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プルゴンとかいう生命体が謎すぎる  作者: 黒弧かずちか
1章 プルゴン開示編
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13/16

私が死んだ日

私は、四国の高知県四万十町で生まれた、ごくごく普通の女の子だった。

 おじいちゃんとお父さんが二人三脚でやっている、小さな酒屋の一人娘。朝には酒瓶を並べるカランカランという音、夕方には店の前で世間話をする近所のおじさんたちの笑い声。店の奥には、古い木の棚とおじいちゃんの背中がいつもあって、それが私にとっての「世界」だった。


 四万十川の匂い、田んぼを渡ってくる風、夏にはアスファルトからむわっと立ち上る熱気。あの土地全部が、まるごと私の大好きな「ふるさと」だった。


 その「大好き」は、ある日、突然ひっくり返る。


 ――西暦二一九七年、夏休み。

 世紀に残る大災害、四国南海巨大地震が起きた日。

 そのとき、私はまだ九歳だった。


 * * *


 ~13年前~


「ねぇ〜凜ちゃん、もう帰ろうよ〜」


 友達のちーちゃんが、ふやけた指をぱたぱたさせながら、しがみつくように訴えてくる。


「も〜うちょっとだけ!」


 私はそう答えながら、プールの水面をきゅっと睨みつける。

 夏休みの間、私はほぼ毎日、水泳に通っていた。理由は単純で、そして子供らしい。


(あいつに、負けたくなかったからだ)


 夏休み前、クラスの男の子に「お前、25メートルも泳げねーの?」と軽口を叩かれた。その子はもう覚えてもいないような、つまらない挑発。でも、私はずっと覚えていて、「見返してやる」という、どうしようもない意地が胸の奥で燃えていた。


 学校のプール、市民プール、さらに今日は海水浴場にも寄ってから、また市民プール。朝の十時から泳ぎ続けて、もう十四時を回っている。鍛錬というより、執念だ。


 泳ぎきったあと、私たちはいつもの「締め」として、高台にある公園へ向かった。そこには、よく一匹のプルゴンがいる。遊び仲間であり、マスコットであり、夏休みの特別な「友達」だ。


 日焼けしたアスファルトの坂道を、汗だくになりながら上る。息が上がるたび、プールの塩素の匂いと、山から吹いてくる湿った風が入り混じって、胸の奥をざらりと撫でていく。


「はぁ〜……つかれたぁ……。凜ちゃん、ジュース買ってくる……」


「わかった〜!」


 ちーちゃんが自販機に向かってよろよろ歩いていくのを横目に、私は手を横にピンと伸ばし、全速力で公園の中へ駆け込む。


「プールゴ〜ン!あそぼー!」


 いつもプルゴンが座っている、高台のベンチ。そこからは、海と町がいっぺんに見下ろせる。今日は台風一過で、空はやけに澄んで、だけど海はまだ荒れていた。遠くの海岸線には白波が立ち、うねりがずっと途切れない。

