63話 奴隷紋
「ガハハ!そうか、お前がガルム殿の息子か!」
「はい、ソーリン=ガルムです。よろしくお願いします、バルガスさん」
長机に向かい合うバルガスとソーリンは、にこやかに笑顔を見せる。その横に座るアラヤは、笑う度に背中をバルガスという男に叩かれるので、背中の竜鱗防御を解除できない。この男の叩く力はドワーフ並みに強さだ。
そもそも、この光景はおかしいだろ!何で俺の席の隣に、バルガスという名の農園社長と、先程、狼人と化した番犬が座ってるんだ⁈
確か、「せっかく来たんだ、中で一緒に昼食にしよう」と案内されるままに座っただけなのに…
しかもこの二人、190センチぐらいと背が高い。そんな二人に挟まれるアラヤは、二人の子供のように見えるだろう。
離れようと席を立とうにも、狼人の彼女の足がアラヤの足を押さえ付けて固定しているのだ。
「あの…そろそろ解放してもらえませんかね?」
「ん?まだ昼食を出しとらんだろ?もうすぐ準備できるから、大人しく座っとらんか。御主達は客だからの」
「それなら、座る位置が違いますよね?」
「坊主、ソーリンの邪魔をしたらいかんぞ?せっかく若い娘が二人も居るんじゃ、両手に花にさせてやるのが、気遣いってもんじゃろ?」
ソーリンの左右に、アヤコさんとサナエさんが座らされたのは、そういう理由があったのね。挟まれたソーリンも、笑顔を保っているが内心は汗をかいている事だろう。サナエさんはともかく、アヤコさんの静かな笑顔には冷気を感じるからね。
「バルガスさん、この御二方はアラヤさんの奥方様なのですよ」
「む?アラヤとは誰の事だ?その親子の父親か?」
「アラヤは俺ですよ、バルガスさん。こう見えて、俺は17歳です」
「何だとぉ⁈せっかく素質ある子供を養子にできるチャンスかと思っとったのに!既に成人して嫁もおるとは残念!」
この人には子供が居ないようだな。だからと言って、あんなやり方で、養子になる奴なんているわけが無いだろうに。
「改めまして、アラヤ=グラコです。ソーリンの護衛兼鑑定士をしています」
「ほう、鑑定士だったか。護衛という事は、それなりに戦えるわけだな?益々養子に欲しくなった!」
「別に家族持ちでも養子にできるだろ?何なら、私のつがいにしてやっても良いぞ?雄としては、見た目は頼りない子供っぽいが、潜在する能力の力はビンビン感じるからね」
そう言って、狼人の彼女は胸の膨らみをアラヤの腕にグイグイと押し当ててくる。
いくら気持ち良くても、勘弁してもらいたい。俺の嫁さん達から怒りの湯気が上がってきてるから。
「アラヤの妻で、サナエ=グラコです。アラヤをあんまりイジメないで下さい。確かに子供っぽく見えますが、頼れる立派な男性です。既に私達の夫なんですよ?」
「アラヤの妻で、アヤコ=グラコです。バルガス様、夫を養子になど有り得ません。それと、そちらの狼女さん?いい加減、夫から離れて頂けます?」
俺の嫁さん達、自己紹介しつつも笑顔で相手に圧をかけている。しかし、彼女は平然としていて、アラヤから離れようとはしない。
「私はクレア、偉大なる【白銀の牙】の末裔のクレアだ。この雄に、あんたらじゃ釣り合わないよ?」
「釣り合わないを決めるのは、貴女ではないでしょう?」
三人はバチバチと視線をぶつけ合い、今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。ピリついたその場を止めたのは人犬の父親だった。
「あ、あのすみません、【白銀の牙】の末裔のクレア様。貴女様が、奴隷ではなく自由に生活できる亜人族なのでしょうか?」
「何だ、帝国語かい?久し振りに聞いたから驚いたよ。えっと、確かに私は奴隷じゃないが、自由に生活してるわけじゃ無いよ?」
どうやらクレアは、帝国語を話すことができるようだ。父親と会話するタイミングで、アラヤはクレアからようやく逃げ出した。
「私達親子は、奴隷として扱われている亜人族を匿ってくれる方を探しています」
