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プルゴンとかいう生命体が謎すぎる  作者: 黒弧かずちか
1章 プルゴン開示編
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15/16

私が向かう先...。

あの日。


 地震直後の四国の海岸沿いでは、各地で一斉に警報が鳴り響いていた。


『巨大津波が迫っています。この放送を聞いている方は、ただちに高台へ避難してください――』


 避難警告のアナウンスは、崩れかけた街のスピーカーからかすれた声で流れていた。

 けれど、海辺にいた人たちは、その声を聞いても動けずにいた。


 目の前にそびえ立つのは、海ではなく「壁」だったからだ。


 押し寄せる津波は、防波堤をあざ笑うように越え、その数倍の高さで立ち上がっていた。

 頭上を見上げなければ、その頂上が見えないほどの水塊。

 それが、街そのものを押しつぶそうとしていた。


 人々は、ただ膝から力が抜けて、その場に座り込むしかなかった。

 恐怖というより、「理解を超えた何か」に対する諦念。

 言葉を失い、口を開けたままその光景を見上げることしかできない。


 そのとき――。


 上空数百メートル。

 何もない空間に、ポンッ、と音を立てるようにして、一体のプルゴンが現れた。


 続けて、その隣に、もう一体。

 さらにその隣に、また一体。


 それは連鎖していき、やがて空全体を覆いつくすまでに膨れ上がる。

 数えきれない数。

 まるで空から降る“灰色の雨”のように、プルゴンが湧き続けた。


 彼らは一瞬だけ、巨大な津波を見つめた。


 そして――地面へ降り立つと、一斉に津波へ向かって走り出した。


 津波の傍らにたどり着いたプルゴンは、勢いよくジャンプして、そのまま黒い水の塊に突っ込んでいく。

 何体も、何体も、何体も。

 まるで、巨大な怪物に群がる小さな兵隊みたいに。


 しばらくすると、津波の勢いが、ほんのわずかに弱まり始めた。

 水の表面がざわつき、波の縁が崩れ始める。


 プルゴンたちは、その濁った海水を、あり得ない勢いで飲み始めた。


「ギョク、ギョク、ギョク――」


 口いっぱいに水を含み、喉を鳴らして飲み干す。

 また次の波に飛び込み、飲み続ける。

 そして限界が来ると、プルゴンは苦しそうな顔をしながらも、ポンッと消え、

 直後に、また上空から新たなプルゴンが降ってくる。


 そうやって、延々と交代しながら、彼らは津波と対峙し続けた。


 津波の勢いは、目に見えて落ち始める。

 それでも、街を覆い尽くすには十分すぎる高さと量だ。

 だが、「最悪」は、確かに回避されつつあった。


 その異様な光景を見上げていた人々の口から、やがて声が漏れた。


「がんばれ、プルゴン……!」


「お願い……お願い助けて……!」


「いけぇぇぇぇぇぇ!」


 やがてそれは、祈りにも似た歓声になっていく。

 人々はその隙に、燃え上がる街の中を走り抜け、高台へと駆け上がった。


 * * *


 同じ頃。


 土砂に埋もれた建設会社の敷地の高台では、二つの小さな身体が横たわっていた。

 一つは、折れた重機や瓦礫の下で、バラバラに引き裂かれた少女。

 もう一つは、上半身を失った少女の下半身。


 その上空に、フラフープくらいの大きさの円形の亀裂が、ぽっかりと開く。


 内側は完全な漆黒で、中の様子はまったく見えない。

 そこから、一体のプルゴンが、ひょい、と出てきた。


 プルゴンが外へ出た瞬間、亀裂はしゅるしゅると縮んでいき、すぐに消えた。


 プルゴンは、まず下半身だけの少女に近づく。

 そっと、その身体に手を触れる。


 途端に、ちぎれた断面から、光の閃光がぐにゃぐにゃと走り出した。

 光は、ちぎれた肉体の縁をなぞるように、鎖のように絡みつく。


 瞬きする間に、失われていた肉体が再生成されていく。

 再生された場所には、大きな傷跡だけが残る。


 続けて、プルゴンは、ワイヤーを伝って引きちぎられた上半身と下半身を確かめるように見つめ、順番に手を触れていった。


 同じように、光が走る。

 鎖のような光の筋が、身体を縫い合わせるようにして走り、引き裂かれた肉体を結び直していく。


 胸から腰、腰から脚へ。

