111話 リリトの決意
オモカツタの街の地下には、海と繋がる天然洞穴があり、薄暗い地下空間となっている。地上との出入り口は、街の北西にある墓地へと繋がっていた。
しかし、地上にある墓地ではなく、身元不明の遺体や遺骨を保管している地下墓地にあった。その為に、その穴が洞穴に繋がっている事を知る者は、限られた者達だけだ。
古びた鉄の扉が、軋む音を立てながら開くと、ライトの玉を浮遊させた1人のフード姿の人物が入って来た。
「おい、リリト。…居るのか?」
ライトの玉を奥の方へと飛ばすと、一瞬だけ赤い眼の女性の顔を照らした。
「何しに来たの?日没はまだの筈よ」
「エルンストの情報が入った」
「何⁈」
バサッという羽音と共に、ライトの玉の手前にリリトは姿を現した。
綺麗な顔立ちをしているのだが、今は苛立ちに歪んでいる。
「今日、街にやって来た商人達によって分かった情報だ。関所を落とす前に討たれたらしい」
「エルンストは上位魔霊だぞ⁉︎たかが関所如きに、奴を倒せる者が居るものか!何かの間違いだろう⁉︎」
「あの関所自体には居ないさ。ただ、その情報元になっている商人達は、その関所を通りポッカ村の魔物も一掃して来たらしいぞ?」
「商人…だと?まさか、勇者を本国まで送り込んだ強欲の魔王か⁉︎」
「いや、強欲の魔王ゴウダは未だ、デピッケルに幽閉中だ。しかも、魔王の力はもう無い。他の魔王も現地を離れていない。魔王とは別の者だ」
「新手の勇者か⁈くそッ!せっかく、分別の勇者にトドメをさせるチャンスだというのに!」
「昨日の襲撃を失敗したのが痛いな」
「あ?喧嘩売ってるの?」
カチンときたリリトが、その襟元を掴み上げると、フードが外れて素顔が現れる。随分と年配の男性で、頭は薄く頬に傷痕がある。
「我々大罪教は、ちゃんと奴の居場所の情報も与えてやった。それを活かすも殺すもお前達次第だ」
彼は掴んだ手を振り払い、服装の乱れを直す。
「そもそも、街や村を襲うことまで容認した覚えはない」
「魔王様を連れて来たのはお前達だ!その魔王様の敵を討つのに、協力するのは当たり前だろう?人間の命なぞ、虫と変わらない。勇者を葬る時に、邪魔になる虫は遠くに追いやるのが悪いとでも?」
「ふん、やはり魔王でなけれは話にならんか。魔物にルールを説いても無意味だな」
刹那、彼の首元にはリリトの手刀が突き付けられていたが、その爪先は彼の喉元に僅かに届かずに止められていた。
リリトの手首を彼が掴んでいたのだ。
「嫉妬魔王は死んだ。護れなかったのはお前達の責任だ。だがコウサカも、死ぬ間際に勇者の特殊技能を奪ったのは称賛に値する。おかげで傲慢魔王の勝利に繋がったのだからな」
「ふざけるな!あの傲慢野郎は、コウサカ様を盾にしただけじゃないか!」
リリトは、その時の詳細を男に力強く訴えた。
それは僅か一週間前の出来事。
場所は、ズータニア大陸の南部を支配する魔人族の国、魔法国家ソードム。
高い魔力を持つ人類と魔道具文化により発展した国で、奴等は自分達以外の生物を見下していた。そんな場違いな国にリリトとエルンストは在住していた。
というのも、我等が主君たる嫉妬魔王様が、スニス大陸の更に北にあるデーヴォン列島、その死霊やアンデッドが溢れる冥界の国、ゴーモラ王国に現れずに、傲慢魔王の元で暮らすと聞いたからである。
200年待った新国王を迎えに行ったものの、教会から付けられた配下には我儘し放題、反対意見が出ればすぐに拗ねる姿を見て、幼子のようだと2人はガックリと肩を落とした。
「何と言われても行かないわよ、そんな死人ばかりの国には」
