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プルゴンとかいう生命体が謎すぎる  作者: 黒弧かずちか
1章 プルゴン開示編
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16/16

狂乱のプルゴン捕獲作戦‼

月間『プルゴンサイエンス』六月号が、あの飲み会の数日後に発行された。

 巻頭を飾るのは、プルゴン経済に関する特集記事と――例のプルゴン襲撃事件の真相に肉薄したルポ。どちらも、天使が徹夜続きで書き上げた渾身の記事だ。


 発売初日から、その反響は凄まじかった。田島先輩の読み通り、いや、それ以上だ。

 ここ数週間、メディアは「狂乱のプルゴン」と名付けられた謎の個体の報道でもちきりだ。

 そこに飛び込んできたのが、事件の**第一関係者による“生の証言”**だ。世界各国のニュース番組がこぞって取り上げ、SNSでは「#プルゴン襲撃」「#プルゴンサイエンス」がトレンド上位を独占している


 近年、紙媒体の売り上げは右肩上がりだ。

 若者のあいだでは、雑誌や紙の本を持ち歩くことが「おしゃれアイテム」とみなされているらしい。ファッションが歴史の中で幾度も蘇るように、トレンドもまた温故知新。

 面白い記事であることに加えて「紙で持っていたい」と思わせなければ、今の出版社は生存競争に勝てない。


 もともと出版社は紙媒体が主流だった時代が長く、編集から流通までのノウハウは骨の髄まで染みついている。そこに日本独特の紙文化が合わさり、最近の出版業界は再評価の波に乗って、じわじわと安定成長を続けていた。

 環境面でも、紙資源の循環利用は「地球環境改善」の象徴として推進され、今や生活のいたるところに紙製品が戻ってきている。


 現在の社会は「環境循環社会型計画」と呼ばれる国際プロジェクトの真っ只中だ。約百九十カ国がその計画に同意し、徹底したエコシステムを導入している。

 日本も例外ではない。植林活動や環境改善事業に莫大な国家予算をつぎ込み、循環型社会の構築に血道を上げている。


 一方で、科学技術の進歩や産業構造の再編には、世界全体がどこか及び腰だ。

 AI産業が発展して以降、データセンターの巨大化による電力消費の爆増で、各国のエコシステムは崩壊寸前まで追い込まれた。

 エネルギー資源の独占と搾取を巡って、大国同士がバランスを失い――ロシア、中国、アメリカなど、数々の巨大勢力が衝突した結果として、第3次世界大戦が勃発した。


 だからこそ、プルゴンが誕生して以降の百六十余年。

 研究そのものは盛んでも、世界の「表向きの進化」はほとんど止まったままだ。技術のブレイクスルーよりも、「現状維持」と「環境保全」が優先されている。


 今、世界のエネルギーの主流はプルゴン発電だ。

 原子力は徐々に廃止へと追いやられ、プルゴンという摩訶不思議な生物エネルギーが、最もクリーンで安定した電力源として扱われている。

 各国は自国のプルゴン保有数を「国家戦略資源」とみなし、プルゴン協会がそれらを厳格に管理していた。


 ――とまあ、前置きはこのへんでいい。


 ゴールデンウィーク初日。

 俺たち『プルゴンサイエンス』プルゴン生態・化学部門は、須藤との一悶着を経て、六月号の特集丸ごと一冊分を任されることになった。

 テーマはもちろん、プルゴン襲撃事件のすべて。


 だが、あれから「狂乱のプルゴン」の新たな出現情報は一切なし。

 五月号のヒットで、世界がプルゴンサイエンスに注目している。経営部からは「今の三倍刷る方向で」との通達が入ったと、さっき田島先輩に聞かされた。


 つまり、なにが言いたいかというと――


 俺たちは今、見事なまでに詰んでいる。


 「終わったねー。終わったよ。

  なんで天皇誕生日に合わせて前倒しで出版なんですか? 翌週でよくないですか? ねぇ?」


 朝イチの事務所に、二神の嘆きがこだまする。


 「翌週だと六月にかかるからだとか、なんとか言ってたな。

  どう考えても須藤の思惑だろ、マジで殺しにかかってるぞ、あいつ。」


 俺がぼやくと、二神は窓際に張り付きながら、さらに毒を撒き散らした。


 「世の中はさぁ、“ジー・ダブリュゥー”とやらで休日をどこで過ごそうかとウキウキ計画して、昨日からは待ちに待った連休突入。笑顔あふれる家族旅行ですよ。ああ! 楽しそうな日本国民の声が、私には幻聴として聞こえるよ。一方、なぜ私たちは仕事をしているのでしょうか。この世の中、不公平だと思いませんか? 私はそう思います!」


 窓のブラインドを片手で押し広げ、通りを歩く人々を見下ろしながら、二神は一人で演説を続ける。


 「そもそも、なんで今年のジー・ダブリュゥーはこんなにも長いのでしょうか?

