64話 家族紋
昼食後、用意した部屋に人犬の親子を一人ずつ来てもらう事にした。
最初にアヤコさんに連れて来られたのは父親。やはり多少の緊張はしているようだ。
室内には、サナエさんが助手として、バルガスさんが烙印を押す係として、待機している。
「上着を脱いで、このベッドに横になって下さい」
彼は言われた通りに服を脱ぎ、部屋の中央に置かれたベッドに横になる。その横に用意した机には、アラヤが用意したフォークの先端を鋭利にした仮のメス等の道具が置いてある。
「それでは始めます」
アラヤは、最初に陶器に入れられた軟膏を、彼の奴隷紋の烙印付近から塗り始める。
「うっ…」
彼は軟膏の冷たさにビクッと反応するも、直ぐに堪えてみせる。今、塗っている軟膏は、アヤコさんの吹き矢用の麻痺毒薬を、水と酒で薄めて軟膏にした仮の麻酔薬だ。
痺れで感覚が無くなるのを待ち、充分な効果が現れたら保護粘膜を掛ける。
サナエさんがクリーンで除菌したメス (フォーク)を受け取って、胸元にゆっくりと近付けていく。
心を落ち着かせ集中すると、メスを皮膚に差し込み、ゆっくりと切れ目を入れていく。
切れ目からじんわりと出てくる血液。表情を見るが痛みは感じていない様だ。
四角に切れ目を入れたら、ピンセット (木製)でゆっくりと烙印の焼き跡が無くなる厚さの真皮までを剥がす。
多少の筋繊維も剥がれたが、ヒールを当てることで筋繊維も剥がれた皮膚も元どおりになった。
上体を起こしてもらい、今度は座った状態になってもらう。
「これで、子爵の奴隷紋は消えました。次はバルガスさんの家族紋を入れますね?」
「はい、お願いします」
アラヤは、バルガスの持つ烙印棒の先端、烙印紋部分をヒートアップで熱を上げていく。先端部分は赤白く染まって、顔に輻射熱を感じる。この熱に耐えられるようにと、念のために新たな皮膚に再び保護粘膜を掛ける。
「それではバルガスさん、お願いします」
「おう」
落ち着いた表情のバルガスさんは、槍を構えるように烙印棒を持ち、寸分違わぬ位置に押し当てた。
ジュッという肉の焼ける音が聞こえると、バルガスさんは直ぐに烙印棒を引き離した。
「成功ですね」
新しい皮膚部分には、バルガスさんの葡萄とグラスの家族紋が刻まれている。みるみるうちに水ぶくれができてきたが、氷水で濡らした布を当てて熱を冷ましていく。
保護粘膜は一膜無くなっていた。二重にして正解だったな。
「麻痺薬が切れた後に、熱と痛みがしばらく続くと思います。後でこれと同じ軟膏を用意しますので、痛みが酷い場合には塗布して下さい。熱の方は氷嚢を用意してもらい、当てて冷まして下さい」
「ヒールではダメなの?」
サナエさんは、ヒールで治せば痛みも無くなるんじゃないかと考えたようだ。
「確かに痛みは引くよ。だけど、せっかく刻んだ家族紋も消えてしまう。今、深い2度熱傷で皮膚を壊死させているんだ。この傷を残さないと、家族紋は残らない。ヒールを使えるのは、壊死が終わり傷痕が残った後だよ」
怪我をしてから時間が経過すればするほど、皮膚や組織の回復は完全では無くなる。逆を言えば、受けたばかりの傷なら跡も残らずに治せるのだ。
「すみません、私達の家族は、水属性魔法を習得してませんので氷を用意できません」
「そういや、うちにも水属性魔法者は居ないなぁ。街から買ってくるか」
ああ、この世界には冷蔵庫は無いからね。便利な魔法がある分、氷なんかは作り置きをしないんだよなぁ。
「分かりました。それなら、これを使用して下さい」
