59.世界とボランティアのはざま
部員達は十二月の第四週、ほぼハンドベルと共に過ごすことになっていた。
「God of grace」
「赤鼻のトナカイ」
「清しこの夜」
「Breath On Me,Breath of God」
「Jingle Bells」
「Caprice」
これらの定番曲に加え、末続の編曲した「First Love」が加わり、聖夜の教会へ行く準備は万端だ。
「クリスマスの教会に、純粋に祈りに来る人はごくわずかね!全員ツガイだと思ってくれて構わないわ。皆、心折れたら駄目よ!」
末続の冗談を、学は笑い飛ばせないでいた。
「今になって気付くけど、この部活って基本ドサ回りなんだよな」
西田が不満気に漏らしたのを、末続は聞き逃さなかった。
「そうよ。ハンドベルは自己実現のためのものじゃなく、皆と共有するためにあるのよ」
学は四月に部室を訪れた際、レイラが言っていたことを思い出していた。
ーーボランティアにしか出来ないベルも、私はあると思う。
西田は今更になって華々しい部活動に憧れているらしかった。
「確か、荒井は世界大会に行ったって言ってたよな?」
荒井は軽く頷く。
「それ、どうやったら行けるの?」
荒井はええと、と何やら言いにくそうに
「任意だよ。行ける人だけで行くの」
と答える。西田は引っかかる所があるらしく、更に尋ねた。
「どこでやったの」
「私が行った時は、オーストラリアだったよ」
西田の時が止まった。
「オーストラリア?」
想像の範疇に収まらない回答であったらしい。荒井は更に続けた。
「その前はカナダ」
高校入学組はぽかんと口を開けている。荒井は彼らを見渡して、
「旅費を払えるご家庭じゃないと、なかなか参加出来ないのよね」
と何事もないように笑うのであった。学は意外に思った。中学音楽部が誇りにしているらしいハンドベル選抜の実態は、家庭の金銭的余裕に左右されるものだったのだ。
レイラは一年生の呆けた姿に笑いを噛み殺しながら、苦笑いで言う。
「音楽活動を、技量を見せ付ける場であると取るか、見てもらう場であると取るかの問題ね。私は後者だと思ってやってるわ。西田君は前者派?」
西田は苦々しい顔でうーん、と唸る。
「そう言われちゃうと……」
レイラは楽譜に色をつけながら、ぽつりと言った。
「見てもらえない演奏ほど寂しいものはないわ。聴衆を得ることがどれだけ貴重か、肝に銘じなさい」
西田はむくれた。
学はレイラの背中を眺めた。あれから一度も彼女とは会話していない。学の方が、彼女から逃げていた。この状態でカップルだらけの教会へ向かわなければならないのだと思うと、今から憂鬱な気分になる。
学が楽譜に目を落としていると、ふと人影が視線を塞いだ。振り仰ぐと、レイラが微笑んでいた。
「市原君、お願いがあるんだけど」
学は突然の依頼に身構える。
レイラがおずおずと差し出した両手の間には、トナカイの着ぐるみの頭部が挟まれていた。