  彼らは私たちを見てどう思うのでしょう。憐れみ? 同情? それとも――“死ね”とでも?」


 「どこに向かってしゃべってるんだ、二神は。」


 田島先輩が、心底疲れた声で漏らした。


 俺たちは事務所に入ると同時に勤怠の認証を済ませ、デスクに向かうはずが――

 二神だけはいつものように窓辺でブツブツと不満独白モノローグを繰り返している。


 「リンリン、そもそも君が須藤にケンカ吹っ掛けたのが発端だろーが。

  そんな文句たらたら言ってる場合じゃねーぜ!」


 一ノ瀬が、椅子をガタガタ言わせながら振り向いてツッコむ。


 窓の外を眺める二神は、振り返りもせずに、冷え冷えとした声で返した。


 「あのさーーー。一ノ瀬君は、私が須藤にケンカ吹っ掛けたときは

  “よく言った!”って英雄のように崇めてたじゃないですか。

  それが、しばらくたった今じゃあ、“お前のせいじゃねーか”と私に責任を押し付ける――

  そういう中身のない、器の小さな人なんですねー。そんなんだからマイクロチンポのままなんですよ。」


 「はぁ!? つべこべ言わずに働けっつってんだよ。いちいち人のことネチネチ言うお前さんのほうが、よっぽど器ちっちぇえだろうが。そんなんだから、いい歳こいても男は寄り付かん、プルゴンばっかり寄り付く変態女になるんじゃないの~?」


 さらに悪態を重ねる一ノ瀬。

 その瞬間、空気がビキッと凍りつく。


 「こんなかわいい私は寄り付かれても困るのよ~」


 と口にしようとした二神の言葉を、一ノ瀬が誇張した声真似で先回りした。


 「とか、言おうとしてたか?」


 図星をさされたのか、二神のこめかみがピクリと跳ねる。

 彼女は握っていたブラインドを**ガシャンッ!**と音を立てて握りつぶし、くるりと踵を返した。


 「……あぁ?」


 女の子とは思えない、低くドスの利いた声。

 一ノ瀬も負けじと椅子をキィと引いて立ち上がる。


 「あぁ!? なんだぁ?」


 両者バチバチ。

 火花散るにらみ合い。

 まあ、いつものことではある。


 「まぁまぁ、二人とも……」


 天使が慌てて二人の間に割って入り、両手を広げてストップをかける。

 この編集部の恒例行事――仁義なき口喧嘩も、天使の仲裁がないと大抵ひどいことになる。


 「はぁ~……」


 田島先輩は、深く息を吐き、さっきから止まらない貧乏ゆすりをさらに加速させている。


 「先輩、あいつら止めましょうか?」


 「ほっとけ……。それより、そろそろ宇佐美が来る頃なんだが。」


 そう言った矢先、階段を上がってくる足音が聞こえ始めた。

 そして――開きの悪い鉄扉が、内側から蹴り飛ばされる。


 ドカンッ!


 金属板がしなり、ドアの上部が一瞬浮いたように見える。その隙間から、涼しい空気とともに二つの影が現れた。


 黒髪のボブヘアーを揺らす、目つきの鋭い女性。


 その足元には、灰色の皮膚をぷるんと揺らしながらちょこちょこ歩く、一体のプルゴン。


 「あ! ジーザスー!! 久しぶり~!!」


 「凜ちゃん、なにしてるのぉ~?」


 二神は、さっきまでの殺気立った顔が一瞬で消え失せ、満面の笑みに変わる。

 一ノ瀬とのケンカなどなかったかのように、そのプルゴン――ジーザスに一直線で駆け寄った。


 プルゴンのほうも小さな腕を広げるような仕草をし、「シシッ」と笑う。

 二人はそのまま勢いよく抱き合い、ぎゅうぎゅうと頬ずりを交わしていた。


 「あ、宇佐美さん、お久っすー!」


 一ノ瀬が片手を上げると、女性は軽く顎を引いて応じる。


 「お疲れ様。一ノ瀬君。また彼女とケンカでもしてたの?」


 宇佐美紫乃(うさみ・しの)


