113話 ベヒモス
街の中央にある噴水公園。
グスタフは、軍議用に立てられた天幕で退屈そうに卓上の地図を眺めていた。
「ん~、変化が無いわね~。本気で攻める気があるのかしら?」
墓地から現れた大量のゾンビ達は、大罪教団が対応してくれたし、外部壁の方も大した被害もなく済みそうだ。
住宅区域も、冒険者ギルドの討伐隊が頑張っているらしい。その中でも、一つの部隊のはぐれ者が、担当区域外の部隊まで魔物を討伐して周ってたとの報告があった。シルバーファングに乗っていたらしいが、思い当たるのはあの坊やの部隊しかいない。
「いっそのこと、住宅区域全部任せるべきだったかしら?」
手紙の内容には、彼等全員が魔法を使えると書いてあったし、商業ギルドや冒険者ギルドには勿体無い戦力よね。何より、将来的に私好みの青年になりそうだわ。
「本命もまだ出て来ないようだし、少しだけ抜けても大丈夫そうね?」
「え?グスタフ兵長⁈」
「じゃあ、ちょっと行ってくるから、後を任せたわよ?」
戸惑う部下達に投げキッスを飛ばし、その場から颯爽と姿を消した。そんなぁ!と部隊長が嘆くが、衛兵達はまたかと諦めモードだ。それもそのはず、兵長の単独行動はここの駐屯地ではよくある光景であったからだ。
「ふんふ~ん♪坊やはちゃんと担当区域にいるのかしらん?」
常人とは違う速さで駆け抜けるグスタフは、2ブロック先の交差点の異常に気付き急ブレーキをかけた。
「何?この嫌な感じ…」
グラグラと微弱ではあるが、横揺れを感じる。10秒程揺れが続いた後、グスタフは横の二階建ての屋根に跳んだ。
ズ、ズン‼︎‼︎‼︎‼︎
目前の建物が、視界から下降して消えていく。いや、建物だけでは無く、その区域全体が、丸ごと落下しだしたのだ。
「な、大規模陥没⁉︎」
屋根の上から、埃が舞い上がり全く様子が見えなくなった下を見渡す。この区域は、件の美徳教団があった区域だ。待機させていた部下の第1・2部隊もこの区域にいたはず。
「くっ!まさか、奴等はコレを狙っていたの⁉︎」
グスタフは、複数のライトを飛ばして陥没した区域内を照らした。
埃が落ち、視界が良くなってくると、現れた初見の天然洞穴に、割れた地盤や建物が散乱しているのが見える。我が2部隊と教団の人間達、避難しなかった者達も、これでは逃げ切れてないだろう。これは甚大な被害だ。
グォォォォッ‼︎
突如響き渡る謎の叫び声。声は真下から聞こえた。角度を変えて覗き込んでみると、地盤を破壊した元凶らしき魔物が見えた。
「まさか、ベヒモス⁉︎」
それは、レヴィアタンと対にして現れると言われる、象の頭をした巨大な悪魔だ。その巨体の悪魔は、ドシンドシンとゆっくりと歩きながら、次なる地盤の柱を目指している。
「マズいわ!どうにかして止めないと!」
その時、ベヒモスの肩の部分に人影が見えた。首謀者と思われる女の悪魔だ。
「奴を召喚したのは、おそらく彼奴ね。あの女を止めれば、奴も消えるかしら?」
「なるほど、そうですか」
ビクッとグスタフは肩が跳ね上がる。隣に、いつの間にか坊や達が立って居たのだ。
「どうやら教団の人達は助かったみたいですね。空間転移できる魔術士でも居たのかも」
崩れた先の区域に、勇者を含めた司教や司祭達の姿が望遠眼で見える。勇者はまだ肩を担がれていて、本調子では無さそうだ。
「そうなの?この区域には、私の部隊も居たのだけれど…」
「魔導感知と熱感知には、数名の反応が有りますね。まだ生きている者も居るようです」
「本当⁉︎直ぐに助けに行かなきゃ!」
「その前に、あの象をなんかとしないといけませんよ?」
ベヒモスは、ゆっくりではあるが、柱へと着実に近付いている。確かに一刻も早く止めなければならない。
「だけどアラヤ、この高さは飛び降りれ無いわ。清水の舞台どころじゃないし」
下を覗き込んだサナエは、軽く身震いをした。下まで、優に100メートルは有ろうかと思われる。アラヤは少し考えた後、全員に提案した。
「時間も無いし、このまま上に居るよりは下に降りた方が安全かもね。皆んなとりあえず降りようか?」
「は?ちょっと坊や、何を…」
「「「分かったわ」」」
彼が決めたら、迷わず従う意思を見せる女の子達に、グスタフは言葉を失った。
「具体的にはどうやって降りるの?」
「こいつ等を使う」
アラヤはそう言って、亜空間から6個の氷塊を取り出した。羅刹鳥の氷塊である。
「こいつ等はまだ死んで無い。氷を溶かしてこいつ等に下に運んでもらう」
「ちょっ、えっ⁉︎」
「なるほど、調教してあるんですね?」
「そういう事だよ。さぁ、早く溶かそう」
「「「はい」」」
グスタフ1人だけが、状況を理解できていなかった。というより、理解できる訳無いでしょう?ベヒモスなんて、完全に天災級の案件なのに、何で冷静でいられるの?
