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第2章.部員集結

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24.幻の部員、明日菜

 聴衆は客席に明かりが戻ったのを合図に帰り支度を始めた。レイラはアンコール中に支度を終えていたのかさっと立ち上がると、


「じゃあみんな、さよなら」


と席を外そうとする。その通り道を、西田が通せんぼした。


「もう帰るんですか?」


 レイラは黙って西田を見上げながら


「ええ」


と押しのけようとする。西田がむっとしながらも壁際に寄ると


「あの」


 学が立ち上がって声をかけた。


「一緒に行きませんか」


 レイラはその声で止まり、振り返った。


「どこへ」

「末続コーチのところへ、です」


 レイラはしばらく学の目を見ていたが、


「……ああ、そうね」


とだけ言い、さあ早く歩けとばかりに学との距離を詰めて来た。押し出されるように学は出口へと歩き始める。


 外へ出ると、受付の辺りで先程のクワイヤ達が聴衆を出迎えていた。末続もその中にいて、友人らしき女性を見つけ何やら話し込んでいる。四人はその順番を待って末続に声をかけた。末続はもうひとりの男子、岬を見つけると顔を輝かせた。


「どう?人数が多いとあそこまで出来るのよ」


 遠回しの勧誘に、岬は決まり悪そうに笑う。レイラは頬を膨らませ、別方向にそっぽを向いた。


「……これからどうします?」


 岬が学らに問うと、末続が割って入って


「ねえ、良かったらどこかでおやつ食べない?先生、おごっちゃうよ」


と、まさかの囲い込み作戦に出た。


「演奏の感想も聞きたいしぃ、皆で仲良く……」


 言い終わらない内に、するりとレイラが輪を抜ける。末続と男子らは唖然とそれを目で追った。レイラの様子がどこかおかしい。レイラの視線の先には、おかっぱ頭の少女が立っていた。が、警戒するように後ずさり、すぐに踵を返して走り去ってしまう。獲物を見付けた獣のように、レイラは彼女を追って走り出した。


明日菜あすな!」


 レイラは聞き覚えのある名を叫んで人混みに消えて行く。男子らが顔を見合わせていると、学の背に末続の手が回った。


「市原君、ちょっとあの子を追いかけて、お願い」


 ためらう間も与えられず、とりあえず学はレイラの後を追って走り出した。


「先輩、待って……」


 学の足は意外に速く、あっという間に人波をかき分けて消えてしまった。岬は


「明日菜さん?って、誰ですか」


と末続に問う。末続は


「部員よ」


と早口で言った。え?と二人声が出る。


「登校拒否中なの。チケットを送ったけど、来てくれたみたいね」


 聞きたいような、聞きたくないような重い話だ。慣れない三人は無言が続いたが、それを打ち消すようにパンと末続が手を打った。


「先におやつでも食べに行きましょう。きっと、市原君が何とかしてくれるわ」



 休日、人の多いテナントビルの吹き抜けで、壁にもたれたおかっぱ頭の少女はレイラと対峙していた。学が追い付いたのも気にせず、レイラは目頭を拭っている。彼女が泣いている姿を、学は初めて見た。


「明日菜……心配してたんだから」


 責めるようにレイラが言う。明日菜はじっと口を結んでいたが、


「私、知ってるの」


 彼女はきっとレイラを睨んだ。


「レイラが、後東先生とまだ連絡取ってるって」


 レイラの顔が凍り付く。学は何のことやらさっぱり分からず、会話の聞こえる範囲で遠巻きに見ている。


「嘘よ、そんなの。明日菜は私より、吉永よしながさん達を信じるの?」


 レイラが間髪入れずに主張した。明日菜は探るように彼女を見、ふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「だってレイラは今まで私にどれだけの嘘をついてたの?よく信じろなんて言えるよね」


 レイラは低く唸って黙ってしまう。その隙にするりと明日菜は壁から背を離し、


「もう話すことなんかない。さよなら」


と走り出してしまった。今度こそ、レイラは追いかけようとしなかった。レイラはもと来た道をうつむき加減に歩き出したところで、立ち尽くす学を見付けた。


「ちょっと……何であなたここに」


 レイラの目に、もう学を睨む気力はない。赤い目を心許なく瞬かせている。


「あの人、誰ですか」


 ためらいもなく聞いて来る学に彼女はため息をつき、


「あなたに話すことなんか……」


と声を詰まらせてしまった。


「あの、これから皆で集まらないかって、コーチが」


 レイラはしょうがない、と言いたげに目を伏せて歩き出した。テナントの中にある軽食コーナーにて待っている、と末続から学にラインが入っていた。


「明日菜さんて、藤咲さんと同学年ですか」


 話しかけて来る学を、もうレイラは無視することはない。


「そう。松島明日菜まつしまあすな、二年生部員よ」

「部員?でも」

「あの子、登校拒否中なの」


 学は息を呑み、レイラもそれきり話すことはなかった。会話はないまま、二人はエスカレータを下りコーチの指定した店へと急ぐ。

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