粘りに粘って半年間、説得を続けるも拒まれていた。しかし、リリト達には彼女の時折見せるツンデレ魅力に惹かれていて、無理矢理に連れ帰ることができないでいた。
そんなある日、
「傲慢魔王様!エリアクスの港に勇者の一行が現れました!」
「勇者?エリアクスからという事は、ゴウダの手配した人間サンプルの乗せた船か……野郎、俺を嵌める気だったか?クックック、笑わせる。勇者等、所詮は俺達と変わらない前世界の住人。魔法化学が発展したこの国の軍事力の前では、赤子同然だろう。構わん、全員殺せ」
アラガキは伝令にそう伝えると、興味を無くしたようで再びコウサカと酒を飲み出した。
数日経ち、再び伝令が室内に走り込んで来た。その姿はボロボロで、命からがら逃げて来たようだ。
「申し上げます!分別の勇者一行の勢い止まらず、この直ぐ近くまで進攻されています!」
「ああ?馬鹿かお前。何簡単に侵入されてるんだよ!魔導ゴーレム兵はどうした?」
「勇者の特殊技能により、無効化されています!」
「ちょっとシン君、大丈夫なの?」
「うるせぇな、ちょっと黙ってろ。おい、勇者が特殊技能を使う場面を録画できてないのか?」
「はい、記録されてます!こちらです!」
伝令は小さな水晶玉を取り出し、アラガキの前に置いた。水晶玉から、ディスプレイ画面が浮かび上がり、そこに勇者が技能を使うシーンが映っていた。
「分別…ね。なるほどな、概ね理解した」
アラガキは不敵な笑顔を見せて、コウサカをグイッと引き寄せた。そのまま唇を奪うと、優しい表情でコウサカの頭を撫でる。
「安心しろ、奴は俺が片付ける」
「うん、信じてる」
「「……」」
その光景を遠巻きにして見ていたリリト達は、自分達を頼ってくれない事に苛立ちを募らせていた。
やがて、近くで戦闘音が聞こえ出した。直ぐ側まで来たようだ。
バン‼︎
扉が勢いよく開かれ、勇者とその取り巻きの2人の魔術士と弓使いの女性が入って来た。
「これはこれは、人様の家に招いてもいないのに、土足で勝手に乗り込んで踏み荒らすとは、強盗みたいな勇者だな」
「おや、ここは土禁だったのか。それは済まない事をしたな。だが、お前達がしている事に比べたら、これは罪には値しない」
分別の勇者は赤マントをなびかせて、大剣の剣先をアラガキに向けた。すると、今まで壁際で息を潜めていたアラガキの護衛達が前に出て来る。
配下である彼等は、皆戦闘に長けた者達だ。
「我が名は、ウィリアム=ジャッジ!人を人と思わぬお前の性根、我が剣にて分別してくれる!」
「ふん、殺れ」
アラガキの一言で、配下達と勇者達の戦いが始まった。リリト達もコウサカの元に近付いて、いつでも護れる様に待機する。
勇者達の背後から、コウサカの配下達も攻撃を仕掛けたので、戦闘は入り乱れて数で押す配下達に、弓使いと魔術士は攻撃の間を作れない。しかし、戦況は一瞬で変わるものだ。分別の勇者の斬り払った横一文字の斬撃で、2人の配下が地に膝を付けた。
しかし2人は死んでおらず、痛みと目眩に襲われただけだ。
だが間髪入れずに2撃目が振り下ろされた。
「特殊技能【分断別離】‼︎これでお前達の体と悪しき心は分けられた!」
2人の配下は、キョトンとして呆けている。先程の水晶玉で見た通りの現象だ。
「やはりか。魔導ゴーレムの時には、ゴーレムと魔力を切り離し、対人には体と感情を切り離す。テメェの特殊技能は相手を無力化する技能だな!」
「ご明察だな、傲慢魔王。貴様の性根も直ぐに切り離してやろう!」
剣を構え、アラガキへと特殊技能で斬りかかる。
「フハハ!マジで笑わせるな!お前だけが特殊技能を持っていると思っているのか?」
ドシュッ!
