65話 可愛い子には旅をさせろ?
酒樽を馬車に積み込み終えたところに、バルガスさんが一般評価の葡萄酒樽を担いでやってきた。
「ほらよ。約束の樽だ」
「ありがとうございます」
樽を受け取り荷台に乗せる。その様子を見ていたバルガスが、顎に手をやりニヤリと笑う。
「ソーリン、今から街を出るには遅い時間だ。今日は泊まっていくといい。夕食も用意してやる」
「よろしいんですか?」
「ああ、大歓迎だ」
「ソーリン、それなら俺だけで街に行ってもいいかな?商工会ギルドにお金を下ろしに行きたいんだ」
「それなら、ギルドには私も用があるので、一緒に馬車で行きましょう」
「アラヤ、私達は農園や酒蔵を見学しているわ」
アヤコさんとサナエさんは、葡萄酒ができる工程に興味が湧いたらしく、街中には行かないらしい。
二人で商工会ギルドへと向かっていると、未だに捜索隊の兵が街中を見回っているのが見える。諦めて帰ればいいのに。
商工会ギルドは繁華街の真ん中にあった。馬車を横にある駐輪場に停めて入り口に向かうと、隣の建物の方で歓声が上がる。
「隣は冒険者ギルドですね。見てみます?」
「いや、いいよ。用事を済ませよう」
気にはなっても、用はないからね。何かに巻き込まれるのも勘弁だ。
二人はそのまま商工会ギルドに入り、アラヤは銀行に向かい、ソーリンは受付へと向かう。
「いらっしゃいませ。本日はどういった御用件でしょうか」
「私はバルグ商会のソーリンと申します。新しい契約人員の登録をお願いします」
「それでは、商工会の会員証とグラーニュ領商業・運輸業許可証の提示をお願いします」
対応した受付嬢が写し書きをしていると、別の受付嬢が入って来た。うんざりした表情を見せて、手には束になった封書を持っている。
「預かり物受け取りに行ってきたけど、隣でまだやってるよ~」
「ちょっと、お客様来てるんだから」
「あっ、すみません…」
「いえ、お気になさらず。それよりも今の話、冒険者ギルドで何かあったんですか?」
「あ、えっと、隣の冒険者ギルドではよくある事なんですけど、討伐クエストの回収素材を賭けた殴り合いです」
「殴り合い⁈普通は、素材を換金して山分けじゃないんですか?」
「他のギルドならそうでしょうけど、コルキアの冒険者ギルドには鑑定士が不在でして、素材は山分けではなく奪い合いなんですよ」
そんな事でよくギルドが成り立つな。後々対立する可能性があるなら、まともにチームも組めないだろうに。
「それもこれも、ヴェストリ商会が街中の鑑定士を引き抜いて回ってるからなんですけどね」
「そうなんですか、それは災難ですね」
ヴェストリ商会は、鑑定士が足りないとはいえ、かなり強引に人材を集めているみたいだな。
「あら、お客様はバルグ商会の方?それなら、丁度お預かりしてる封書があるんですよ」
今しがた手に持っていた封書の束から、それを見つけ出してソーリンに手渡す。
「冒険者ギルドを使って、早馬で来た速達の封書ですよ」
送り元を見ると、ガルム=バルグと書かれている。ソーリン達の移動日数を予測して、この街に送ったのだろう。予定日数よりだいぶ早く着いたけど、入れ違いにならずに受け取れて良かった。それにしても、父がわざわざ何の封書だろう?
