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プルゴンとかいう生命体が謎すぎる  作者: 黒弧かずちか
1章 プルゴン開示編
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12/12

飲み会の場にて

「ながしまーす!」「おねがいしまぁーす!」


 掛け声と同時に、鉄板の上にとろりとした生地が流れ込む。

 じゅわぁ、と油と出汁が混ざり合う音が腹の底に響いた。


 一ノ瀬が鉄の徳利からもんじゃのタネを流し込み、二神が小さなヘラでカンカンとリズムよく刻んでいく。ふたり並んでの“もんじゃ職人モード”は、俺たち編集部ではもはや様式美だ。


 王道の明太子餅チーズ。そこにイカゲソをこれでもかとぶち込み、罪の味を仕上げるのがいつもの定番コース。


 ここは、編集部が理由を見つけては夜な夜な溜まりに来る粉もん居酒屋。

 駅からちょっと外れた路地裏にある、年季の入った雑居ビルの二階。ガラス戸には色あせた「もんじゃ・お好み」の文字。引き戸を開ければ、ソースと出汁とビールの匂いで五臓六腑を鷲掴みにしてくる。


 座敷にはローテーブルと鉄板。壁には常連のサインと、色あせたプロ野球選手のポスター。客も、顔を見れば「あぁ、またあの人たちか」とわかるような常連ばかりで、いい意味で閉鎖的平和が保たれている。


 あの後、事務所で映像整理やらメモ起こしやら、あれこれ作業をしていたらいつの間にか二十時を回っていた。やっとのことで仕事から解放され、俺たちは蒸し暑い夜の空気から逃げるように、この居酒屋の座敷に腰を下ろす。


 まだ四月の下旬だというのに、すでに空気はねっとりと湿っぽい。今年の夏は灼熱地獄確定かもしれない、と今からげんなりするレベルの気配だ。


「今日は宇佐美うさみさんは来ないんですか?」

 鉄板の熱気越しに、俺は田島先輩へ声をかける。


「一応連絡はしたが、今日は来ないだろうな。あいつは今、独断で追ってる案件に相当力入れてるみたいだ。最近はほとんど顔を出さん」

「そうなんですね」


「えぇ〜紫乃さん来ないんですかぁ〜? ジーザスに会いたかったなぁ〜」

 二神が、もんじゃをこねながらしょんぼりする。


「おいリンリン、もんじゃに集中しろ。今夜、俺たちはすべてを背負っているんだぞ」

「わかってるって! 私はもんじゃのプロよ? 甘く見ないでもらえる?」


 宇佐美うさみ 紫乃しの

 サイエンス生態・科学編集部のメンバーで、田島先輩の二つ上の先輩にあたる。

 編集部の肩書きだけ見れば、俺たちの“同僚”のはずなんだが――実態は、編集者というより自由奔放なフィールド探偵だ。


 プルゴンブリーダーとしての資格も持ち、依頼を受けては一日中外を走り回り、ふらっと帰ってきたと思ったら、どこかの事件やプルゴン騒動の匂いをまとう。

 事務所にいる時間の方が少ない、稼働時間のほぼ全てが外界みたいな人だ。


「一応、今回の襲撃事件のことは一通り宇佐美には共有してある。あいつなりに、どこかで動いているだろう。協調性は皆無だが、要所では頼りになる」

「そうですね」


 ちょうどそのタイミングで、座敷の襖が少し開き、店員さんが盆を抱えて入ってくる。


「お待たせしました〜。生ビール四つと、ハイボール・スーパー濃いめ大ジョッキで〜す」

「はーい、ありがとうございます。あ、すみません、メヒカリの天ぷらと、浅漬けの盛り合わせと、ペペロン枝豆の大盛りください」

「はい、承りました〜」


 店員の女の子が、ハイボールの大ジョッキを天使に渡し、生ビールをひとつひとつ俺たちの前に置いていく。天使は「スーパー濃いめ」を嬉々として抱きしめている。いやな予感しかしない。