 光が通り過ぎた場所には、鎖模様の傷跡だけが残る。


 やがて、少女たちは、完全な形の身体を取り戻した。

 ただ、まだ目を覚ますことはない。


 プルゴンは小さな腕で二人を抱え上げ、被害の少ない場所まで運んでいく。

 そっと地面に寝かせ、数秒だけじっと見つめたあと、ふたたび空間の亀裂を開いて、その中へ消えた。


 彼女たちの身体に、じわじわと血の色が戻っていく。

 胸が上下し、かすかな呼吸の気配が生まれる。

 眉間には、何かを必死に耐えるような皺が寄っていた。


 * * *


 その後の海岸沿いは、まさに「世にも奇妙な光景」だった。


 数時間後、巨大だった津波は、ほとんどのエネルギーを失い、

 やがて普通の津波より少し大きい程度の波として、街をなぞっていった。


 多くの人が亡くなった。

 けれど、本来なら「全て」が飲み込まれていたはずの街に、たくさんの「生き残り」がいた。


 高知と徳島の南側の海岸線は、巨大地震によって壊滅的な被害を受けた。

 数十メートル級の津波が街を飲み込み、歴史上最大の死者を出す大災害となる。


 しかしそれでも――。


 あの日の光景は、人々の中で「プルゴンの軌跡」と呼ばれるようになった。

 プルゴンたちが残した“傷跡”であり、“奇跡”だった。


 それ以来、あの地域の人々のプルゴンを見る目は、一変した。

 恐怖や不気味さではなく、慈愛と敬意を。

 プルゴンは、あの日を境に四国を中心に「ただの謎の生物」ではなく「恩人」「守り神」として扱われるようになっていった。


 * * *


 私が目を覚ましたときには、すでに二年が経っていた。

 私たち家族は、故郷の土地を離れ、都市部へ移住していた。


 実家の酒屋は被害を受けながらも、奇跡的に建物だけは残っていたらしい。

 お父さんとおじいちゃんは、都市部で新しく酒屋を始め、居酒屋などに酒を卸している。

 母は――震災のあと、精神的に大きく傷つき、療養生活に入っていた。


 私が大学病院で眠り続けていた二年間、

 お父さんとおじいちゃんは仕事の合間を縫って、交代で私の見舞いに来ていたらしい。


 あとで聞いた話だった。


 震災が落ち着いたあと、私とちーちゃんは、プルゴンたちに守られていたという。

 あの日から数日のあいだ、暑い日も雨の日も、プルゴンたちはずっと私たちのそばにいて、救助隊が来るまで見守り続けていたらしい。


 同級生の何人かも、同じように大怪我をして病院に運ばれた。

 けれど、彼らの身体には大きな傷跡が残り、

 意識を取り戻すことのないまま、眠り続けている子も多くいた。


 その中で、目を覚ましているのは、私だけだった。


 私の故郷では、その出来事をきっかけに、プルゴンを「土地神」として祀る動きが広がった。

 やがて全国にも波及し、プルゴン愛護活動を行う人たちが増え、

 やがて「プルゴン愛護団体」が設立される。


 当時の町の区長は、その団体の会長を務め、

 私の母も、その活動に深く関わるようになっていった。


 ……そして、私たち家族のもとを離れた。


 * * *


 退院してしばらくしてから、私は一度、故郷に戻ったことがある。


 そこには、私の知る「四万十町」は、ほとんど残っていなかった。


 海岸沿いは、不毛の土地と化し、

 小さな集落が、ぽつぽつと残るだけ。


 その中で、一つだけやけに立派な建物があった。


 私たちが昔よく遊んでいた高台の公園の近くに、

 プルゴンを祀る神社が建っていたのだ。


 新しい木材で丁寧に作られた社殿。

 境内には、木彫りのプルゴンがいくつも祀られている。

 拝殿の奥には、聖櫃のようなものが置かれていて、その中には何か「特別なもの」が納められているらしい。

 神社の管理人ですら、開けることを禁じられているという。


 その神社の前で、母は祈っていた。


「お母さん。みんな待ってるよ。帰ろうよ」


 私は、震える声でそう呼びかけた。


 母は祈りの手を解かず、静かに答える。


「凜ちゃん、ごめんね。

 私は、やることがあるから、帰ることはできないの」


「私、寂しいよ。みんなでまた一緒に暮らそうよ……」


 母は、私の方を見ずに続ける。


「凜ちゃん。あなたみたいな“次の世代”の子どもたちのためにね、

 私たち大人が成し遂げなければいけない“宿命”があるの」


