112話 大罪司教ベルフェル
陽が地平線へと沈み、空が闇へと変わり始めると同じくして、各所の外防壁の見張り台から警鐘が鳴り響く。
「敵は、各方位の入り口付近の内側に多数出現!主に、スケルトン、スカルハウンド、ゴーストといったアンデッドが主体のようです!」
「やはり街中に潜んでたわね。予定通り、第6~9部隊は守衛達と連携を取り門を死守しなさい。第3~5部隊は貯水池、商業ギルド、住民避難区域を。第1・2部隊はフレイ美徳教団の周辺に潜伏、動きがあるまで待機よ」
グスタフの指示を、伝令班が各部隊へと知らせに走る。当のグスタフは、オモカツタの中心にある噴水公園に陣を敷く。自らも動く事を好むグスタフには、この場所が一番状況に応じ易い。
「冒険者ギルドの面々はど~なの?」
「ギルドの討伐隊も、居住区に8部隊が展開しています」
「そう。準備は万端ね。ウフフ、後から坊やの活躍を観に行ってみようかしら?」
「ゔっ⁈」
突然、背中にゾワゾワっと悪寒が走り、アラヤは身震いをした。体温調節の技能がある筈なんだけどなぁ。
『アラヤ君、皆んなの配置が終わりました』
『分かった。こっちも担当区域の戦闘可能エリアを把握したよ。アヤコさん中継の感覚共有で皆んなに広めて?』
脳内マップに、魔導感知と熱感知を兼用すると、マップ上にも人型のマーカーが表示される。しかも、一度鑑定した者には名前も表示されている。めちゃくちゃ便利じゃないか。ただ、技能の多重使用で微弱な頭痛があるが、この程度なら問題無い。
アヤコとサナエは、担当区域の中心にある住宅の屋根にいる。アヤコが司令塔となり、大通りの東口に待機しているアラヤと、西口に待機しているカオリとクララに、念話で戦況を伝える手筈なのだ。
『にいや、コッチに複数の低温反応が近付いて来ているけど、建物を突き抜けてない?』
『それは建物内じゃなくて上空だよ!』
『あ、そういう事か』
カオリはまだ、アラヤの技能に慣れていないらしい。でも勘の良い彼女なら、直ぐにでも使いこなせるだろう。
「クララ、屋根まで跳べる?」
「カオリ様の体重を、グラビティで軽くすれば大丈夫かと」
「そうね。じゃあ、お願いしようかしら」
カオリは、早速グラビティを使いクララの背に跨がる。
クララは、勢いをつけて壁に向かって跳び、壁から壁へと蹴り上がる。
「居た。アレね」
屋根上まで来たカオリ達は、闇夜に紛れて飛来する羅刹鳥の熱反応に向かって、魔法を唱える。
「これで凍てつきなさい、氷河期」
避ける事ができない広範囲の氷結効果は、気付かずに飛び込んで来た羅刹鳥達を、一瞬で凍らせて地面に落下させた。
『魔物の氷塊は、後で討伐数として報酬の計算に使われますので、溶かさずに道脇に退かして下さい。後から体の一部分を回収します』
ゴトゴトッと、道脇に念動力で退かすけど、かさばるから邪魔になりそうだ。焼却や溶解なら簡単なのにと考えていたら、アラヤから念話が届いた。
『カオリさんと俺は、亜空間収納に入れとけば大丈夫だよ』
『ワォ!やっぱり便利な技能だね!』
うん、カオリの特殊技能の技能コピーがね。今、この街で1番の技能持ちはカオリに違いないだろう。
だって、アラヤ以外の3人の技能も今は持ってるからね。ステータスが低いのと、突然に来る(今はある程度予期できる)仮死状態という弱点はあるけれど。
『どうやら、一斉にお出ましみたいですね。私達は冒険者登録していないので、多少の減額扱いになるでしょうが、それなら皆さん、私達は数で荒稼ぎしましょう』
『じゃあ、範囲を広げちゃう?』
『そ、それはダメだよ⁉︎』
『だって、見つけても早く終わっちゃうんだもの』
両ペアとも、出会って数秒、カチンと一瞬で氷塊にしてしまうので、物足りないと感じているようだ。いつの間にか、我が家族はチートファミリーになっているようだ。
『アラヤ君、苦戦している部隊への応援ぐらいなら、許可しても大丈夫だと思います』
『だけど目立っちゃうかもよ?』
『その際には、氷河期の魔鉱石で対応しましょう。良い道具を持っているから強いという体裁でいいと思います』
それでも目立つ気がするけど…。まぁ、状況が悪くなるよりは良いか。