アラヤは、ソーリンに渡す予定だったアイスの魔鉱石を取り出して渡す。
「これに魔力を少し込めれば、氷が出てきます」
「こんな高価な物、い、いただけません!」
「大丈夫、タダで渡した訳ではありませんから。お代はバルガスさんとの交渉の際に引かせていただきますので。バルガスさん、よろしいですね?」
「ガハハ!しっかりと商売人じゃねぇか!ああ、それで構わないぞ」
何度もお礼を言って出て行った父親の次は、物静かな母親が来た。
「よろしくお願いします」
「では、上着を脱いでベッドに横になって下さい。サナエさん、よろしく」
相手は女性なので、対応はサナエさんにしてもらう。半裸になった彼女にサナエさんが布を被せて、奴隷紋の場所だけを切り抜く。
「それでは始めます」
麻痺薬を塗るのはサナエさんが代行し、それ以外後の工程は一緒で、今回も無事に終わった。
そして、最後は小さい女の子の番となった。その表情には、やはり恐怖の色が伺える。無理もない。奴隷紋を刻まれた時の恐怖と痛みが残っているのだろうから。
「大丈夫かい?」
「だ、大丈夫…です」
頑張って笑顔を見せようとしているけど、下手に動かれても困る。
『アヤコさん、ご両親を連れて来てくれる?』
とりあえず両親を呼んで、子供に安心してもらう事にした。
両親が、女の子の片手を握りながら話をしている間に、真皮の剥離作業を終わらせる。
刻印の時には、ダークブラインド (盲目)とコラープス (虚脱)を使い、ボーっとして分からないうちにバルガスさんが一発で成功させた。
「何とかなりましたね」
「ああ驚きだぜ、まったく。拷問並みの痛みが無く、術後の痛みが少しある程度で、済ませてしまったんだからな」
「ここまで上手くいったんです、後はしっかりと守って下さいよ?」
「ふん、腐っても俺は元王国騎士団団長だぞ?全て杞憂に終わる事を誓おう」
「アラヤさん、本当にありがとうございました」
「うん、もう大丈夫だね。後は自分達の頑張り次第ですよ、オレオさん」
「‼︎どうして私の名前を⁈」
「俺は鑑定士ですからね。奥さんは、モコさん。そして娘のハナちゃん」
「すみません、今まで名前を明かす事が出来なくて…」
「ううん、気にすることはないよ。俺達に気を遣ってくれたと思ってるから」
彼等は、もしも自分達が捕まった場合を考え、アラヤ達との関係性が無いようにしたかったのだ。彼等自身が捕まった場合、その後に死んだ事を知っても、罪悪感が残らないようにと。名前を知る間柄とは、もしもの時には頼れる半面、足枷にもなるという事だ。
もう、彼等の身の安全を確保できたので、名前を呼んでも大丈夫とアラヤは判断したのだ。
「彼等の事は無事に済んだので、次は本題の交渉へと移りましょうか」
「ふむ、そうだな。元々の目的は葡萄酒だったな。今年の出来は、例年より色・香り・味の質が最も良いが数が少ない。出せるのは、【良作】は12樽、【業物】は4樽が限度だ」
「それではアラヤさん、鑑定の方をよろしくお願いします」
アラヤは、葡萄酒の貯蔵庫に案内され、保管してある樽を鑑定してまわった。
「鑑定終わったよ。確かに数は合ってたよ。それとは別に、一般評価の葡萄酒の樽もあった」
「そいつは、コルキアの街中で販売する酒樽だ。バルグ商会には必要無いだろ?」
「いや、個人用として欲しいんだけど」
「そういう事なら、一樽はくれてやるよ」
「やった!」
一般品だけど、この世界の葡萄酒が手に入り、アラヤは喜びの声を上げた。だって葡萄酒は飲む楽しみ以外にも、料理にも使えるからね。




