08話 ジェスチャーとミス
「あ、井戸だ…」
それは見回りの途中で発見した。そこでは数人の村人達が立ち話をしている。自分達は魔法で水を出しているけど、他の人達はここに汲みに来るわけだ。
ライナスが軽く挨拶をして、ちょっとした談笑になっている。顔を覚える為にも、次からは汲みに来ようかな。
再び巡回を始める。次は、西に広がる畑群だ。育てているのは、キャベツやジャガイモに似た野菜類だ。きっと用途も似ているんだろう。
「坊主、これを持てるか?」
ライナスが、野菜が沢山入った木箱を目の前に置いた。持てという事なのか?そう感じてアラヤは木箱を持ち上げる。難無く持てるけど、ほぼ前は見えなくなった。
「ほぉ、やはりこれを持てるという事は、普通の坊主じゃないな。村長が、俺にあてがう訳だ。よし、じゃあ次だ」
ライナスも木箱を持ち、二人して次の場所へと向かう。前が見えないので、索敵を使いながらライナスの後に付いて行くと、急に木箱を取り上げられた。此処は、昨日の食堂だな。
ライナスは二つの木箱を持って、扉の前で誰かを呼んだ。
「お~い、ベス!俺だ!野菜を持って来たぞ‼︎」
その表情と声は、どこか嬉しそうである。扉を開けて出てきた女性を見て、ああ、彼は彼女に惚れてるんだなと理解した。
二人が話に夢中になっているので、アラヤが代わりに木箱を中に運ぶ事にした。
中に入ると、別の女性 (おばちゃん)が現れた。木箱が宙を浮いていると思ったのか、少し驚いていたけど、アラヤを見て二度びっくりしていた。まぁ、この木箱は50キロくらいあるからね。二つの木箱を運び終えても、ライナスはまだ話に夢中になっているので、おばちゃんにトイレに行きたいとジェスチャーをする。
ここよと、場所を教えてもらい、扉を開ける。中は想像通りのボットン便所だ。この村では汲み取り式が主流らしい。街だったら水洗タイプがあるかもしれないけど、堆肥として使う村なら、これが当然かもな。二人も使用したと言っていたし、家に作るのもボットンで我慢してもらおう。
読んでいたラノベには、水洗便器も浄化槽も簡単に作れるチートが多かったけど、俺の場合は簡単に行かないなぁ。
本当、思っていた異世界生活と違う。荒垣達が主人公で、俺はモブだったって事かなぁ。
「お~い、坊主。次行くぞ~」
ライナスが呼びに来たので、考えるのをやめた。今はやれる事をやろう。
アラヤは、待たせていた事を平謝りするライナスを無視して、次の場所に向かうのだった。
「『ユーガス帝国の滅亡と旅渦人』これは…この棚ね」
山積みになっていた本を、大分棚へと戻し終えた。私は、選ばれてこの仕事をしている。何故なら、三人の中で文字を分かるのは私だけだ。故に本棚をちゃんと整理できるのは、私以外に有り得ない。村長は、それを分かっていて私にこの仕事を与えたのだ。
「ただ、問題はこの量…」
そこには、本棚に収まりきらなかった10冊の本がある。タイトルが気になって、並べるのを後回しにした本ばかりだ。
「宮廷の紅き楽園。雌雄と熱き抱擁の果て。今、そこにある慈悲…」
この世界にもBL本があるなんて!あ、もちろん、アラヤ君が知りたがっているこの世界の歴史本と魔法っぽい本もあるけど。これを借りられるか後で聞いてみよう。
今はまだまだ、片付けなきゃならない部屋が他にもあるからね。
サナエは酷く狼狽していた。それは、とてもとても美しい、飴色の釉が施された大皿の陶磁器であった。
それが、原型が分からない程に割れている。
場所は、村長に連れてこられた陶器の保管庫だ。
「あああっ‼︎や、ヤバイ!ヤバイよ!これって、絶対高いやつだよね⁈」
サナエが村長に頼まれた仕事は、陶磁器を割れないように、紙に包んでから木箱に梱包する事。言葉が分からないので、やり方は、村長が手本を見せてくれた。梱包作業自体は難無くこなしていたのだが、足りなくなった紙を取ろうと立ち上がった際に、棚に当たってしまい皿が揺れ落ちたのだ。
とりあえず、割れた破片を急いで集めて紙に包む。でも、どうしよう…。隠したって絶対にバレるよね。おそらく、梱包した陶磁器は、この村の収入源となる特産品の一つだろう。その中でも、高価そうな品を壊してしまった。サナエは、どうすれば良いか分からなくて、包み紙を持ったまま立ち尽くす。
「何やってるんだい?」
声にビクッと飛び上がりそうになる。ゆっくり振り返ると、入り口に村長が仁王立ちしている。その表情は、怒るでも無ければ、蔑む感じでも無い。ただ、無表情で余計に怖い。