その場で封を切り、中に入っていた手紙を読む。
《どうだ、初めての旅は順調かな?規格外なアラヤ君がいるから、大抵の事は何とかなると思うが、あまり目立たないように自重してくれと偶には注意するように。あと、新ルートの確保中にすまないが、無事にこの封書を受け取ったら、次のルートを王都に変えてほしい。アラヤ君達と私に、ミネルバ王女からのお呼びがかかっている。私は一足先に王都にて待つので、気をつけて向かってくれ。追伸 王女への土産物として、高級葡萄水を持参してくれ》
「王女から…?とにかく、アラヤさんにも読んでもらおう」
丁度、引き出しが済んだアラヤがやって来たので、父からの手紙を渡す。
「王女…という事は、一色香織が絡んでるのか?う~ん…帰ったら二人に相談しなきゃな」
「どういう事なんです?王女と面識が?」
「いや、王女となんて面識は無いよ。面識があるのは、王女の御友人だね」
「それはそれで、凄い気がしますけど。とにかく、次の移動先は王都ですね」
「そうと決まれば、早く戻って準備を整えておくか」
二人が帰ろうとすると、受付嬢がアラヤを引き止めた。
「あの、バルグ商会の鑑定士のアラヤ様ですよね?」
「はい、そうですけど」
「大変申し上げ難いのですが、コルキアは今鑑定士不足の状態でして、アラヤ様のお力添えを頂く事はできませんでしょうか?」
「すみません、明日には出発する予定なので。鑑定士なら、街の入り口にも居たじゃないですか。彼等に頼んで下さい」
関わる気が無いアラヤは、即断る事にした。一度でも引き受ければ、次から次へと頼まれる事は目に見えている。こればかりは仕方ないよね。
「そうですか、残念です…」
落ち込む受付嬢を背に、少し罪悪感を抱えながらも農園へと帰った。
「お帰りなさい。遅かったですね。もう食事の準備は出来てますよ」
農園に着くと、アヤコさんが玄関先で待っていてくれた。三人で食事場所の広間へと向かう途中で、手紙の事を話す。
「なるほど。どういった経緯からアラヤ君の情報を得たのかは分かりませんが、彼女と会う良い機会ですね。是非、私も参加したいです」
「もちろん、二人共に連れて行くよ」
アヤコさんは、会う事自体には賛成のようだ。
広間に着き、扉を開けると既に全員が座って待っていた。
「おう、遅いぞ。空いてる席に座れ」
またしても飛び飛びに空いている席。しかも、バルガスさんとクレアの間は当然かのように空席だ。
「今度はソーリンが…」
ソーリンに座るように勧めようとしたら、ソーリンは一目散に空いてる席へと座った。
逃げやがったな。アヤコさんを見ると、コクンと頷き二人の間の席へと迷わずに座った。
いいの?と思ったけど、バルガスさんもクレアも何も言わないので大丈夫みたいだな。アラヤは残された席に座ると、隣の席の人物が初めて見る従業員だと気付いた。
「貴方がアラヤ?明日から、よろしく頼むね」
「はい?」
「その娘はクララ。私の娘だ。これからよろしく頼む」
その同じような語り方には、直ぐに親子という事は納得できた。よく見れば姿も人狼だし。ただ、内容には疑問符が残る。
「クララをお前達の旅に連れて行ってもらう」
「は?初めて聞きましたけど?」
「うむ、今言ったからな」
「いや、そうじゃ無くて、どうして連れて行く事になってるんですか?」
クレアは、連れて行く理由を聞かれたら何故か首を傾げる。
「可愛い子には旅をさせるのは、当然だと思うのだが?」
「いや、それなら一人で行かせなよ…って、それは違うかもしれないけど、何で俺達となの⁈」
「お前達となら、安心して任せられるからな」
「だからって、相談も無しに決めないでくださいよ」
「私達も反対です。彼女にもバルガス様の家族紋が刻まれているんですよね?これから先の場で、それが原因で奴隷を連れていると思われる可能性があります。私達は彼女を奴隷扱いしたくありませんし、彼女が虐げられるのを見たくありません。ですから反対します」
アヤコさんが、アラヤの気持ちを代弁するかの様にきっぱりと断りを入れる。しかし、クレアはそれを笑い飛ばした。
「アハハハ!大丈夫!その心配は無い!クララには家族紋は入れて無いし、私以上に変身できるからね!」
「変身⁈」
「クララは、私と元冒険者の人間との間にできた混血でね。私が狼と狼人に変身できるように、この子は今の人狼から狼と狼人に変身できる。亜人族が嫌われる場なら、狼になって従獣扱いで充分通せるよ」
断る理由を論破され、これは断れない流れへとなったようだ。実際に成れるよと、クララは銀狼の姿へと変身する。
「よろしく頼むね、ご主人様」
滑らかで、モフモフの体を擦り寄せてくる。あ、これダメなやつだ。
アラヤの手は、吸い込まれるように彼女の毛並みを撫でてしまう。
モフモフの誘惑に、アラヤは簡単に屈してしまったのだった。




