逸る気持ち
店長にPOPのコピーを渡し、早速お昼休憩に入る。
さてさて、今日は何を食べようかな~。
手取り16万6千円ちょっと。私は交際費が全くかからない上に、業務スーパーを駆使していることもあり、月5万円は貯められている。
とは言え美容院に行ったり、お洋服を買いたい衝動に駆られる時もあるから、節約のためにお弁当を作ることは全然あるけれど、私はバイト代を減らしてでも、出来るだけこの楽しみを選びたいのだ。
でも桃胡さんとのこともあるし、近い将来、そうも言ってられない日が来ちゃうのかなぁ……。
「お疲れ様です! 昼休憩ですか!?」
和洋折衷選びたい放題で目移りしていると、好吃厨房の前で店員さんに声を掛けられた。私は咄嗟に笑顔を作って返事をする。
「はい。今から休憩で……お疲れ様です」
この30代くらいのお兄さん、いつも元気いっぱいに接客されるんだよね。
ただ……私が根明じゃないからだろう。
「うちのお弁当いかがっすか!? 新商品のこれとか美味いですよ!」
この声が尖ったように張る感じや、駆け足で話が進んじゃう感じが、少し苦手だったりもする。
しかもそのお弁当は、一昨日の夜に食べたばかりのやつだ。
ううう。確かにそのお弁当は美味しかったけれど定価で買うと高いし、このお財布に入ったお金は貴重なバイト代だし、せっかくなら他のお店のを食べたいなぁ。
お昼を真剣に選んでいたがために、牛歩になっていた自分を今さら悔いても遅い。……断らねば。
「えっと、ま、また今度にします」
「美味しいのに何でですかーっ、つれないっすねーっ? ならっ、これならどうっすっかね!? ちょっと小さいけど、お姉さんなら痩せてるし、ちょうどいいでしょ? いかがっすか!?」
「えぇぇ、えっとぉ……」
ど、どうしよう。声大きいな。通り過ぎていくお客様たちが、せせら笑いをしている。哀れむような視線も恥ずかしい……。
それに私って今、お店の制服を着てるから、ふわぷる堂の評判も落ちちゃうかもしれないよね。か、買っちゃおうかな……。
水族館で絡まれた時とは勝手が違い、私は断れなかった。
でもプレッシャーに負けて、私がお財布に視線を移していた時だった。
「接客に問題があります。直ちに修正してください」
「あ……フロアマネージャー……」
フロアマネージャーが来て、間に入ってくれた。
「あと、その商品は私が購入します」
「えっ? あ、はぁ……毎度ど~も」
指摘されてテンションが下がってしまったのか、お兄さんはそうふてくされたように言った。お弁当を粗雑に袋へと詰め込む。でもフロアマネージャーは見逃さない。
「接客に問題があります。直ちに修正してください――」
「し、失礼します……!」
あの後、フロアマネージャーに話があるからと事務所へ呼ばれた私は、再びこの場所へと戻ってきた。静かな廊下を歩いていた緊張感も、コピーを取りに来た時とは全く別物になっていた。
フロアマネージャーにお昼を購入してからで良いと言ってもらったから、慌てて買ってきたけど……やっぱり怒られるよね。
それはそうだよ……さっきの私、フロアにとってマイナスだったもん……。
「先ほどは、すみませんでしたっ。自分で対応出来ず、お客様にも、売り場にも、フロアマネージャーにもご迷惑をお掛けしてしまって、大変申し訳ございません……っ」
1人パソコン作業をしていたフロアマネージャーに、私は頭を下げながらお詫びした。すると席を立つ椅子の軋む音が聞こえてくる。
「いいえ。こちらこそ誤解させてしまったようで、申し訳ありません。謝罪をしてもらうために呼んだわけではありませんので、顔を上げてください」
「え?」
戸惑う私の顔を見て、フロアマネージャーはほんの少し口角を上げるように口元を結んだ。
「ただ、気を付けて頂きたいことはあります」
「え」
「……食事をしながらでも聞いてください。こちらへどうぞ」
フロアマネージャーの表情が柔らかくなったのは一瞬で、私は内心びくびく怯えながら入室を覚悟する。
「は、はぁ。ありがとうございます……失礼します……」
「休憩時間は、残りどのくらいですか?」
「ご、55分には戻りたいです」
「わかりました。まだ結構ありますね。食べましょうか」
そう言ってフロアマネージャーは私が頷くのを確認すると、今まで座っていた椅子をこちらに向けてくれた。
フロアマネージャーは? と思ったけれど、その後に近くのデスクから自分用に椅子を持ってきていた。フロアマネージャーのデスクを2人で使う感じのよう。
横並びになって向かい合えば、膝同士がぶつかってしまいそうだった。
「お昼、急いで選んでしまいましたか?」
「そ……それは私の台詞です、フロアマネージャー。私の所為で、その……好きにお弁当が買えなかったのではありませんか?」
だってフロアマネージャーが好吃厨房で買ったのは、一昨日私が食べた中華弁当の半分の量のもの。男の人にとっては少ないよね……?
「いえ。特に決めていませんでしたから、助かりました。それにこれも仕事ですから、お気遣いは要りません」
「え、仕事ですか?」
「はい。この立場にありますので、どういった商品が置いてあるのかを知っておくのも、私の仕事なんです」
「あ……」
普段の私の楽しみが、フロアマネージャーにとってはお仕事なんだ。
「そうなんですか……。お昼ご飯もお仕事になってしまうなんて……私なんて呑気なもんですっ」
自嘲気味に笑うと、フロアマネージャーは微かに驚いた表情をする。
その瞳が心配の色を帯びた気がして、私は慌てて袋からお惣菜を取り出した。トマトと玉ねぎのマリネに、ポテトサラダの2つ。
「じ、実はこれ……フロアマネージャーにと思って買ってきたんですけれど……」
「え?」
フロアマネージャーは私が並べたお惣菜を見て、私を見て瞬きをして、まじまじと私を見た。凄く驚いているように見えた。
言葉を失うフロアマネージャーに、後悔のような気持ちが湧き上がってきて、私は取り出したばかりのお惣菜を消したくなった。
フロアにも、フロアマネージャーにも迷惑を掛けて気が動転していたとはいえ、なんか私、凄くお節介なことしちゃったんだ……。
「す、すみません勝手に。あのっ私、ご飯食べるのが大好きなんで、これはやっぱり気にしないでくださ――」
お惣菜を仕舞おうとしたけれど、その私の手をフロアマネージャーが引き留めた。
「嬉しいです……常盤さん………」
「……っ」
初めてフロアマネージャーに苗字を呼ばれ、私の心臓はドキッと大きく跳ねる。
不安を打ち消してくれるような温かな眼差しも、包み込むように握る手も、その全てが私の胸を焦がしていくのだった。