 黒髪のボブヘアーに、大人っぽい色気を漂わせる、謎めいた表情の美人だ。


 目元はキリッと切れ長で、手入れの行き届いたまつげと眉。黒のアイシャドウが、涼しげなのに鋭い眼差しをより際立たせている。

 今日はジム帰りなのか、黒のストレッチパンツにトレーニング用のスポーツブラ、その上から軽い上着を羽織っただけのラフな格好。

 引き締まった筋肉のラインが、余計な言葉より彼女の強さを物語っていた。


 「蓮君、お疲れさま。プルゴンハンマー、借りてもいいかしら?」


 「いいっすよー。」


 宇佐美は、一ノ瀬の机の隣の壁に掛かったプルゴンハンマーを無駄のない動きで手に取り、背負っていたリュックに差し込む。


 「宇佐美、お疲れ様。狂乱のプルゴンの件、何か分かったことはなかったか?」


 田島先輩が、椅子から立ち上がりながら声をかける。


 「今のところ、直接の情報は掴めていないわ。ただ、私が調査している案件との接点はありそうね。」


 「プルゴン襲撃犯とか?」


 「そう。彼らと“接(・)触(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)”程度の関係性だけど。

  まだ断言はできないわ。何か分かったら、すぐ連絡する。」


 そう言って、宇佐美は用事だけ手早く済ませ、もう出て行こうとする。


 「田島。情報を集めるだけじゃ解決にはならないわ。ネタは“捕まえる”ものよ。」


 振り返りざまに、低く、しかしどこか楽しげな声で言い残す。


 「ああ。分かってる。」


 田島先輩は、その言葉をしっかりと受け止めるように頷いた。


 「ジーザス、行くわよ。」


 宇佐美がプルゴンに声を掛ける。

 その途中で、デスクに座る天使の前で足を止めた。


 「茉白。この子たち、うまくまとめなさいよ。」


 クールな表情のまま、ふっと口元だけをやわらかくほころばせる。

 その笑みには、仲間への厚い信頼と、ささやかな労いがにじんでいた。


 天使も微笑み返し、「はい」と短く、しかし力強く答える。


 「じゃあ、私はもう行くわね。」


 宇佐美は最後に、二神のほうへも視線を向ける。


 「凜ちゃん。また来るわ。」


 「えー! 紫乃さんも行っちゃうのー!?

  ジーザス、またねー!!」


 ジーザスはちいさな腕を振り、「シシッ」と笑顔を見せる。

 二神はその場でぴょんぴょん跳ねながら、全身で別れを惜しんでいた。


 数分後、宇佐美とジーザスの姿は階段の向こうに消えていった。


 宇佐美さんは、俺たちのような社員とは違い、単発で仕事を請け負う“業務委託”に近い契約でサイエンスに関わっている。

 かなりの古株で、田島先輩よりも二つ先輩――らしい。年齢不詳なので、本当に年上なのかは誰も知らない。


 普段は別で探偵の仕事をしており、プルゴン絡みの事件を中心に各地を飛び回っている。

 若い頃はブリーダーとしても名を馳せたそうで、二神が神様のように崇拝していることからしても、その腕前は折り紙付きだ。


 その相棒が、33番系――瞬間移動能力を持つジーザス。

 プルゴンの個性能力には段階があり、ジーザスはその中でも最高値の「Ⅲ型」。

 つまり、超がつく戦闘向けプルゴンというわけだ。


 「にしてもなぁ~。全然情報回ってこないんで、どうしようもないっすよねー。

  必ずなんかアクションは起こしてくるとは思うんですけど。」


 一ノ瀬が椅子を回しながら、赤いツンツン頭をかきむしる。

 無理難題のこの事件で、正直、俺たちのネタ探しは完全行き詰まりだ。


 「田島先輩。一応、一ノ瀬と動画を一通り分析してみたんですが、

  動画の情報では、大きな手がかりやヒントになりそうなものは見つかりませんでした。」


 「そうか。俺もあとでもう一度見てみる。分析ありがとう。

  長谷川教授にも、改めて打診してみるさ。

  渡、この前話したトー横のプルゴン街の状況は、一通り調べてはいるんだよな?」


 「調べてはいますが、大して何も変化はないです。相変わらずプルゴンの集まり具合はいいですが……。また、その近辺も含めて範囲を広げて情報収集してみます。」


 「了解。じゃあ、俺も現場に出て、別ルートで探ってみる。――なにか、手がかりはあるのか?」


 「これといった手がかりはないですが……。宇佐美の追っている案件と関係性があるのは間違いない。もしかしたら、狂乱のプルゴン側も何か動き出す準備をしているのかもしれません。何を考えているかを、“現場で”調べるってだけです。」