 風も強くて、ときどき突風が吹くたびに、私の長い髪がふわっと大きくなびいた。湿った熱風は、息苦しいほど熱くて、それでもどこか心地よかった。夏の匂いがした。


 けれど、その日は、なにかが違っていた。


 ベンチには、いつものプルゴンがいる。

 ネズミ色の、二足歩行の小さな体。丸っこい手足。愛嬌のある顔。


 だけど――。


「プルゴン?」


 いつもなら私を見つけると、両手をぶんぶん振って駆け寄ってくるはずなのに、その日は動かない。海の方をじっと見つめたまま、

 ガクガク、ガクガク――

 身体を小刻みに震わせていた。


 表情はいつもの、のほほんとした顔なのに。

 瞳だけが、どこか遠くの、私には見えない何かを見つめているようだった。


「どーしたのー?」


 私が声をかけると、ゆっくりこちらを向いて、一言だけ。


「こわーい」


「なにが怖いの?」


「わからなーい。こわーい」


 プルゴンは、意味もなくその言葉だけを繰り返す。

 私と遊ぼうともしないで、また海の方を見つめ、震え続けていた。


「凜ちゃーん、プルゴンいたー?」


 ちーちゃんが、汗を拭きながら戻ってくる。


「いるけど、いつもとちがうの」


「そうなのー?なんで?」


「わかんないけど、こわがってる」


「なにに?」


「わからない」


 互いに首をかしげあったあと、ちーちゃんがぽつりと言う。


「……かえろっか」


「え〜!来たばっかなのに〜?」


「だって、つまんないもん。なんか……イヤな感じする」


 その一言に、私もなぜか逆らえなくて、二人で公園をあとにした。


 * * *


 長い階段と坂道をおりていく。途中で何度も寄り道をして、四万十川の河原にも降りて、水切りをしたり、石を拾ったり。

 帰りたいわけじゃなかった。ただ、帰らないわけにもいかない。そんな、子供なりの「名残惜しさ」と「現実」のせめぎ合いの中を、私たちはふらふら歩いていた。


 空は、いつの間にか、不思議な青紫に染まり始めていた。

 台風のあと特有の、少し不気味なほど美しい夕暮れ。


「きれーだねー」


「めっちゃきれーい」


 ゆるやかな坂道を降りながら、私たちは海を見下ろす。

 そのとき――。


 コト、コト。


 足元の小石が、小さく跳ねた。

 続けて、地面が、上下左右に微かに揺れる。

 すぐに収まって、また、コト、コト――。


「……なにこれ。地震かなー?」


「こわい……。早く帰ろ……」


「うん」


 少しだけ歩調を早める。

 その「少し」が終わる前に。


 ドドドドド―――ッ!


 世界が、急に本気を出したみたいに、大きく揺れ始めた。


 道路が波打ち、電柱がわずかにしなり、遠くの家の屋根がギシギシ鳴る。

 体感的には、震度6強か7くらい。子供の足では、立っているだけで精一杯だった。


 私たちはとっさに、ガードレール沿いに移動し、

 白い鉄の柵にしがみつきながら、揺れがおさまるのを待った。


 揺れは二、三十秒ほど続き、ようやく収まったときには、反対側の山肌がざらりと崩れ、軽い土砂崩れが起きていた。

 さっきまで普通に通っていた道が、片側通行どころか、完全に塞がれている。


「急いで帰らなきゃ! ちーちゃん、はしろう!」


「こわいよ〜!」


 泣きながら、それでもちーちゃんは私と一緒に坂を駆け下りる。

 そのとき、不気味な電子音が、あちこちの拡声器から一斉に鳴り響いた。


『直ちに走って高台へ避難してください。繰り返します――』


 津波警報。

 学校で何度も聞かされた「訓練」の言葉が、現実として降ってくる。


「高いところに逃げてって……」


 頭ではわかっている。

 高台へ。とにかく高いところへ。


 でも――。


「でも、じーちゃんと、とーちゃんが!」


 九歳の私には、「命を守るための正解」よりも、「家族が心配」「一人がイヤ」という感情の方が、圧倒的に強かった。


 私は、迷った末に、家のある方角へ走り出す。

 ちーちゃんも、それに合わせてついてくる。


 さっきまでは綺麗だと感じた青紫の空も、今は不吉な色にしか見えない。その空が、町全体を、じわじわと不安の色で染めていく。


 坂の途中から下の街を見ると、遠くで火が上がっていた。

 煙がゆらゆら、建物の間から立ち上る。

 どこかで家が崩れ、どこかで道路が割れているのが見えた。


 幸い、私たちの住む一角はまだ大きな崩壊はないように見えた。

 私たちは、坂道から塀に続く細い階段へと抜けて、下町に降りようとする。


 そのときだった。


 二度目の揺れが来た。


 さっきとは比べ物にならない、底の深い揺れ。

 縦にも横にも、地面そのものが踊り狂っているみたいだった。


 山の上から、砂ではなく「山そのもの」が滑り落ちてくる。

 さっきまで私たちが走っていた坂道ごと、高台が雪崩のように崩れ、轟音とともにこちらへ迫ってくる。


 車も、ガードレールも、電柱も、家も。

 全部まとめて、茶色い波に飲み込まれて鉄くずになり、巨大な岩と一緒になって転がり落ちてくる。


 私たちが下っていた階段の頭上には、すでに、山から落ちてきた岩石がいくつも見えていた。

 顔を上げた瞬間、その「巨体」が、目の前に迫っていた。


(――あ)


