の好きぴ、凪ちゃんですっ」
「どうも。うちの仁亜がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそですー……ん?」
――そういうことか!
うわ~かっこいい~っっ。色素の薄い肌に、儚げな笑顔。物腰柔らかで、女子高に居たら絶対モテていただろうなぁ~……。
「何。莉羅ちゃんって、こういうやつが好きなの?」
嫌いな女子なんて居ませんって!!
って言うか、仁亜さんって男性だったのか……どうりで更衣室で会わないわけだ……。
「気付いたんだったら、もう俺以外の男と喋らないでね?」
むっ、無理ですよ。お手洗い行きたいですもん。
それにしても仁亜さんたち、本当お似合いだなぁ……。
私は楽しそうに笑い合う2人を眺めながら、少しだけ恋に対して憧れを抱いたのだった。
数分が過ぎ、店長が出勤してきたところで、私はお昼休憩に入る。桃胡さんに責められながらもベタベタされつつ事務所へ到着すると、パソコン作業していたフロアマネージャーが咄嗟に立ち上がったので、肩がびくっと跳ねた。
「あのこれっ」
フロアマネージャーは自分の感情の一端に睨まれているとも知らず、小走りに近付いてきて、手にしていた物を私へ差し出した。
メモ書きとお菓子のミニパック。それは先ほどフロアマネージャーがプリンを購入してくれた時に、私がその袋の中へと入れたものだった。
今日もこうして一緒にお昼が出来ると思わなかったから、今朝の内に予め用意したメモ書きを添えてお菓子を袋へと仕舞ったんだけれど……そのことか。と言うか、そうだよね。フロアマネージャーからしてみれば、どういうことだって思って驚くよね。
「チーズクラッカーとなら、プリンも食べやすいかなと思いまして」
「それはっ……この手紙を読めばわかります。そういうことではなく、その……」
「あー……昨日フロアマネージャーとお昼を食べた後に閃いたんですけど……よくよく考えたら、プリンに無理なく合うコーヒーだってご用意してありますし、お口直しなんて必要なかったですよねっ。断りも入れずにすみません」
私は明るく笑って謝った。
話しながら気付いたけれど、私がしたことって昨日の二の舞である。良かれと思ってフロアマネージャーにお惣菜を買ってきた、昨日と一緒。
「貴女はいつも早とちりをしますね。必要がないのは、謝ることの方です」
「え?」
「これを……昨日から?」
「は、はい。あの、でも」
「…………」
フロアマネージャーの表情を見て、私は用意したのが今朝だったと言えなくなった。言えないその代わりに、私の中で静かに鼓動が高まって、熱までも広がっていく。
「莉羅ちゃん、時間なくなるよ? 早く食べて戻ろう?」
そ、そうですね。
「その、お菓子は嫌でなかったらで大丈夫ですから」
「頂きます」
「よ、良かったです。報われました~……なんて大袈裟か。あはははー……え、ええっと今日は、来月のことで?」
「はい……それはそうなのですが」
フロアマネージャーはそこで言葉を止めると、また。先ほどの表情になった。
短い時間だけだったけれど、まるで反芻するように見せたフロアマネージャーの顔があまりにも印象的で、私を落ち着かなくさせる。困らせる。
「食べましょうか」と席へ促された後でも、その困った症状は続いていた。
「それでね莉羅ちゃんっ」
「父の日の贈り物ということで、このように記事をレイアウトし書かせて頂きました」
「わぁぁ、とても素敵ですね……!」
「ありがとうございます。食後でも良いので、内容の確認のほどをお願いします」
「はい」
「莉羅ちゃん……ねぇ、莉羅ちゃんったら!」
聞いていますよ、桃胡さん。フロアマネージャーと話している最中なので、すぐに答えられなかっただけです。
「でも俺の方が先に話していたよね?」
そ、それはそうかもしれないですけれど、表面上では違うじゃないですか。
「表面上って……へ~ぇ、そっか」
あっ、ちょ、ちょっと桃胡さん。身体を触るのは、やめてください……っ。
「表面上で何も起こっていないなら、構わないんでしょ?」
「……っ」
桃胡さんは床に膝をついて私を後ろから抱きしめると、お腹や太ももを撫で始めた。
「ど、どうかしましたか?」
「な、何でもない……っ、です……」
「でも、急に前屈みになったりなんかして。顔も赤いですし、どこか具合でも――」
「あ……っ」
「え?」
「あぁ……あまりにも出来上がりが素敵で……っ、感激しちゃって……」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
突然、瞳を潤ませながら息が上がったように話す私を見て、フロアマネージャーは困惑しながらも、伝染したかのように頬を紅潮させた。
どうしよう。変だと思われてる。
「いいじゃんどう思われようと。こいつになんて、嫌われたっていい……っ」
制服のボタンとボタンの隙間から伸びる桃胡さんの指が、私の胸の敏感な部分を触る。指の腹で執拗に円を描くその刺激に、私は声を堪えるのがやっとだった。でも息は乱れてしまい、エスカレートしていくであろう桃胡さんに頭が真っ白になる。
フロアマネージャーの前で、どうしよう……っ。
そう気が急いていた時だった。
事務所に誰かが近付いてくる、テンポの速い足音が聞こえてきた。
私は藁にも縋る思いで視線を移すと、ちょうどそのタイミングで足音が止まり、ドアの外には男性が立っているのが見えた。
あ……コピーを取ってくれた人……。
「逢川マネージャー……って、えろ。何その顔。マネージャー休憩時間とは言え、職場で堂々と……やりますねぇ」
「……っ、何か用があって来たんだろ? 常盤さん、失礼をすみません。すぐに戻りますので」
フロアマネージャーは職員の方と事務所を出ると、一度私へ目配せをしてからドアを閉めた。
鍵を閉める音がすると、桃胡さんが私の耳元で囁くように言った。
「邪魔者が居なくなったね……」
「桃胡さんのばか……っん」
「キス、久しぶりに感じる……莉羅ちゃん……」
桃胡さんは私にキスを繰り返す。怒っていたのが嘘のように、甘いキスだった。
けれど手の動きは真逆で、私の身体の感触や反応を楽しんでいるかのように蠢いていた。
「だめです、やめてくださ――……フロアマネージャー……?」
ドアの外で呆然と立ち尽くすフロアマネージャーを見て、私は血の気が引いた。
鍵を開ける音も、ドアを開ける音も聞こえないくらい、私は桃胡さんからの愛撫に愉悦していたのだろうか。恥ずかしさで熱が身体中を駆け巡った。
「あ……み……見ないでください……っ」
絶望的な状況に、思わずフロアマネージャーから視線を逸らした瞬間。私は桃胡さんから引き離されるように腕を引っ張られた。
「え……?」
「俺の断りもなく、この女性に触るな!」
そう鋭い眼光を放つフロアマネージャーの腕の中で、私は目を見開いて驚く桃胡さんを見たのだった。