そうこう混乱している最中に、アラヤ達は準備を終えてしまった。
「兵長も降りるんですか?」
「は、え?あ、もちろんよ!」
「それなら、グラビティを掛けます。はい、そしてこの羅刹鳥の脚に掴まって下さい。生存者の反応がある場所まで送らせます」
戸惑いながらも、言われた通りに羅刹鳥の脚を掴む。
「嘘ぉっ⁉︎きゃーーっ‼︎」
グスタフは、思ったよりも速い速度で降下、滑空して行った。というか、女口調やめてほしい。
「さぁ、今の見本通りに、俺達も降りようか」
「あの象さんは放っておくんですか?」
「あっちは勇者チームが向かう様だよ?だから、先ずは生存者を助けて静観しようか。カオリさんも変装してるとはいえ、教団が見てる前には行かない方が良いと思うし」
「今更な気もしますけど」
アヤコがボソッと呟いたけど、大罪司教の事を言ってるんだろうなぁ。アレは確かに不味かったけど。
「とにかく降りよう」
アラヤ達は、気分はハングライダーをするように、勢いよく下へと飛び立った。
「今、誰か下に向かわなかったか?」
「ええ、6~7人程対崖から下に降りたようですね。手段までは分かりませんでしたけれど」
分別の勇者ウィリアム=ジャッジは、今にも崩れそうな地盤の先に進み、下を覗き込んだ。今まで居た場所が、無残な残骸となり目下に広がっている。
その残骸を踏み潰しながら、歩いて来るその巨体の悪魔の姿は、大雑把に言うと象頭人間で、知識ではガネーシャというインドの神に似ているが、ベヒモスはその神聖な神とは全く異なる化け物だ。何よりも、この40m近い高さの化け物をどうやって連れて来たのだろう。
後方にいる美徳教団の方々が、危ないと引き止めるのを振り払って、ウィリアムに近付く恰幅の良い老人がいた。
「ウィリアムよ、今のお前には奴に勝つ術は無い。奪われた特殊技能があったとて、あの質量には意味を為さないだろう」
「セパラシオン司教様。されど、私にはアレを放置する事ができません。ほんの少しであっても、住民の避難する時間を稼ぎたく思います」
「その心構えたるや、正に勇者に相応しい。ならば、其方の思いを邪魔はすまい。しかし、勇敢と無謀は違う。狙うのは奴を召喚せし者だ。その者を討てば、ベヒモスの動きも止まるやもしれん」
ウィリアムは、司教に感謝の礼を見せた後、パートナーの魔術士に合図を送る。
彼女は少し躊躇っていたが、彼の変わらぬ決意の眼差しに、仕方ないと杖を取り出した。
「テレポート」
幾重なる光の輪に包まれた2人は、その場から姿を消した。行き先は真下の洞穴、ベヒモスの進行先だ。
「やはり生きていたか、分別の勇者!我が母国ゴーモラと嫉妬魔王様の忠実なる2柱の守護神、その1柱であるベヒモスに敵うわけないだろう!そのまま、踏み潰してくれる!」
ベヒモスの右肩に、見覚えのある女の魔物が見える。どうやら、主人の敵討ちに来たらしい。この事態を招いたのは、自分が原因かとウィリアムは理解した。
「我は分別の勇者、ウィリアム=ジャッジ!これまで命を奪わずに正義と悪を分別してきたが、その考えを改めることにした!悪を更生させる分別はもうしない!悪は、貴様は、この世界に不必要と区別する!」
愛剣を抜剣して、剣先をリリトへと向ける。特殊技能だけが、分別王としての技能では無い。
赤いマントを靡かせて、勇者はベヒモスへと駆け出した。