「その亜人族を捕まえる為にかい?」
彼女は、その問いの語尾を少し強めた。そこには多少の怒りが混じっている。
「ち、違います!決してその様な真似は致しません!」
「そういえば昨日、捜索隊と名乗る兵が来たな。何でも、子爵ん所の奴隷達が逃げ出したとか。俺の所にゃ、奴隷なんかおらんと言って追い返してやったわ!ガハハ!」
「アラヤ君、彼等の変装を解いてあげたらどうでしょうか」
アヤコさんが小声で提案してくる。何故、念話を使わないで聞くのか、アラヤにもピンときたので、彼女の考えに乗る事にした。
「この人達なら信用できるって言うの?」
「少なくとも、同族を売る様な真似はしないと思いますけど…」
「そうかな?もう少し、違う農園もあたってみた方が良くない?責任持って預かってくれるとは限らないよ」
「そうですよね…それこそ、奴隷商人に売り渡す可能性もありますからね」
「ちょっとお前達、さっきから何をコソコソ喋ってる!」
『かかりましたね』
クレアがピクピクと反応する耳で、さっきから聞き耳を立てているのは分かっていた。
「変装がどうのこうのとか言ってだろ⁈この親子は亜人族なのか?」
「だとしたら、どうなんです?」
「その変装を解いてみせろ」
「いえ、その必要はありません。貴女に心当たりの人物がいないのでしたら、他の親切な亜人族の方を探しますので…」
「いいから、変装を解いてみろ!」
アラヤは、仕方ないとわざとらしくため息を吐き、親子の粘糸とジャミングを解除した。
「なるほど、人犬の親子だったか」
「はい。例の子爵から逃げ出した奴隷達の三人です。それが分かった事で、貴女達はどうしますか?」
「ふん、そんな事決まってる。バルガス、酒蔵の人手が足りないんだろう?この親子はどうだい?」
「そうだなぁ、賃金は大してやれねぇし、住み込みで良ければ雇ってやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「勘違いするな。匿うだけなんて都合の良い事は無いぞ?しっかりと食べる分は働いてもらう。その代わり、お前達の身の安全は保証してやる」
「どうだいアラヤ、私は同族を売る様な最低な奴では無いだろう?」
「そうみたいですね。安心しました」
するとそこへ、料理を持った従業員達が入ってきた。驚く事に、従業員の中には人兎や猫人といった亜人族が入っている。彼等は机の上に料理を並べていく。
「驚いたかい?バルガス農園では元々、亜人族も採用してるんだよ。もちろん、奴隷じゃないよ」
「でも、奴隷じゃない亜人族が領内に住むには許可がいるのでは?帝国の密偵と疑われてもおかしくないですから」
「バルガスには、彼等を雇えるその許可があるのさ。元王国騎士団の団長で、長年の功績で爵位を貰った、市民出の貴族様だからね」
領主のダガマ子爵には、一応、彼等を奴隷として登録して提出しているのだろう。
「それで捜索隊は、奴隷達がバルガスさんを訪ねてくると考えたんですね」
「ふん、全員の奴隷紋の確認をさせろと言って来やがった。ダガマ家の家紋を確認したかったんだろうな。だが、俺はポッと出の新米貴族だ。当然家紋なんてありゃしねぇ。だが、登録上仕方ないから作った。こいつらにも、悪いけど押させてもらってる。お前達にも烙印を押さなきゃならないんだが…」
「はい、そうして下さい」
烙印を押された痛みは半端では無い。肉を焼かれた激痛が、熱を持って何日も続くのだ。しかも彼等の場合、前の烙印も消す必要がある。その方法は、単純に皮膚を剥ぎ取るというものだ。これも当然激痛が伴う。
「それ、俺がやって良いですか?」
「面白がってやる事じゃねぇぞ?」
「最小限の痛みで済ませてあげたいんです」
「そんな事ができるのか?」
「少しは軽減できると思います」
「分かった。じゃあ、食後にやってもらう」
こんな小さな子供に、そんな痛みを何度も体験させるわけにいかないよね。
全く奴隷制度なんてものがあるからいけないんだと、つくづく思うアラヤだった。




