25.門を叩く者には開かれる
「あなたもハンドベルに興味あるの?」
岬はほとんど見知らぬ女性からこんなことを問われて困っている。誘われたから来たに過ぎない。
「コーチ!岬と言いますどうぞよろしく」
西田が代わりに茶化して挨拶する。
「市原君、遅いわね……」
末続はいよいよ心配になってごめん、と立ち上がり、出入り口まで二人を見に向かった。
「何だか市もコーチも大変だな」
残された西田が岬に囁く。
「部長さん、随分気難しいけど、何かあったんでしょうか」
「あの調子じゃそりゃ、後輩は入らないわな……」
先に、三人分の紅茶が運ばれて来てしまった。お先に、と末続の空席に声をかけて西田は飲み始める。
「西田君は、なぜそう思いながらもこの部活にいるんですか?」
岬が不安げに尋ねる。
「え?俺まだ部員じゃないよ。試しに参加してみたって言うか」
「それもう入部扱いでしょう?そんな気分だと、後々面倒じゃないですか」
「そうなの?まあいいや」
「まあいいやって……今日の演奏見ましたか。あんなの楽譜も読めない僕には出来ないし、面倒こうむらない内に早く帰りたいです」
「市は難しくないって言ってたけど。俺もやってみて、案外やれると思ったよ」
「難しいでしょ。見れば分かります」
岬はいつもの笑顔もなくむくれている。西田は彼がこんな反応をするとは思ってもいなかったので、とりあえず無言で末続らを待った。
思ったより早く三人は帰って来た。末続は近くの店員に声をかけ、紅茶を追加で二つ注文した。
「お待たせ……」
おずおずと学は言い、レイラは疲れ切った表情で席に腰を下ろした。
「ところで、明日菜には会えた?」
末続の問いに、レイラは力なく頷いた。
「でもまともに話してくれなかったわ」
「……そう」
「明日菜は、コーチが誘ったのね?」
「そうよ」
男子三人はことの成り行きを静かに見守っている。完全に蚊帳の外状態だが、
「私、部員も、そうじゃない男子達にも、言っておきたいことがあるの」
末続は大演説の如く、ぐるりと生徒らを見回して語り始めた。
「私はあの学院の正教員ではありません。卒業生のよしみで採用された、時給で働く雇われコーチなの。でもだからこそ、学校に通うあなた達、そして通えなくなった明日菜に出来ることがあると思ってるわ。ハンドベルを通じて、伝わることや伝えることがきっとある。私はそう思ってるの」
学はふと、車椅子のヒロのことを思い出し、そうかもなあと思う。対してレイラは不貞腐れたようにそうかしらと呟いた。
「ええー?私、今日は皆に届けー!って念じながらベル振ってたのよ。気付かなかった?」
末続はそう言ってレイラを少し笑わせる。学には気になることがあった。
「明日菜さん、もう学校に戻って来ないんですかね」
末続は
「はっきりとは分からないけど……」
と前置きして、
「言葉をかけ続けた方がいいのは確かよ」
と声を落とした。
「でも逃げられてしまいました」
「それでも、よ。門を叩く者には開かれるって言うでしょ」
男子は全員首をひねったが、レイラだけはああ、と反応した。末続はびっと学を指差すと、こう言い切った。
「それを一番よく知ってるのが、市原君よ!」
レイラを含め、皆その指先につられるように学を眺めた。
「……言われてみれば、そうね」
レイラの緑の瞳にいつもは消えている光が灯った気がして、学は目を離せなくなった。彼女は今初めて、意思を持って学を見ている。学はようやくひとりの人間として認めてもらったような気がした。
「随分熱いコーチだったんだな」
日が落ちて来ている。男子らは女性陣と別れ、共に駅の入り口前にいる。岬はスマートフォンをいじりながら、
「お二人はこの横浜方面行きに乗るんでしたよね」
などと思い出したように話し出した。
「何だ?岬、今日どっか寄るの?」
「桜木町まで歩いてから、JRでちょっと教会学校の方へ行きます。ここでお別れですね。それじゃ」
言うなり手を振って駆け出して行ってしまう。
「そういや、K大の推薦に教会学校に通った実績が必要だとか言ってたな」
「へー。そんな推薦、あるんだ」
「はあ?市、マジで知らねーの?信心深い者ってのが推薦条件の大学、結構あるんだぜ?」
「へーえ」
「へーえてお前……余裕過ぎない?」
学と西田は地下に降りて電車に乗り、互いに窓の外へ遠い視線を向けた。
「岬の奴、目標に向けて一直線だな」
「そ、そうだね」
「俺なんて」
「まあまあ、受験のことなんか、まだ先……」
「ちげーよ。そういうんじゃなくて」
西田がどこか寂しそうに見える。
「やっぱ、入ろうかな、ハンドベル部」
落ち込んだ様子でそんなことを言うので、学は心配になって彼の顔を覗き込んだ。
「あんまり見んなよ」
西田は顔をそらし、
「積極的な理由なんて、これと言ってないんだ。でもさ、コーチやお前は一生懸命でさ、最近ああなりたいって思うんだ」
うんうんと声に出して学は頷いた。自分も最初は同じような気持ちで入ったようなものだから、その言い分はとても良く分かる。消極も積極も紙一重だ。行動に起こすことだけが、本当に必要なのかも知れない。
今日は数調整のため、一気に3作品投稿してみました。ブクマにpt下さった方、ありがとうございます!