 時間が、ゆっくりになった。

 音が遠くなる。

 喉がひりつくのに、声が出ない。


 その瞬間、突風みたいな勢いで、私たちの身体が後ろへ引きはがされた。


 服の襟を、左右から小さな手が掴んでいる。

 あの、見慣れた灰色の手。


「――!」


 プルゴンだった。


 さっきまで高台のベンチにいた、あのプルゴンが、私とちーちゃんを片手ずつで掴み、階段の脇から飛び降りる。


 信じられない速度で、瓦礫の上、建物の屋根、停まっている車のボンネットを、次々と踏み台にして跳躍していく。

 土砂の流れを避けるように、何度も方向を変えながら、私たちを安全な場所へと運ぶ。


 何が起こっているのか、頭ではまったく整理できない。

 でも、ただ一つだけわかる。


(助けようとしてくれている)


 数秒後、私たちは、とある建設会社の広い敷地の真ん中あたりに降ろされた。

 重機やクレーン車が並んでいて、あたりはまだ比較的ひらけている。

 ここが「安全」だと言い切ることはできない。でも、さっきまでの土砂の直撃を考えれば、まだましな場所だった。


「けがしてなーい? だいじょーびー?」


 プルゴンが、息一つ乱さず、いつもの調子で問いかけてくる。

 表情は、相変わらずのぽかんとした顔。ただ、体の震えだけがまだ止まっていない。


「プルゴーン!」


 私も、ちーちゃんも、半分パニックのまま、その小さな身体にしがみついた。

 さっきまで冷たくなりかけていた手足が、プルゴンの体温に触れて、どっと熱くなる。


 そして――。


 泣いた。


 子供らしく、どうしようもないほど声をあげて。


 プルゴンは何も言わず、ただじっと抱きつかれながら、海の方角を見つめ続けている。


 私も、その視線を追って、顔を上げた。


 その瞬間、世界が変わった。


 海が――立っていた。


 遥か遠く、水平線の向こう側から、あり得ない高さの壁が迫ってきていた。

 まだ距離はあるはずなのに、もう目線と同じ高さまで盛り上がっている。

 黒く濁った水が、うねりながら空を削り取っていく。


 あとで知ったことだけれど、この震災はマグニチュード9.9を記録していた。

 観測史上最大級の地震。

 そして、押し寄せる津波の高さは推定100メートルを超えていたという。

 人類の歴史上、最悪・最大の津波。


 けれど、そのときの私には、数字なんてどうでもよかった。


(あ、もう……ダメなんだ)


