21.熱い漢、西田
「はあ?えーてぃーえむ?」
西田が振り返って咎めるように繰り返す。相変わらず彼らは真新しい制服を着崩していた。
「最近会えなかったから寂しくてさあ」
ひとりが素早く学の背後に回って鞄を漁り出す。西田はそれを呆然と眺めていた。学が何か言おうとすると、その頭にヘッドロックがかまされる。その隙に学の財布が抜き取られ、連中の手に渡った。西田は憤然と立ち上がると
「おい、やめろ」
手を伸ばし、盗もうとしていた男の手を掴む。連中は顔を見合わせた。
「お前誰?市原君のお友達?」
西田は力づくで学の財布をもぎ取った。学はのどが締まって、息も絶え絶えに苦しんでいる。
「ああそうだ友達だ。おい、そいつ放せよ」
それを聞くと、三人は声を上げて笑い出した。
「ああ、放すよ。ただし、その代わりてめーの金よこせや」
西田の中の様々な負の感情が、その言葉を火種にして燃え上がった。
「はあ?金?」
連中は西田の反応を見て笑った。学の顔は赤黒く腫れ上がっている。それを見た西田は、手に取るのをためらわれるほど熱いアップルパイを震える手で掴むと、何の迷いもなく学の首を絞めていた少年の眉間にねじ込んだ。
「うわっ、何……」
手が緩んだところに、西田は椅子を持ち上げ渾身のフルスイングを見舞う。頭を横殴りにされた彼は他の客のメニューを巻き添えに豪快に窓際に吹っ飛んだ。学は首をすくめていたので当たらずに済んだ。再び学が顔を上げた時、周囲はパニックになっており、残りの二人は明らかに動揺して立ち尽くしていた。
「おい市、逃げろ!」
西田の声でパチッとスイッチが入って、学は床に転がっていた自らの鞄を抱え、前のめりに走り出す。
そんな学を追いかけようとする三人に、西田は尚も椅子をめちゃくちゃに振り回し、文字通りボコボコに殴り続けた。相手連中が立ち上がれなくなった頃合いで西田は息も絶え絶えに椅子を置き、自分の鞄を肩にかけると
「死ねカス」
と吐き捨て、崩れ落ちているひとりの顔面に熱々のコーヒーをぶちまける。騒ぎが拡大し、店員が来たのと入れ替わるようにして西田は階段を駆け下りて行く。
「くそっ、待て……」
彼らの呟きは、もうスクランブル交差点に駆け出た西田には届いていない。
それからすぐ、西田はハチ公像の横で腰が抜けたようにしゃがみ込んでいる学を発見することとなる。
人の余り歩いていないオフィス方面に移動すると、二人は縁石に座って虚空を見上げた。
「そうか、イジメか……」
西田から怒りの感情は既に消えている。むしろ、更に深く落ち込んでいた。
「そういうの、話したくないよな。ごめん」
「そんな、謝らないでよ」
学は笑うが、西田は笑わない。
「俺が殴ってもさ、うちの学校の男子の制服は余り知られてないから、大丈夫だと思う」
「その」
学は言った。
「助けてくれて、ありがとう」
「よせって」
笑おうとしたのだろうか、引きつった表情で西田はもごもごと口を動かした。
「中学三年間、ずっとあんな感じ?」
学は声なく頷いた。西田はそっか、と呟く。
「確かに、女子ばかりの環境ならああいう目に遭う確率は減るわな」
ビルばかりの空を眺める西田。対して学はじっと目線を下に落としている。
「逃げて来たんだ」
西田は学の方を見た。
「立ち向かいもせず、解決なんか出来ずに、俺はあの高校へ逃げた……」
それを聞いて西田の表情が曇る。それから気まずそうに視線を左右に動かすと、
「逃げ切りゃ勝ちだ」
そう宣言し、彼はすっくと立ち上がった。
「市よ!今、俺達は、あいつらに勝ったか?負けたか?」
西田が振り向かずに背中で語ろうとするので、学は思わず笑った。
「勝ち、かな」
「あー、もう帰るかあ」
日が落ちるまで時間を潰した二人は、帰宅ラッシュの渋谷駅へ戻った。人波に紛れながら西田は語り出す。
「焦ってるんだ、俺。市が部活なんかに入って、何だか充実してるように見えてさ」
学は黙って聞いた。
「岬も独立独歩だしさ。推薦に一直線だし、周りを気にしない強さがある。その点俺ってば何の考えもなく、とりあえず来ちまった気がしてたんだ」
学は西田の息継ぎの合間全て、首を横に振った。
「二人はああなのに俺だけが……とか、考えばかりが先走って」
「買いかぶり過ぎだよ」
学はそう言って西田を見据えると、
「俺だって、西田君は誰とでも仲良くなれるし、さっきみたいな勇気もあるし、凄いなって思う。……それに比べて自分は、とか落ち込んだりしたよ」
へへ、そう?と西田はまんざらでもなさそうに笑った。
「西田君なら、きっと先輩なんかとも上手に喋れるんだろうな」
西田はそう呟いた彼を、じっと見つめる。
「やっぱりあの人、ずっとあんな感じ?」
学は事実を隠すように苦笑し、それからは何も言わなかった。
二人は改札の前で別れた。