「それじゃあ」

 田島先輩がグラスを持ち上げ、俺たち全員をぐるりと一瞥する。


「二神、襲撃事件からの無事生還。そして須藤撃退……とは言い難いが、宣戦布告完了の記念に――乾杯だ」

「「「かんぱぁーい!」」」


 五つのジョッキが真ん中でぶつかり、カラン、と心地よい音を立てる。

 泡がこぼれ、ジョッキの外側を玉の汗が滑っていく。


 キンキンに冷えたビールを喉に流し込むと、胃のあたりでぐわっと何かが弾けた。

 あぁ、生きてる。今日一日、ちゃんと生き延びたんだなって、そんな生存確認の儀式みたいな一口だ。


「だはぁ〜〜〜っ、うまい!!」

 二神が、ひと息で半分以上飲み干し、男も顔負けの豪快な声を上げる。


「よし、もんじゃできたっすよー! ほら食え食え、はいヘラ!」

 一ノ瀬が、ミニヘラを配り始める。鉄板の端から、ちまちまと削り取って食べるのがここの流儀だ。


「今回もすげー腹立ったな〜須藤め……」

「リンリン、よく言ってくれたよ。マジでスカッとしたからな、あれ」


「さすがに我慢できんかったわ! あんな腹立つ人間なかなかいないでしょ。なんであれが“上司”なのよ。ゴキブリ以下だよあんなの」


「でも凜ちゃん、ケガすっかり治ってよかったよぉ。あまり無理しないでね、女の子なんだからぁ」

 天使がハイボールをちびちびやりながら、ふわっと柔らかい声で言う。


「そうですよねぇ。こんなかわいい女の子がケガしちゃったら、世界的損失ですよねぇ〜」

 一ノ瀬のクソみたいなお世辞も、今日だけはまぁ許容範囲だ。


「お待たせしました〜。浅漬けの盛り合わせと、ペペロン枝豆でーす。メヒカリはもう少々お待ちくださいね」

「ありがとーございまーす! あ、生おかわりお願いします!」

「はい、かしこまりました〜」


「今日も飛ばすねぇ、リンリン」

「私は飲みたくてしょうがなかったのだよ〜。病院、お酒禁止だったから〜」

「そりゃそうだろ!」


 たわいもない会話。どうでもいい冗談。

 でも、こういう無駄話こそが命綱みたいなもんだ。


 鉄板の上では、明太子が弾け、餅がとろけ、チーズが焦げ始めている。表面はカリカリ、中はとろとろ。ソースと出汁の香りが、鼻腔をくすぐりまくる。


 二神は自分の陣地をヘラで四角く囲い、そこから一歩も譲らないという謎のこだわりを発揮していた。


「ストレッカー分解で生まれる芳香成分を楽しみながら成長過程を眺めて、最終的にメイラード反応の極地――カリカリに旨みの凝縮された端っこを食べるのが、もんじゃの真骨頂なのさ! ケンケンにはわからないだろう!」

「……知らん」


 ほんとに知らん。

 難しい言葉並べて“それっぽく”語ってるけど、ようするに“端っこがうまい”で充分だろ。


 でもまぁ、二神と一ノ瀬の作るもんじゃが抜群にうまい、という事実だけは揺るぎない。


「ちょっとトイレ行ってきます」

「俺も」

「あ、俺も行くっす!」


 俺・田島先輩・一ノ瀬の男三人は、見事なタイミングで同時に尿意に襲われ、立ち上がる。


「お客さ〜ん、トイレは外の共同のやつなんで、廊下出て右曲がってください〜」

「ありがとうございます」


 襖を開けて通路を抜け、外階段の踊り場へ出る。店の横の細い隙間を抜けると、薄暗いコンクリート打ちっぱなしの共同トイレが現れる。


 照明は少しちらついていて、床には古びたタイル。手洗い場の蛇口は、ひねると「キィ」と情けない音を立てる。決して綺麗とは言えないが、こういう生活感のある汚さは嫌いじゃない。


 壁際に並ぶ三つの小便器。俺たちはいつもの並びで立ち、それぞれ黙々と放水を開始する。


「どうだ、渡」

 用を足しながら、田島先輩がふと切り出した。

「最近、仕事はどうだ? まだやっていけそうか?」


「まぁ……そうっすね。最近は襲撃事件の件もあってバタバタしてますけど、やりがいは、ありますよ」


「お前はいつも冷静だからな」

 先輩は、少し間をおいてから、言葉を変える。


「質問を変えよう。今、お前はこの仕事に“夢中”になれているか?」


 夢中。


 その言葉は、やけに重く響いた。

 小便器の白い陶器がやけに眩しい。


「どうなんですかね……」

 俺は息を吐いて、言葉を探し出す。


「俺、一ノ瀬みたいに明確な目的があってここに入ったわけでもないし、二神みたいにプルゴンへの異常な執着もないんで……。もちろん、プルゴンって存在は面白いし、取材して真実を知りたいって気持ちはあります。でも、それって“仕事として”なんですよね。結局のところ――生活のため、っていうのが一番大きいです」