「……宿命?」


「プルゴンと、私たち人類との共存と調和。

 その懸け橋になるのが、私たちの役目なの。

 そのために、私はすべてを捧げるつもりよ。

 あなたを守るためにもね」


 母の言葉は、私にはまるで理解できなかった。

 「立派」なことを言っているのはわかる。

 でも、それ以上にその時の私は母を見て、壊れかけたガラスみたいに見えた。


 私はただ、昔のように、家族三人で食卓を囲みたかった。

 それだけなのに。


 私が、家族が、どれだけ説得しても、母の決意は変わらなかった。

 結局、彼女は団体の人とともに、どこかへ行ってしまい――

 それから現在に至るまで、再び会うことはできていない。


 * * *


 神社をあとにしようとしたとき、近くの茂みから、ごそごそと音がした。


 あの、聞き慣れた気配だった。


「なにしてるのー?」


 振り返ると、そこに一匹のプルゴンが立っていた。

 声も、姿も――あの、高台の公園でよく遊んでいたプルゴンだった。


「あ、プルゴン!」


 私が駆け寄ると、プルゴンはにこっと笑って、手を振る。


 一瞬後、プルゴンの身体がびりびりと体を震わせた。

 軽い失神みたいに身体をびくびくさせて、すぐにおさまる。


 そのあとで、表情をすっと消し、無表情で私を見上げた。


「あなたとプルゴンは、心理(しんり)を通してつながった。

 あなたが、私たちを救ってくれることを信じている」


 そう言って、プルゴンは「ポンッ」と音を立てるように消えた。


 その日は風が強かった。

 風だけが残る。


 何がなんだかわからない。

 でも、その言葉だけは、胸奥の心に深く刺さった。


 バス停へ向かう途中、何匹かのプルゴンとすれ違った。

 彼らは、私を見ると、不思議な歌を歌い出した。


「ピーナッツ〜は恋をした〜、あなたに恋をした〜

 シンデレラ シンデレラ シンデレラッラッラ〜

 ピッピッピッピ ピーナッツ〜

 ピッピッピッピ ピーナッツ〜

 シンデレラ シンデレラ シンデレラッラッラ〜」


「……なにその歌?」


「わからな〜い」


 別のプルゴンも、同じようなメロディで歌を変えて口ずさむ。


「ピーナッツは夢を見た〜、あなたの夢を見た〜

 シンデレラ シンデレラ シンデレラッラッラ〜

 ピッピッピッピ ピーナッツ〜

 ピッピッピッピ ピーナッツ〜

 シンデレラ シンデレラ シンデレラッラッラ〜」


「どういう意味なの?」


「わからな〜い」


 プルゴンらしい、としか言いようのない歌。

 そのときは、深く考えなかった。


 けれど、あの歌は、そのあと二度と聞くことはなかった。


 * * *


 病院に戻ると、私はいつものように、ちーちゃんの病室へ向かった。


 その病棟には、あの事件で意識を失ったクラスメイトたちが九人、同じような状態で眠っていた。

 小さな地域だから、全校生徒を合わせても三十二人しかいなかった。

 そのうちの三分の一近くが、今も眠り続けている。


「もう...かなり泳げるようになったんだけどね」


 私は、ベッドの脇に腰かけながら、眠る男の子に話しかける。

 彼の何気ない挑発が、あの日の「25メートル挑戦」のきっかけだった。


「またね、ちーちゃん」


 最後にそう囁いて、私は彼女の手を握る。

 その瞬間、視界がふっと揺れた。


 くらくらと、頭の中が回り始める。

 意識が遠くなっていく。


 ――そして。


 たくさんの声が、一気に雪崩れ込んできた。


「私はここから出られないの」


「この道の先には何があるの」


「どうしてお姉さんは凜ちゃんをここで待ち続けているの」


「※ちゃん、助けて」


「これがあなたの言う“救いの手”?」


「お前たちはいったい誰なんだ」


「これが人類の進むべき道なのか?」


「誰でもいい、供物となってくれ」


「この本を※※ちゃんに渡してほしいの」


「ティーファはどこ?」


「お前はいったい誰なんだ!」


「この本には、これからのことが記される」


「どこ?」


「君なら変えられる」


「彼らを止めておくれ。私からのお願いだ」


「俺を、また思い出してくれ。さようなら」


「ティーファを見つけて」


「真実を知らなければいけない」


「私たちはプルゴンを知らなければいけない。ティーファを探して」