 九歳の私でも、その光景を見た瞬間に悟ってしまった。

 「逃げる」という選択肢が、すべて意味を失っていく。

 足から力が抜けて、膝が勝手に折れる。


「たすけないとー、みんなを守らないとー」


 そのとき、プルゴンが小さな声でそうつぶやいた。


 ふらりと、私たちから離れて立ち上がる。

 小さな背中が、一度だけ震え、そして――津波の方へ走り出した。


 私たちには、その背中を見ることしかできなかった。


 波はさらに大きくなり、完全に頭上を越え、空を奪い去る。

 町全体に巨大な黒い影が落ち、昼間なのに夜になったみたいに暗くなる。


 大地はうねり、遠くで建物が崩れる音が連続して響く。

 それにかぶさるようにして、また強い揺れが始まる。


 建設会社の敷地の奥には、巨大なクレーン車やショベルカーが並んでいた。

 揺れに合わせて、クレーンの長いアームがぎしぎしとしなり、ワイヤーが大きく左右に振れる。


 次の瞬間、建設会社の裏手の斜面が、丸ごと崩れ落ちてきた。

 土砂が建物の壁を押しつぶし、その反動で重機たちがよろめき、傾き、倒れ始める。


 そのうちの一台――巨大なクレーン車の鉄骨が、ゆっくりと、けれど確実に、こちら側へ倒れてくる。


 倒れてくる先は、ちーちゃんの頭上。


「――!」


 考えるより先に、身体が動いた。

 私はちーちゃんに飛び込んで、その身体を押し倒す。


 金属が軋む轟音。

 空気が押しつぶされるみたいな風圧。

 次の瞬間には、私は地面にうつ伏せに倒れていた。


 すぐに、足元に異様な違和感を覚えた。

 痛みというより、「そこにあるはずのものがない」という恐怖。


 ゆっくりと視線を足元へ落とす。

 そこにあるべき右足は、太ももの付け根あたりから先が――なくなっていた。


「あ、ああああああ――」


 声にならない叫びが、喉の奥から漏れる。

 焼けつくような痛みが、足だけじゃなく全身を駆け巡る。


 意識が白く飛びかけた、そのとき。


「り、凜ちゃん……」


 少し離れた場所で、ちーちゃんが、ふらふらしながら立ち上がっていた。

 彼女の視線が、私の足元に落ちる。

 そして、顔色が一瞬で真っ白になる。


「いやだ……いやだよ……!」


 涙をぼろぼろこぼしながら、私のところへよろよろ近づいてくる。


(来るな――)


 私は必死に、声にならない声で叫ぶ。

 口から漏れるのは「うー……う゛うー……」という濁った音だけ。


 そのとき、ちーちゃんの表情がふっと変わった。

 本能的な危機感に突き動かされたみたいに、彼女は右側を振り向く。


 そこには、さらに巨大な岩石が、まるで落ちてきた星のような勢いで迫ってきていた。


 轟音とともに、岩がちーちゃんのすぐ横に落ちる。

 視界が赤と茶色に弾け飛ぶ。


 ちーちゃんの上半身が、私の視界から消えた。


 かわりに、彼女の下半身だけが、私の目の前にドサリと横たわる。


 あたたかいものが、シャワーみたいに私の顔に降りかかった。

 それは不思議なくらい、やさしい温度だった。

 まるで、血そのものが私を抱きしめてくれているみたいに。


 さらに、倒れてきたクレーンのワイヤーが、土砂と一緒に引っ張られ、私の背中側に食い込んでくる。

 重機の重みと土砂の力がワイヤーを引き絞り、鉄の縄が私の身体を締めつける。


 背骨のあたりで、なにかが「ブツッ」と嫌な音を立てる感覚。

 次の瞬間には、身体の上半分と下半分が、別々の方向に引きちぎられていた。


 驚くほどあっさりと。

 あっけないほど簡単に。


 横隔膜がひきちぎられ、肺が空気を吸うことをやめる。

 心臓だけが、まだ必死に血を送り出そうとしているのがわかる。

 全身から血が流れ出ていくたび、身体の芯が焼けるように熱くなって、すぐに冷えていく。


 痛みは、とっくに限界を超えていた。

 「痛い」という言葉では追いつかないなにか。

 それを通り越して、感覚そのものが徐々に薄れていく。


(あ……これ、死ぬんだ)


 不思議なくらい、冷静な実感が胸に浮かんだ。

 目の前の光景は、地獄そのものなのに。


「たすけて――」


 最後にそう言おうとした。

 自分では叫んだつもりだったけれど、声になっていたのかどうかすらわからない。


 視界が暗くなっていく。

 音が遠のく。

 自分の体温が、自分の外に出ていくような感覚だけが、ぼんやりと残った。


 そのとき。


「必ず君を助けるから」


 誰かの声が、遠くで、確かに聞こえた気がした。


 そして私は、完全に、死んだ。

自分はお風呂場でボイパしながら洗顔してて、きめ細かい泡が気管支に入り死にかけた

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