 言葉にしてみると、自分の“薄さ”が浮き彫りになる気がした。

 でも、それが今の俺の偽らざる本音だった。


「はは。お前らしいな」

 田島先輩は、少し笑う。責めるでもなく、肯定するでもなく。


「別にそれで悪いわけじゃない。それが普通だ。みんな食ってくために働いてる。夢とか情熱とかは、あればラッキーくらいのもんだ」


 それから、少し声を落とす。


「ただな。もっと夢中になりたい、もっと本気出したいって“自分で思えた瞬間”――そこからが、本当の意味でお前の人生だと思うぞ」


 一ノ瀬が、まだ用を足しながら話に割って入ってくる。


「俺は、先輩たちはマジすげぇと思ってますけどね。冷静だし、判断も早ぇし、現実もちゃんと見てて。俺なんか、ただ“目的のために突っ走ってるだけ”なんで。頭使うの苦手だし、前しか見えないし、ぶつかったら痛ぇなって思いながらも進むしかないんすよ。バカはバカなりにやるしかねぇんす」


「お前は“天才肌のバカ”だけどな」

「どういう意味っすかそれ!?」

「バカにはわからん」


「理不尽っ!!」


 俺は苦笑しながら、手を洗う。

 冷たい水が指先から手首へと流れ、妙に現実感を連れ戻してくる。


「大人になるとな」

 先輩は、蛇口をひねりながら続ける。


「子供みたいに無我夢中にはなれん。世間体とか責任とか、いろいろ背負って“制御された生き方”を選ぶ。そうやって、みんな社会に馴染んでいく」


 タオルで手を拭きながら、少しだけ表情を緩める。


「だけどな。子供の頃みたいな好奇心とワクワクを失わなければ、大人になっても“子供に戻れる時間”がある。俺にとっては、それがプルゴンだ。あいつらのことを調べていると、眠れなくなる夜がある。あれは多分、俺の中の“子供”がはしゃいでるんだろうな」


「だから渡。お前にもいつか、この仕事のなかで――“夢中になれる何か”が見つかればいいと、心のどこかで思ってる」


「……はぁ」


 分かっている。

子供の頃は、夢中な事にとことん目を向けて刹那の時間さえ延々と感じた。だがこうやって年を重ねて、過去の自分の背中を眺めると、こう羨ましくなる。あの時の輝きや希望みたいなものはいつか忘れるものだと。そうやって忘れて行って大人になる。それが摂理だと知っていても、あの背中姿にあこがれてしまうのだ。