『分かった。余程の窮地に陥った部隊への応援は許可するよ。だけど、絶対に無理はしないでね?』
『了解です』
それからもスケルトンやスカルハウンドがやってきたが、苦戦になどならない。
辺りから激しい戦闘音が聞こえるだけに、カオリペアがそわそわしだす。
今回組まれた討伐隊のクエストは、夜明けまで担当区域を守るのが最低限の契約だ。
住民も全ての人が避難区域に避難しているわけでは無い。当然、それらの人々を守ることも含まれる。
アラヤ達の区域内には8人の住民が残っている。歳と病により動く事ができない者と看護している身内や、盗難を疑い避難を拒否した者等だ。
『どうやら、2ブロック先の討伐隊が苦戦しているわね』
暗視眼と望遠眼、超聴覚も使えば、大体の戦況が分かってしまう。カオリが、期待の眼差しでこちらを見ている事も、アラヤには見えていた。
『分かった。行って良いよ。だけど、くれぐれもやり過ぎないようにね?』
『了~解!行こう、クララ!』
待ってましたと言わんばかりに、カオリはクララの背に乗ったまま走って行った。沢山の技能を持ったことで、気が昂っているのかもね。精神耐性も効いているだろうから、無茶な事はしないだろうけど。
『アラヤ君、毛色の違う魔物がやって来ました』
アヤコが発見したのは、裏通りからのそのそと歩く人影だ。ただ、アヤコには目視で人では無いと直ぐに分かった。頭の半分が無い男や、肩から腹部まで裂けている女性等、見るからに生きている筈が無い。
「ゾンビの様だね」
隣を見ると、アラヤも屋根に登って確認していた。ゾンビを鑑定して、脳内マップの表示に反映させる。
脳内マップの範囲を街全体まで拡大すると、マーカーが小さな粒の様になる。
「街中にアンデッドが出現しているようだけど、ゾンビは北西にある墓地から来ているようだね。しかも、全てのゾンビが同じ場所に向かって進んでいる」
「フレイ美徳教団でしょうか?」
「みたいだね。担当区域内を通るなら、一応討伐しなきゃね」
ゾンビ達が向かう先に降り立ち、氷河期を唱えようとするが、見た目が人間過ぎて躊躇ってしまう。見た目が明らかに人間と違う魔物なら、簡単にトドメをさせるのに。
「氷結ではなく、火葬してあげるべきか…」
氷塊にして、遺体をこれ以上晒されるのは可哀想だと思い、魔法を変える事にした。手をかざし、魔法を唱えようとした時、アヤコの念話が聞こえた。
『アラヤ君、後ろ!』
アラヤは瞬時に横へ飛び退いた。魔導感知には何の反応も無かったが、アヤコの位置からは何か見えたのだと、アラヤは判断しての対応だった。
「おや、驚かせたかね?」
そこには、頬に傷のある黒の司祭服を着た年配の男が立って居た。気配を消すことは分かるけど、魔導感知と熱感知を擦り抜けたのはどういう事だ⁈
「…貴方は?」
「お初にお目にかかる。私はこの街のフレイア大罪教司教のベルフェルと申す者。貴方は、ポッカ村の生存者をこの街に連れて来たという商人の方かな?」
「ええ、そうですね」
司教⁈滅茶苦茶、危険人物じゃないか⁈カオリの生存や、アラヤが魔王だという事もバレたらマズイ。
「おっと、挨拶は後にして、先ずは哀れな魂を開放してあげましょうか」
そう言って、ベルフェルはゾンビ達の前に進んだ。そして懐から一冊の聖書らしき本を取り出して開く。
「現世に、未練、後悔を残し歩みを止めた、紅月神フレイアの愛しき子等よ、地上に迷い、縛られたその哀しき御霊は、再び主の導きによって解き放たれん!女神の抱擁!」
詠唱が終わると同時に、ゾンビ達の足元には光の輪が現れる。その光の輪が、ゆっくりと浮上しだす。すると、ゾンビ達の足が、輪の高さより下は消えている。
肉体や骨までも消える?これは、細胞レベルまでの分解?溶解?それとも、天界に転移しているとか?
とにかく、アンデッドを強制的に消滅することができる魔法らしい。
流石は司教といったところか。
「さて、自己紹介を…。おや、逃げられちゃいましたか。まぁ、今は良いでしょう」
アラヤは、彼が魔法を行使している最中に、隠密を用いてその場から離れたのだ。
こんな危なさそうな司教なんかと、絶対に関わりたく無いからね。