「すみません‼︎不注意で割ってしまいました!」
言葉が通じるわけじゃないが、何度も何度も頭を下げた。
「あー。割れたそれは私物だから大丈夫だよ。むしろ、失敗作の一つだったし」
気にするなと村長は笑って見せる。しかしサナエには、目の笑って無いその笑顔(本人的には笑顔)が、かなりご立腹だと受け取っていた。
「うわぁぁぁん!」
罪悪感に耐え切れなくなったサナエは、彼女を一人保管庫に残して、その場から逃げ出してしまった。
「へ?何で?」
村長は、一人ポカンとして首を傾げた。やはり言葉が分からないと、気持ちは正確には伝わらないのだ。
「こりゃあ、教育が必要みたいだね」
彼女は顎に手を当て、一人で納得する。新参者達への方針を、この時閃いたのである。
「あれ?サナエさん?」
アラヤは、自宅の扉の前で体育座りをして塞ぎ込むサナエを見つけた。
「アラヤ……って、何だいその木材の束は!」
アラヤは、沢山の木材を積んだ荷車を引っ張っていた。大の大人でも無理そうな量を、小学生並の体格で運んでいる。
「ああ、巡回先の製材所で、ベッドとトイレを作る用に貰えたからさ。ちょっと休憩時間貰って運んで来たところだよ」
「貰ったって、アヤコが居なきゃ、会話できないだろ?」
「そこは、こんな感じの全力ジェスチャーで何とかなったよ」
その相手に見せたであろうジェスチャーを、アラヤは恥かしげも無く再現してくれる。
「そっか…チビは凄いね」
「サナエさん、何かあったの?」
「……ちょっとミスしちゃってさ、怖くなって仕事から逃げてきたんだ。あんた達は頑張ってるのに、申し訳無くてさ…」
アラヤに、逃げ出したことの顛末を話すと、不思議そうに首を傾げる。
「ふうん。別に気にしなくていいと思うよ?」
「…えっ⁈」
それは見放されたかと思ってしまう一言。君は居なくても問題無い。そう思われた⁈それは嫌だ。それだけは嫌だ!もう置いて行かれるのだけは耐えられない。
「私を…私を見捨てないで!二人に見捨てられたら私は…」
「いやいや、ちょっと!何勘違いしてるのさ⁉︎たった一回のミスくらいで、そんなこの世の終わりみたくなるわけ無いでしょ⁈大体、村長さんもそれくらいのミスは、授業料として考えてる筈だよ?誰もが最初から完璧にできるわけないんだからさ。心配し過ぎだよ。サナエさんは、そういうキャラじゃ無いでしょ?」
「チビは、私をどんなキャラだと思ってるんだ⁈」
「悩むより、行動するタイプ?」
「…えらく馬鹿にしてない?」
「してないよ。前の世界で何度か見かけた事があるんだけど、周りが進路を決める時期で悩んでる時でも、君だけは好きなダンスに熱中していた。その姿は凄く印象に残っているよ。とても魅力的で惹かれるものがあったからね」
あの時は、周りのくだらない悩みや親の進路の期待なんて、ダンスの弊害でしかないと思っていた。好きな人の応援と、音楽に合わせて繰り出す技が決まる快感。会場が一体となり終わる事の無い高揚感。
「…ダンスは私の武器であり、私の未来への指針だった。……でも、この世界に来てから、いつだって応援してくれたヒロも、もう居ない。アヤコやチビみたいに、この世界で生きていく為に役に立つ技能ですら無い。この世界での私は、貴方達の足を引っ張るだけの存在になってる。頼まれた仕事すら、上手くこなせないなら、私はきっと捨てられるはず…そう思ったの」
「馬鹿じゃない?」
「え?」
「馬鹿じゃない?」
「二度言えって事じゃないわよ!」
「この世界に来て、たったの3日!そんなんで、自分には何も出来ない役立たずだって?まだ何も分かって無い!俺達にはこの村の事も!国の名も!世界の情勢も!技能の可能性も!まだまだ、諦めるには早過ぎると思うんだよ。少なくとも、俺は君を見捨てない。それだけは確かだよ」
「アラヤ…」
「さぁ、お昼まではまだ時間があるよ!今から村長に謝りに行って来るんだ!しょうがないから、二倍は働きます!って感じでさ?」
小さいくせに、可愛くも頼もしい彼のはにかむ姿に、胸の奥底が暖かくなる。
ああ。アラヤとなら見つけられる気がする。ダンスの可能性、私の存在意義を。
「うん。そうするよ。ありがとうな、アラヤ」
サナエは、取り巻いていたモヤが晴れたようで、あの輝いていた時の様な笑顔を見せた。
彼女が持ち場に戻って行った後、アラヤは木材を下ろしながら考えていた。
「情報が集まれば、今晩からでも始めるべきか。……本格的に技能の検証を」