「これが私たちの役割というのか、ティーファ」


「愛してるよ、※ちゃん」


「あの時も、この時も、どの時代も、そうだった」


「あの人と私は約束を交わした。それが、私が彼を守る役目の存在」


「助けて」


「この世界は、何なの」


「俺は必ず君に会いに行く。そして、ここから救い出してやる」


「※※※。次は君かもしれない」


「私はここで待っているわ。必ず迎えに来てね。愛しているわ」


 それは、私の記憶ではなかった。

 誰か別の人たちの記憶、別々の時間と場所の叫びが、ごちゃ混ぜになって流れ込んでくる。


 その中には、確かにちーちゃんの声もあった。


 ただ一つだけ、はっきりわかることがある。


 ――あの声たちは、あの「本の世界」から聞こえていた。


 そして私は、その世界に、もう一度行かなければならないのだと、直感した。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「要約するとだな」


 現在。居酒屋の座敷。


 俺――じゃなくて、「渡」の声が、今の話を雑にまとめる。


「夢みたいな、あの謎空間を知るために、あるいは行くために、プルゴンが関係している。

 そのためにティーファーを探しているってことで、いいんだな?」


「はい、そんな感じですよ!」


 凜ちゃん――二神凛は、どこか誇らしげに胸を張る。


「すごくないですか?私! いっかい死んで、生き返ってんの!」


「なんだよそれ、そんなデタラメみたいな出来事。あの世界は実在するってか?」


「なによ!信じてくれないの?こんなに私が勇気ふりしぼって話したってのに!」


「信じるさ。俺はただ、“ありえねぇことがありえねぇスケールで起きてる”って言っただけだよ。……俺も、いろいろあったしな」


「そうだな。プルゴンが絡んでいる以上、“常識”のほうが間違いってこともある」


 田島先輩が、静かにグラスを傾ける。


「別に疑ってなんかいないさ。なぁ、渡」


「……はぁ」


 俺がそうため息まじりに答えると、二神は、じわっと目を潤ませた。


「なんだよ〜……いいやつじゃないか〜お前ら〜」


「先輩にそんな口きくな」


 一ノ瀬がツッコミを入れるが、当の本人も先輩に対して口が悪いので説得力はない。


「あー、うるっさい! 死ね!!」


「……」


 場が一瞬凍る。


「すいません、お会計お願いしまーす」


 田島先輩が、店員に声をかける。


 こうして、嵐のような飲み会は、ひとまず幕を閉じた。

 途中、天使の悪魔化で何度も修羅場になりかけたが、

 とりあえずみんな、須藤に対するストレスは吐き出しきったようだった。


 問題は、ここからだ。


 どうやって、“次の特集”で結果を出すか。


 どうやって、狂乱のプルゴン事件にケリをつけるか。


 そして――どうやって、“あの世界観”と向き合うのか。


 山積みの問題は、何一つ片付いていない。


 「ごちそうさまでした〜、先輩〜」


 店を出るとき、二神がふらふらしながら頭を下げる。


「そんじゃ、明日からまた気合い入れて頑張るように」


 田島先輩が店先で一言そう告げ、それぞれの帰路についた。


 天使は完全にスリープ状態に入ってしまったので、一ノ瀬と田島先輩が送っていく。

 俺と二神は、方向が同じなので、一緒に帰ることになった。


(はぁ……帰り道も、疲れることだけは確定だな)


 案の定、二神はすでに俺に絡み始めていた。


 * * *


   一方その頃。


「あの先輩、俺、話があるんすけど」


 天使を送る帰り道、一ノ瀬が田島に声をかける。


「ん?どうした」


「あの……次回の特集で、みんなでちゃんと結果を出したあと……

 俺、やめようと思ってます」


 田島は歩みを止める。


「……何か、気が変わったのか?お前の“目標”に」


「違うっす。

 そこで、ちょっと先輩に話したいことがあるんすけど――」


 街灯に照らされた夜道で、一ノ瀬の横顔は、いつになく真剣だった。


 物語は、静かに、しかし確実に、次の局面へ転がり始めていた。

一ノ瀬。

暑いっすね~俺アイス食べたいっす!

みんなゴリゴリ君梨味コンビニで食べませんか?


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