宣戦布告
狂乱のプルゴン映像を眺める一ノ瀬は、眉間に皺を寄せ、映像の再生・逆再生を繰り返していた。
薄暗い編集室に、機械のカリカリという音が乾いたリズムで響く。
「どうだ、一ノ瀬。お前の探してるプルゴンと類似点は――」
問いかけ終わる前に、一ノ瀬は椅子の背に肘をかけ、深く息を吐いた。
「ん~~~……どうっすかね。関係……皆無っすね。匂いすらしない。」
回答そのものは軽いが、声色の底には“期待が潰えた落胆”が滲んでいた。
「そうか……。残念だな。」
俺が返すと、一ノ瀬は指をパチンと鳴らした。
「でも今回の事件、別方向で絶対なんかありますよ。あの場にいた“謎のプルゴン”……能力が俺の知ってるどの個性にも当てはまらねぇんす。」
その時、部屋の空気が一瞬だけざらりと動いた。
“嫌な予感”を知らせる前兆のように。
そして――
ガチャッ!
編集部のドアが突然蹴破られるように開いた。
その音を合図に、部屋の温度が一気に数度下がったように感じた。
まるでアラスカの吹雪が吹き込んできたみたいに。
足音の主は……最悪だった。
⸻
「お前らァ……ちゃんと仕事してんだろうな?
今月も……俺をガッカリさせるなよ?」
須藤 弘明
プルゴンサイエンス編集部の部長。
彼の登場は、まさに “百害無益” という言葉がぴたりと当てはまる。
まず声が悪い。
タバコと酒で潰れたような、湿ったかすれ声。
言葉のひとつひとつに“人を刺すためだけ”の棘が仕込まれている。
姿形もまた、嫌悪を誘う。
脂ぎった額。
分厚い唇。
濃すぎる眉毛。
割れた顎に貼りつく妙に整えたヒゲ。
背は高いが、その体型は“贅肉と虚栄心の塊”で、ネクタイだけ無意味に派手。
胸元のボタンは弾けそうで、シャツは常にうっすら汗で滲んでいる。
部屋の空気が濁るのがわかる。
一ノ瀬も、二神も、天使ちゃんも――全員がわずかに呼吸を止めた。
須藤は勝手に田島先輩の椅子を引きずり出し、偉そうに腰を下ろした。
机に肘を置き、組んだ指の隙間から俺たちを舐め回すように眺める。
「今回も期日ギリギリで……俺が確認に来ないと仕事もできねぇのか?
お前ら部署がどんだけ会社の足引っ張ってるか……自覚ぁんのか?」
罵詈雑言。誹謗中傷。傍若無人。
言葉が四重苦で押し寄せてくる。
まるで彼の口は、
“他人の努力を腐すためだけに存在する”
そんな呪われた器官のようだった。
一ノ瀬の拳が、ギリッ……と音を立てる。
「今回の件はちゃんとした情報、取ってきてますよ。
それに――俺らが一番知ってるんす。あの襲撃のこと。」
「……お前に話してねぇんだよ。黙っとけガキ。」
「んだと?」怒りのこもった顔と小さな声で須藤の背後に向かって歩き始める。
「一ノ瀬やめろ。」強く腕と肩をつかんで制止する。
「俺とお前も気持ちは一緒だ。なんならお前の方が現場を見ている分苛立ちを感じるのは分かる。だが、暴力はダメだ。俺たちの積み上げたものがあの人の権限でなくなるんだ。ここは我慢だ。」
「すんません。」止めに入らなければ、殴りかかっていただろう。
握り上げていたこぶしを下ろし、にらみつけるように須藤の背中を見つめる。見つめるしかないのだ。
須藤がサイエンスの玄関で鏡を見ながら背広を整えて帰ろうとした瞬間。
二神がドアの前に両腕を広げ立ち塞がった。
もうその時には、彼女の全身から煮えたぎる憤怒が溢れ出ているのが分かった。
「どけ。」
須藤の腕が伸びる。
だが、二神は一歩も退かなかった。
瞳に炎を宿し、まっすぐ言い放つ。
「一つだけ言わせてください。」
その声は静かだが――底にある怒気は、誰の耳にも刺さるほど濃密だった。
「私たち、毎日、現場で必死にやってます。
一ノ瀬も天使ちゃんも、渡も田島先輩も。
それぞれの役割を全力でこなしてます。
部長の仕事が大変なのは分かります。
でも――
暴言ばかり吐く中年デブに言われる筋合いは、これっぽっちもありません。 」
須藤の顔色が、見る見る真っ赤に染まる。
「おいっ!」制止する間もない束の間に二神はあらぬことを吐いた。
「はァ……?」
彼の喉から、怒りの唸り声が漏れる。
しかし二神は怯まず、畳みかけた。
「上司って、部下を導くためにいるんじゃないんですか?
腐すだけなら猿でもできますよ。
私たちは“真実を届けたい”って意思で仕事してるんです。
侮辱だけの上司なんて――必要ありません。」
沈黙。
空気が爆ぜる直前の、張り詰めた瞬間。
そして空気が爆ぜるように須藤は吼えた。
「じゃあ結果出せよ!
次の記事がクソだったら――全員クビだ。
アルバイト風情がイキってんじゃねぇ!!」
ブリキのごみ箱が蹴り飛ばされ、弧を描いて床に転がる。
二神の怒りがついに燃え上がる。
「じゃあ次の記事の結果見てから言いなさいよ!!
必ず面白い記事仕上げてやるわ!!」
「期待してるぜぇ?どうせ無理だろうがなァ!!」
須藤は乱暴にドアを閉め、去っていった。
バァン!!!
その衝撃音が、全員の胸に火をつけた。
“宣戦布告”
そうこれは俺らにとっての宣戦布告だ。
二神が叫んだ。
「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
それは、俺たち全員の胸の奥で燻っていた怒り。
そのすべてを代弁する雄叫びだった。
先ほどまで顔を曇らせていた一ノ瀬が晴天を仰ぐかのように笑って彼女の肩を叩く。
「よく言ったぁ!リンリン最高!!」
天使も、涙目のまま笑っている。
俺はいつの間にか拳を握りしめ、小さくガッツポーズをした。
田島先輩はゆっくり息を吐きため息をついた
「まったく。」
そう言って田島先輩は暫くざわめく事務所を眺めたあと呟いた。
「……よし。一ノ瀬。予定してた飲み会、今日に変更しろ。
宣戦布告だ。俺たちの勝利を、乾杯で迎えてやる。」
その言葉に、全員の胸が熱くなる。
もう後には引けない。
だが――負ける気もしない。
ここからが本当の戦いだ。
宣戦布告じゃ~