 俺がそう返すと、一ノ瀬が「そういや」と窓の外をぼんやり眺めながら口を開いた。


 「あー、なんかリンリンに対して、めちゃんこ怒ってたよな、あいつ。あれ、なんでだっけ?」


 ツンツンの赤髪をいじりながら、二神に話を振る。


 「私が挑発したの。“何も分からない感じだったから、知りたいなら私を捕まえなさい”って。」


 「それで怒ってたのか。」


 「めっちゃ怒ってたよー。“必ずお前を捕まえてやる”みたいなこと言ってたし。」


 「ん? それ、狂乱のプルゴンが言っていたのか?動画には残っていなかったが。」


 ふと気になって二神に尋ねると、二神は腕を組んで首をかしげる。


 「そういえば、なんか言ってた感じしたなー。逃げ腰で。」


 「そうそう! そのくらいのタイミングでプルゴン協会来たんだよー! 遅すぎな!」


 「……ということはだな。」


 俺の中で、ある一点が繋がる。


 「二神、お前は“復讐心”を、狂乱のプルゴンに抱かれているってことか?」


 「そうなりますなぁ~。私くらいになると……」


 「お前、“狙われてる”かもしれないってことだよな?」


 「そうなりますなぁ~。可愛――」


 「どうかしたのか、渡?」


 田島先輩が、俺の顔色を見て問いかける。


 「……狙われてるってことは、“見つけてもらえば”よくないですか?」


 俺がそう言うと、田島先輩の目に一瞬だけ光が宿る。


 とっさに、俺の考えたことが伝わったらしい。


 「それだ!渡、一ノ瀬! ちょっと来い!」


 田島先輩は、俺と一ノ瀬を手招きして、部屋の隅へ連れて行く。

 小声で作戦会議が始まる。


 「――つまり、二神を――」


 「――囮にして――」


 「――狂乱のプルゴンを釣る、と。」


 三人で耳打ちを繰り返し、最終的に全員が無言で頷いた。

 これほど“おいしい”作戦は、そうそうない。


 そして、三人同時に二神のほうを振り向く。


 「え、なに? なんですか?そんなに見つめられると、可愛いって分かってても、さすがにちょっと照れ――」


 「多少の犠牲は必要だよな。」


 「そうですね。それくらいのリスクを取らないと、狂乱のプルゴンは現れないと思います。」


 「え? なに?」


 「やるしかないっすよ。時間ないっすもん。」


 俺たち三人は、顔を見合わせて最後の確認をした。


 「……よし。」


 そうして、俺たちの狂乱のプルゴン捕獲作戦は決行されることになった。


 ――――――――――

 ―――――西暦2210年5月2日 AM9:00―――――

 ――――――――――


 「狂乱のプルゴン、かかってこいやぁ~!私はいつでも相手してあげるぞーーー!!」


 その叫び声が、新宿の朝の空気を切り裂いた。

 同時に、スクランブル交差点にいた人々の視線が一斉に一点へと集まる。


 もちろん、その一点とは…。二神凛だ。


 グレーのプルゴン着ぐるみ。

 胸元には「狂乱のプルゴン かかってこいやぁ!」とデカデカと書かれた、悪趣味な黄色のプラカード。


 その姿で、スクランブル交差点のど真ん中に一人立たされている。


 これが、田島先輩と一ノ瀬が考えた…。いや、正確には俺も加担した。


 「狂乱のプルゴン捕獲作戦」の全貌である。


 「え、なにあの人。」


 「びっくりした……早く行こうよ。」


 「いろんな人がいるもんだな。」


 「待って、あれめっちゃウケるんですけど(笑)」


 「あのひとなあに?」


 「しっ、あんまり見ちゃだめ!」


 「どっかで見たことあるような……」


 「朝からうるさいな、こっちは仕事だってのに……」


 観光客も、会社員も、買い物客も。

 好奇の視線、冷たい視線、笑いをこらえる視線――諸行無常ならぬ、視線百態が二神に突き刺さる。


 当の本人はというと、着ぐるみの中で汗だくになりながらも、必死に羞恥心を押し殺していた。


 (聞こえてるぞ……全部聞こえてるからな……!)


 内心で毒づきながらも、声は張り上げ続ける。これも全部、狂乱のプルゴンを炙り出すため。須藤にケンカを売り、編集部全員の存続がかかった、起死回生の大博打だ。


 ――そう理解していても。


 「クソや●■×★☆▲▲■***×がぁ!!!!」


 心の中では、規制音だらけの罵詈雑言が、止めどなく渦巻いていた。

投稿遅くなり申し訳ないです。

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