相濡以沫不如相忘于江湖
亮は就職について頑張っていました。彼もよほど家から出たいですか、各会社のインターシップを頑張っていました。でも、静香達との関係の改善がまだ見えませんでした。家にいるが会話が全然なくて、同じ屋根の下に住んでいでも、知らない道端の通行人見たいでした。こんな亮を見ると静香も胸が痛かったです。
11月中旬、苦しい静香はまた高橋先生にメールを送りました。
「高橋先生
今日は亮の学業ではなく、私と亮の関係について、先生の知恵を借りたいです。亮は今も私達と家庭内別居の状態です。会話も全くありません。勉強がうまく行けば、関係が改善されると考えていましたが、全く回復の兆しがありません。亮が3歳になった時に私が医学の勉強が始まりましたが、亮を育てながら勉強していました。例えば公園に連れて行って、亮に遊ばせて私はそばで本を読んでいました。夏はプールに連れて行って、亮を浮き輪に着けて、一人で浅い所で水遊びをさせて、自分は本を読んでいるとか、とても幸せの時間でした。亮は金魚の糞見たいにいつも私の後ろにくっついてどこでも一緒でした。
8歳になると、私は医師免許を取って、働きに出かけましたが、亮との絆はいつも強いでした。それで、大学3年の終わる時期に、突然主人は亮が変だと言われて、見に行ったら亮はベッドの上に動けなくなってしまいました。すぐ病院に連れて行って、うつ病と診断されました。あの時はとても怖かったです。亮と一緒に寝ました、なぜなら亮は自殺するのは怖かったです。薬が効いたか、亮は元気になって、私は毎週亮を連れて外出し、おいしいものを一緒に食べました。二人はまた亮が小さい時のように仲良くなりました。
でも学校が開始した突端、授業がついていけなくて、亮はまた抑うつの状態になりました。私達は焦って家庭教師をつけようとしましたが、亮は反対でした。主人は一人で決められず、私の帰宅を待っていました。私は家に帰った後、亮と話し合いもせず、勝手に家庭教師を頼みました。亮はひどく傷ついて、一切私達と話さなかったのはその後でした。
どうしたら亮と以前の関係に戻れますか?先生は何か助言がありますか?先生は亮が良く分かるので、何かアドバイスがありますか?」
次の日、高橋先生から返事が来ました。
「陳様
メールを拝見し、亮が小さい頃やずっと若い頃のお母様との楽しいやり取りや、現在お母様が悩まれているご様子をうかがいました。
以下に私が書くことは、私がこれまで私自身や身の回りで経験したことに基づいた素人の見解で、そちらのご家庭の本当の様子も分かりませんので、かなり誤解しているかもしれません。しかし、お母様にいくらでも参考になればと思いながら書いて見ます。
まず、私の感触を先に書きますと、亮君がお母様と以前のようなやり取りができるまでには、かなり長い時間がかかると思います。何となくですが、5年くらいはかかるではないかと思っています。
亮君は現在、本当の自立を目指しておられ、就職活動など、自立のための活動に喜びと期待を感じておられます。また、そのためには、修士の研究もきちんとやらないといけない自覚もお持ちです。
そのことと、ご両親との交流は別のことです。しかし、まだ自分の未来に自信がなく、その不安を乗り越えながら頑張っておられます。もし、お母様やお父様と以前のようにやり取りを再開し、将来についての意見など交わしていると、また、以前のように、いつの間にか、なぜかわからないまま、自分で自分を袋小路に追い込んでしまうかもしれない、そういう恐れを亮君はお持ちだと思います。
そういう状態を少しだけ理解できる経験が私にもあったですが、本当に沼に落ちていくような、出口がない、とても不安な状態で、また再びそこに少しでも近づくようなことは決してしたくないはずです。また心配をかけたくないし、前のような事にはもう戻りたくない、と思ったら、シャットアウトするしかなく、本当は亮君もお辛いと思いますが、やっと自分で辿り着いた、ほっとできる状態は今の状態なのだと思います。
そして、就職などがうまく行き、会社でもうまくやって行け、自分で生活ができて自信がついて、心に余裕ができた時点で、初めて大変だった時代のことを忘れることができると思います。そしてさらに、そこから少し時間が経って、自分が家庭を持ったり、大人として周囲の話を聞いたりしているうちに、お母様やお父様にどれだけ大切にしてもらっていたかを、しみじみ分かる時が来るのではないかと思います。そしてその時に初めて、お母様にも再びきちんと向き合えるようになるのではと思います。
お母様にとっては、今も大変辛いお気持ちが続いているかと思います。ただ、彼が自らご両親の気持ちに寄り添えるようになるまで、そっと見守ってあげ続けることが、彼にとって最も良いことなのではないか思っています。
もしかしたら全く間違えているかもしれません。このように状況を捉える考え方もあると言う程度に受け止めていただければ幸いです。」
静香はこのメールを繰り返し3回も読みました。高橋先生の優しさは静香の心に沁みました。かれこれ2年半になるよね、高橋先生はいつもそばに支えていました。自分はまだ高橋先生の話を十分理解できないけど、でも先生の自分と亮を助けたい気持ちは重々感じました。
彼女は今でも心が高橋先生に傾いてままでした、こんな優しい人だから、亮の病気で蝕んだ自分の心の中にじわりじわりと入り込みました。静香はこの魅力には抵抗できません、でも、実際の現実社会から見れば彼女は高橋先生に近づくことは倫理上許されないことです。それは彼女を苦しめました。
「高橋先生
先生は好きです。でも、私は自分の主人にはまだ責任がありました。26年でした、私達夫婦二人三脚で頑張ってきました、一緒に人生の荒波を乗り越えてきました。
先生は私の理想なひとです、私は長い間ずっと探している人です。間違い時間に出会った正しい人です。
でも今になって、私は何かできますか?中国の古い言葉がありました、「相如以沫不如相忘于江湖」、意味は2匹の魚がそろそろ乾きあがる泥水の中に、相手を自分の唾液で濡らしても、むしろ各自住んでいる川や湖に戻って、お互い忘れて、自分の人生を生きたほうがいいです。
いずれこの時期が来るでしょう。取り返しがつかなくなる前に、いつかさよならを言う、でも、今はすこし先生の傍に留めていたいです。
もし、ある日、私はさよならと言ったら、この事を思い出して、私は前に進めたと考えてください。別れても、先生を忘れることがないだろう」




