23.プロのハンドベルコンサートへ
学はチケットをじっと見つめ、それから顔を上げて周囲を見渡した。
ゴールデンウィークのみなとみらいは、どこも人で溢れ返っている。男子三人は駅で待ち合わせていた。改札から人が溢れて来る。その人の波の中を、レイラと西田と岬とがいっぺんに歩いて来て、ほぼ同じタイミングでこちらにやって来た。改札を出た三人は途中で互いに気付き、学の前で立ち止まった。
レイラは岬をじっと見つめ、
「……彼は?」
と明らかに怒った口調で学に尋ねる。学が口ごもっていると、
「俺が誘ったんです。岬って言います」
西田が助け舟を出した。初めまして、と言った岬に一応頭を下げた彼女だったが、すぐに歩き出してしまった。三人は叱られた子供のように目配せし合い、そろそろとレイラの後ろに付いて歩いて行く。
ホールに入り席を探す。全席自由席だったため前列のほとんどが人で埋まっており、四人で座るには後方の座席しか空いていなかった。学はレイラの隣に座る。肘掛けは譲った。
ギリギリで入ったためすぐに開演となった。学はスポットライトを浴びて歩いて来たクワイヤの中に、末続を見つけた。部活では並べたことのない数のベルが、ここでは全てずらりと並んでいる。男性のメンバーはいないようだったが、後に出て来た指揮者だけが男性だった。彼らは全員、上に白、下は黒の衣装で統一している。
まるで元気な挨拶のように、ディズニーの「エレクトリカル・パレード」が始まった。
ベルの金色が、流れるように空中で次々と輝いて鳴り響く。おもちゃ箱をひっくり返したような騒々しさ、派手さに、学は身を乗り出した。奏者は二十人。大人数でやると、こんなに豪華なのか。
(二人でやってきたベルって、一体……)
これが、この華やかさが、ハンドベル!
レイラは隣で微笑んでいる。男性陣は今まで見て来たものとの明らかな差に戸惑い、固まっている。力強さや引き込む力はオーケストラに近い。一音一音は大きくないが、重ねた時の重厚感と可憐さはそれと比べられない良さがあった。
(二、三人じゃこの音は出ない)
学は、コーチが部員の勧誘に一生懸命だったことを思い出していた。それは全て、この演奏を知っているからに他ならなかったのだ。
二曲目。「戦場のメリークリスマス」はうって変ってしっとりして、いかにもベルらしい趣だった。音の伸びがきらめくように重なり合い、子守唄のよう。
三曲目「オペラ座の怪人」では、一気に曲調が暗転する。マットにベルを直接バンバンと叩きつける変わった演奏方法が、聴衆の目を引いた。演者は可憐さだけではなく、けれん味も出せることを証明して見せたのである。
四曲目の「主よ、人の望みの喜びよ」は学がベルに出会うきっかけになった曲だが、やはり大人数での演奏が様になる曲であることは明らかだった。後半にかけてどんどん音符の刻みが細かくなり、ピアノをひとりで弾いているぐらいの正確さで全員の音が繋がる様は、もう学如きでは真似出来ない神業に思える。
五、六、七曲は続けてサウンド・オブ・ミュージックでお馴染の曲、「My Favorite Things」「ドレミの歌」「エーデルワイス」が息継ぎ無しに演奏された。
ラストの八曲目は衝撃の「Farandole」
低音のベルはマットに寝かされ、中のプラックを指で弾いて一定のリズムを刻み続ける。高音のベルはせわしなく空中で踊る。打楽器のように鳴らされる低音のベルが、最後はようやくマットから起こされ奏者の手で高々と鳴らされ、ラストにかけて大きな音で存在感を増して行く。
最後は「演じ切った!」と言わんばかりに演者全員が音を瞬殺。ぱっと演奏が華麗に止まると、聴衆が弾けんばかりに拍手した。レイラも夢中で拍手している。その顔は今までに見たこともないぐらい晴れやかに輝いていた。学はというと、口を開けたまま固まっているだけだった。
(自分の演奏は、人をこんなに喜ばせられたかな)
学はホールでの聴衆の生徒らを思い出していた。彼女のような顔で聴いていた生徒は記憶に見当たらなかった。学と同じく拍手を忘れて椅子の背にもたれていた西田は、奏者らが袖に帰る辺りでようやく「スゲー」と呟いた。
拍手は鳴りやまず、アンコール曲に突入した。しっとりと卒業式の定番「CANON IN D」が始まる。拍手の喧噪が嘘のように鳴りやみ、静かに演奏が始まる。
低音で始まった落ち着いた出だしに、徐々に音が加わる。音の感覚が詰まって行き、曲が華やいでいく。後半はメロディが続いたが再び音が少なくなり、輪唱のように続いた曲は丁寧に閉められた。その輪唱に加わるように、客席からわあっと拍手が湧いた。
クワイヤは何度も何度も頭を下げて、名残惜しそうに舞台から去った。今度こそ、学は前のめりになって拍手をした。
ハンドベルのFarandoleはとにかく凄いので、皆様是非YouTubeなどで見てみて下さいね!