 プルゴンという存在は、たしかに面白い。取材していれば、興味深い事件や不可解な現象はいくらでも転がっている。


 でも、二神みたいに“プルゴン狂い”かと言われると違う。

 一ノ瀬みたいに、追いかけている“何か”があるわけでもない。


 生活のため。給料のため。

 そこに後ろめたさはないけど、ここにいる誰よりも熱量が低いのは事実だ。


 この部署の中で、俺だけ温度が違う気がして、たまに居心地の悪さを感じる。

 消えかけた蛍光灯みたいに、自分の光だけがどこか弱々しい。


 本当にこのままでいいのか。

 でも、じゃあ何がしたいのかと聞かれると、具体的な答えは出てこない。


 その中途半端な空白が、ささくれみたいに心の端を引っかいてくる。


 ――その時だ。


「ヴォン」


 低く、短い音とともに、目の前の空間がひずんだ。

 トイレの空気が波打つように揺れ、その中心から、ネズミ色の小さな影がぽん、と落ちてくる。


 プルゴンだ。


 まるで「ここトイレだよね?」と確認するみたいに、きょろきょろと周囲を見渡したあと、俺たち三人を見上げて、首をかしげる。


「なにしてるのぉ〜?」


 いやいやいや。見ればわかるだろ。


 俺は軽く手を払って「あっち行け」とジェスチャーするつもりだった。

 だが、次の瞬間、プルゴンはとんでもない行動に出た。


 人差し指と親指を小さくつまむように合わせ、俺たちの股間を順番に覗き込み――


 その指の幅をちょっとだけ開いて、「これくらい」とでも言いたげに、ニコニコしながら俺たちに見せつけてきた。


「おい見てんじゃねーよプルゴン!!」


 田島先輩が本気でツッコむ。


 プルゴンは、ひしひしと後ずさりしてから、顔をくしゃっとさせて笑い、両手を上げて“プルゴン走り”でペコペコと小走りに逃げていく。


 ……うん。

 割とよくあることだ、こういう公衆の面前羞恥プレイは。


 駅前でも、トイレでも、風呂屋でも、プルゴンはときどき現れては人間を覗き、変な評価を勝手に下し、怒られては逃げていく。


 今回も、その類だ。


「行くか。天使と二神は酒が入ると相性が悪い。一ノ瀬、間に割って入れよ」

「えー、また俺っすか〜」


 文句を言いつつも、一ノ瀬は渋々頷き、俺たちは座敷へ戻る。


 襖を開けると――さっきのプルゴンが、二神の隣で座っていた。


 そしてなぜか、二人して腹を抱えて爆笑している。嫌な予感しかしない。


「あ、帰ってきた〜! プルゴンもっかいやって! あいつらに見せてやりなさい!」


 二神が、俺たちを指差してニヤリと悪魔の笑みを浮かべる。

 プルゴンは、さっきと同じようにひしひしと近づいてきて、顔をくしゃっとさせ、


 ――人差し指と親指で、さっきトイレで測ったのとまったく同じ“サイズ”を作って見せてきた。


 言いたいことは、痛いほど伝わる。


「だっはー! マイクロちんぽじゃねーかよ〜! プルゴン、それ、誰のだった〜? 教えてよ〜!」


 店中に響き渡る二神の爆笑。

 俺たちは本気で、さっきトイレで逃がしたプルゴンを捕獲してプルゴン協会に突き出すべきだったと、心から後悔した。


「おいプルゴン、あっち行け!」

「店員さん! あのプルゴン追い出してください! ついでにこの女もお願いします!」


「あっはっは〜! もしかして図星っすかぁ? せんぱ〜い!」

「調子に乗りやがって……マジで許さねぇ」


 俺と一ノ瀬が同時に呻く。

 田島先輩はというと――無表情でビールを飲んでいた。


 そして、さりげなく一言。


「俺ではない。俺はトイレに行っていないからだ」


 俺と一ノ瀬を売り飛ばしやがった。

 さっきまで“背中で語る先輩”だった男はどこへ行ったのか。


 俺と一ノ瀬は口を揃えて、心の中でこう思った。


 「ああいう大人にはなりたくない」


「君ぃたちの坊ちゃんは、乾電池なんですかぁ〜? そりゃ容量小さくて、しょんべんばっかしてても仕方ないですよねぇ〜」

「お前、絶対に許さねぇからな二神!!」

「器が小さいと、あっちも小さくなるんですかねぇ〜? いやぁ〜勉強になるなぁ〜」

「うああああああああ!!」



「マジでもう帰りてぇ……。こいつが酔うとホント笑えねぇ……」

 一ノ瀬がグラスを握りしめながら、苛立ちを隠そうともせず呟く。


 結局、田島先輩は“先輩権限”という謎バリアを発動し、さっきの一件から華麗に逃げ切っていた。


「あんたらぁ、うるせーんですよ〜。男がちんたら愚痴こぼしてんじゃないれすよ〜。どうでもいいんだよそんなこと〜」


 天使まで、ハイボールのスーパー濃いめを空けた結果、堕天済みの悪魔モードに突入していた。


「凛、お前もしつこいんだよ〜。そんな下品な女だから、彼氏ひとりもできねぇ〜んれすよぉ〜」

「うぅ……」


 二神にも容赦なく噛みつく。

