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第2章.部員集結

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22.レイラと学、初めての舞台

 いつもの朝の礼拝。壇上にハンドベルが並べられているのを、生徒らは黙って見つめている。


 壇上にレイラと学が出て来た時、生徒らからざわめきが起こった。石室が「讃美歌338番」と言い、生徒達は歌うために立ち上がる。ベルの簡単な前奏の後、その音色に合わせて皆が歌った。


 学は間違えてはいけないだとか緊張がどうのなどと考えることなく、ただベルの運びに集中した。金色のベルが目の前で踊り、客席は良く見えなかった。指揮者はいない。体の中に刻み込んだリズムだけを頼りに、彼は練習通り、持ち替えを繰り返して一心不乱に振り切った。


 讃美歌は二番まで歌われて終了した。


 学とレイラの息は思いのほか良く合った。ノーミスで演奏を終える。


 壇上から去るまでは悠々とした気持ちだったが、袖に下がると急に心臓が爆発し、学はふうと息を付いた。


 袖では山下が、音の鳴らない程度に小さく拍手していた。


「上手だったよ」


 褒められて、学はようやく顔を上げた。にこりと笑ってレイラを見る。


 彼女はやはり表情がなかった。残念、とは思ったものの、学の心は達成感でいっぱいになった。


 生徒二人はいったん袖から外へ出て、ホールの背後から一番後ろの席に回って座る手はずになっていた。二人は誰もいないホールの脇を通る。


 学が話しかけられずにいると、


「よく頑張ったわね」


と、レイラの方から声がかかった。


 え?と学は尋ねたが、彼女はこちらを見ようとしない。いつもより彼女の頬は紅潮しているようだった。何だか嬉しくなって、学は


「ありがとうございます」


と微笑む。するとレイラはなぜか口をきゅっと結び、ずんずんと先に歩いて行ってしまった。


 二人、部活の間に会話らしい会話をした回数はごくわずかだ。ほとんど山下か末続を介して、台詞の投げ合いみたいな遠回しの会話しかして来なかった。


 それが今日、ようやく感情のこもった言葉を交わせた。それだけでも大きな進歩があったように思える。


 レイラと並んで、学は最後列に座る。何人かの生徒が、二人を気にして背後を振り返っていた。


 後奏が流れて真っ先にホールから出たところ、背後から西田が走って来て


「おい!すげーじゃん!」


と肩を荒く叩かれた。


「二週間であそこまで出来るんだなー」


 レイラが話す二人を追い越して歩いて行く。


「……あの人と上手くやれてんのか?」


 学は少し考え、


「まあまあ」


 先日の陰ある表情から一転、学はにこりと笑ってそう答える。西田はその顔を見て少しほっとしたようだった。が、


「苦労したんだろうな。そんなにベルが好きなんだな」


 そこまで言われると何とも言い難かった。


 けれど、と学は思う。


 あの楽器に何度も気持ちを救われているのは確かだった。逃げて来た学を迎え入れてくれた。演奏を通して接点のなかった誰かと繋がれた。入学前には予想もしていなかったことが、あの楽器を通してどんどん起こっている。


 好きだ、という確信は西田が言うほどない。好きになりたい、という動機なら、ある。あの楽器を好きになれたら、どんどん先の見通しが立つ気がするのだ。それを彼にどうやったら説明出来るだろう。


「市が二週間であそこまで出来るんなら……」


 西田が首をひねっている。


「俺にも出来そうな気がするなあ」


 学はその言葉を聞き逃さなかった。


「出来るよ、きっと」


 二人目が合って、西田は学の顔をしげしげと眺めた。


「そんなはっきりと断言する?」

「見に来る?やってみれば分かるよ」

「おい、ぐいぐい来るなお前。そこまで言うなら、ちょっと見に行こうかな。思い出の一頁にしてやんよ」

「考えておいてよ」


 学の胸が躍った。本当に、予想だにしないことが次々起こる。



 放課後。


 レイラは学がもうひとり男子生徒を連れて来たのを見て露骨に嫌な顔をしたが、


「まあ、市原君、その子は?」


 末続コーチのテンションは鰻登りだった。


「見学したいって言うから」


 学が言い、西田が頭を下げた。


「……あれだけ言ったじゃない」


 レイラは震えんばかりに怒り始めた。


「私、男子は嫌いなの!」


 学も西田もその勢いに面食らった。しかしそんなことを言われて黙っていられるのは学だけだ。


「そっちの気分は知りません。他人の楽しみを奪う権利が先輩にあるんですか?」


 さらりと言うので学は西田を少し尊敬した。レイラは口を曲げ、言い返せないもどかしさに目を見開いているが


「はいはい、ケンカはよし子ちゃん!」


 レフェリーの如く末続が間に割って入った。


「ほら、皆着席!とっても良いお話があるの」


 言いながら、末続は自らの鞄をまさぐって、


「ね、みんなゴールデンウィークは暇?」


 取り出したのは、数枚のチケットだった。レイラの眉間のシワがみるみる消えて行く。


「じゃーん。私が所属するハンドベルクワイヤ〝スプリング〟のコンサートチケットよ!」


 配られたチケットを、生徒らはまじまじと見つめた。


「ね、是非来て。会場はみなとみらいホールよ。ひとり二枚ずつあげるわ。良かったら、誰か誘ってみてね」

「プロの演奏聞くの、初めてです」


 学が演目チラシを受け取りながら言う。


「私達素人なんかとは全然違うのよ?」


 レイラが何のためらいもなく学に自然と話しかけたのを見て、末続はふふふと笑った。


「……というわけで、あなたの名前は?」

「西田です」

「そう、西田君。ちょっとベルに触ってみようか。レイラ達は、ハイこれ。次の曲を練習しましょ」


 次の曲は「Aura Lee」


「スローな曲だから、西田君が加わっても出来るはずだわ」


 それを聞いたレイラはまた不機嫌な顔に戻ってしまった。以前ならこの顔に戸惑っていた学だったが、今日はまるでそれが気にならなかった。二枚チケットを貰ったが、一体誰と行こう。


 あげるなら、やはり……

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