突如、横腹に激痛が走る。横腹を見ると、そこには見た事のある短剣が刺さっている。ゆっくりと振り返ると、仲間である弓使いが短剣をゆっくりと引き抜いた。
「くっ!何故?」
どう見ても、彼女は正気ではなかった。視線は泳ぎ、弓を持つ手が震えている。
ウィリアムは彼女を特殊技能で斬り、彼女に掛かる効果を切り離した。
「フハハ!無駄だ!何度でも味わうがいい!」
アラガキの言う通り、再び弓使いの様子が変わる。しかも、配下達もこの機を逃す筈もなく、一斉にウィリアムを狙って襲い掛かる。
「無駄はお前だ、傲慢魔王」
全ての攻撃を避けきれなかったものの、ウィリアムは周りにいた全ての配下を斬り払った。
「ちっ!役立たず共が!」
これは少々マズイなと判断したリリト達は、自分達も出る事にした。狙いは勇者ではなく弓使いと魔術士だ。
同時に狙って魔力弾を放つと、勇者は身を挺して仲間を庇った。
「グハッ…!」
鎧が剥がれて血に染まる。守られた彼女達は悲痛な叫びを上げた。
「ああっ!ウィル‼︎そんなっ!私達を庇うなんて!」
トドメをさそうと再び手をかざした時、背後にいたコウサカの呟きが聞こえた。
「ああ、羨ましいわ…貴方がそこまで必要とされ愛されているのは、きっとその技能のおかげなのね?」
禍々しい気配を体から発して、主君たる嫉妬魔王様は勇者の元に歩み寄ると、落ちていた短剣を拾った。
「その技能、私に頂戴!」
彼女はその短剣を、勇者の一度刺された傷の側に刺した。
魔術士が、直ぐにコウサカを押し退ける。押された彼女は直ぐ後ろで尻餅をついた。
「くっ、ここは一度、撤退します!」
魔術士が脱出しようと転移魔法の詠唱を始めると、アラガキがさせるかよと剣で斬りかかる。
「邪魔しないで‼︎」
正気に戻った弓使いが、咄嗟に矢をアラガキに向けて放った。近距離で躱せない筈と思った瞬間、弓使いは言葉を失った。
「…あ、え?シン君、何で…?」
アラガキは、横で座っていたコウサカを引っ張って、弓矢の盾にしていたのだ。
アラガキはそのまま剣を振り下ろす。
「グッ‼︎」
咄嗟に庇った弓使いごと、勇者を斬りつけた。弓使いは血飛沫を上げて、その場に崩れ落ちる。
「て、テレポート‼︎」
その直ぐ後に姿を消した勇者と魔術士。勇者はかなりの重傷だ。放って置いても死ぬかもしれない。今はそれよりも、コウサカだ。
「コウサカ様‼︎」
リリト達は彼女の元へ急ぐ。矢は右胸に深く刺さり、大量の血が溢れている。皮肉な事に、リリト達は回復の魔法が使えない。
「傲慢魔王、貴様何をしたか分かってるのか⁉︎」
「今はそれよりも治癒魔法をお願い‼︎」
「ふん、俺は光属性魔法は使えん!そこに倒れている配下共を起こして、使わせろよ!」
アラガキはそう吐き捨てると、直ぐにその場から離れようとする。
「シン君…私は、あの弓使いの女性みたいに…貴方を守れた…かな?」
足を止めたアラガキは、少しだけ振り返ると鼻で笑う。
「勘違いするな。俺はお前を使って、自分で身を守っただけだ」
「「貴様‼︎」」
「うるせぇ‼︎」
アラガキの威圧で動けなくなるリリト達。これが、この男の特殊技能か⁉︎
「……ああ、羨ましいなぁ…」
コウサカの視界はもう見えなくなっていた。体温も下がり、意識が遠のいていく。最後に自分の手に誰かが触れて、何かを呟いた。
「じゃあな…」
我等が主、アカネ=コウサカはこうして亡くなった。リリト達は、勇者と傲慢魔王を決して許さない。今は逃げ続けた奴を追い詰めたチャンスなのだ。
陽はとうとう沈んだ。さぁ、今夜こそ、奴等に復讐する時なのだ。
リリトは、暗い墓地で誓いの雄叫びを上げるのだった。