 普段は温厚な笑顔の天使だが、酔うと口が悪魔になる。


「あんたらのための飲み会よ! ちゃんとしなさいよ!」

「はい、すみません先輩……」


 悪魔が一喝すると、二神は一瞬でシュンとする。

 この一瞬の力関係の逆転も、見慣れた光景だ。


「だいたい、あんたもそんな大した器じゃないでしょうがぁ」

「……器とは」

「わかるだろうがよぉ。包容力の話だよぉ」

「あります! 揉めるくらいはありますよ私!!」

「ねぇわ。身の程を知れ」


 ドン、と天使が両腕でテーブルを叩き、そのまま突っ伏す。

 数秒後、すうすうと寝息が聞こえ始めた。


 悪魔、電池切れ。


「……俺は大人なんで、お前のそういうところを煽ったりはしませーーーん」

 一ノ瀬が、待ってましたと言わんばかりに反撃の構え。


「だいたい、お前も同じ穴のムジナじゃねーかよ!」


 また二人の間で火花が散り始める。

 仲がいいのか悪いのか、本当に判断に困るコンビだ。


「もういい加減にしろ。お前ら、せっかくの楽しい飲み会が台無しだ」


 どの口が言うんだ、という視線を俺と一ノ瀬は同時に田島先輩へ送ったが、声には出さない。

 事実、台無しにしているのは主に二神と天使とプルゴンであって、田島先輩ではない。


 一ノ瀬は、ふんと鼻を鳴らし、二神から視線をそらす。


 そこで、田島先輩がふいに話題を変えた。


「二神。さっき渡とも話してたんだが――仕事は楽しいか?」


「もちろんですよ! 何せこのチームの救世主ですから!」

 酔っていても自己評価は高い。


「だからって、お前みたいな補佐が勝手に前に出ていい場面ではなかったぞ。そこは反省しろ」

「えぇ〜」

「えぇ〜じゃねぇ。怒られるのは俺なんだ。なんであんな危ない現場に、わざわざ飛び込んでいったんだよ」


 二神は、ジョッキをくるくると回しながら、少しだけ真面目な顔になる。


「子供もいたんですよ。目の前に。

 あと……こんなチャンス、掴むしかないじゃないですか。プルゴン襲撃事件のど真ん中ですよ? こんなの、行く一択ですよ」


「それはそうだが、もっと安全な立ち回りもあった」


「んー……。私だって目的があってここで働いているんです。

 そのために頑張ったって、いいじゃないですかぁ」


「ほう。お前の目的か。プルゴンが好きなだけではなかったのか?」


「金がねぇだけですよ!」

「お前は黙っとけ一ノ瀬」

「そんなわけあるかぁ!」


 二神は、ふふんと鼻で笑って、胸を張る。


「ふんじゃあ教えてあげますよ。せっかくだし、みんないるし!」


 徐々に空気が落ち着き、さっきまでの下ネタ地獄から、ようやく“会話”が戻ってきた感じがする。


「えへへ。知りたいですか? 本当に知りたいんですかぁ?」

「いいからさっさと話せ」


「しょうがないなぁ〜。教えてあげよう! このかわいい私が、ここで働いてる“本当の理由”を!」


 そう言うと二神は――突然、上着をばっ!と持ち上げた。


「……」


 視界いっぱいに、水色と白のボーダー柄。

 鳩尾のあたりから一気に露出した肌と、そのすぐ下にある下着。


 俺たちは、一瞬で固まった。


「は?」


 田島先輩の素直な感想が、空気を切り裂く。


 いや、二神が見せたかったのはそこじゃない。

 そのすぐ下、胸の下あたり――溝落ちの上から脇腹にかけて、横一線にぐるりと走る大きな傷跡。


 丸く治った痕ではなく、何度も縫われたような、どこか規則性のある切断線。

 それが、皮膚の上に薄く残っている。


「そんなに見ないでよ……恥ずかしいんだから」


「おい。下着、丸見えだ」

「え……えぇぇえええ!? な、なに見てんだよ一ノ瀬!!」

「お前が見せてんだろ!!」


 顔を真っ赤にして上着を下ろしながら、二神は俺たちを睨みつける。

 迷惑なのはこっちだ。


 俺たちは、至って冷静だった。

 酔っていようが、下着だろうが、相手が二神である以上、特別な感情は湧かない。むしろ若干、酔いが覚めた。


「で、今のが……なんの意味があるんだ?」


 二神は一瞬ぽかんとした顔をしたあと、「あ、そっか」とでも言いたげにポンと手を打つ。

 それから、ニヤリと笑って、わざとらしくタメを作る。


「聞いて驚くんじゃないよ」


「だから早く言えって」

 一ノ瀬が即座にツッコむ。


「わかってるって〜……こほん。

 あの傷はですね――ある“不思議な出来事”があってできたものなんですよ。


 えー、わたくし二神 凛……」


 そこで二神は、わざと一拍置き、グラスをテーブルに置いてから、はっきりと言った。


「一度、死んでるんです」


 ……。


「は?」


 座敷の時間が、一瞬だけ止まった気がした。

一章後半スタート~

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