19.西田君と渋谷へ
「もうこれぐらい出来るのなら、昼練は今日までで良さそうだね」
山下が言い、学はほっとした。何だかんだと時間を見つけて練習し続け、ようやくここまで漕ぎ着けた。レイラも清々しい表情を見せる。ベルを振った彼女は、憑き物が取れたようにいい顔をする、と学は思う。
「二人でここまで出来るんだね」
感心しながら山下は天を仰ぐ。
「でも、もっと人数がいればなあ」
顧問の正直な希望に対し、レイラは
「先生、運命は運命です。なくなったらなくなったで、必要とされてないってことでしょ」
などと随分悲しいことを平気で言った。学はちらとレイラの顔を盗み見る。その顔は口調に反してどこか寂し気だった。
教室までの帰り道、学はずっと考えあぐねていた。どうやったら、もっと一年生が入ってくれるんだろう。授業中も考え続け、出た結論は
(イースター礼拝で良い演奏が出来れば、入ってくれる人が出て来るかも!)
という安直なものだった。
今年中に部員が確保出来れば、廃部にはならないだろう。気分だけは学の貧しい技術をおざなりに盛り上がって行く。
ホームルームも終わり、学が帰ろうと教室を出ると、同じく教室から出て来た西田と鉢合わせになった。西田は学を見付け、手を振りながら近付いて来る。と、そこへ
「西田君!」
西田と同じクラスから女子が飛び出して来た。学は声をかけるタイミングを失ってしまった。
「西田君、バスじゃなくて駅から通ってるよね?方向同じだから、一緒に帰らない?」
すると西田は露骨に顔をしかめて拒否反応を示した。学は西田の初めて見せる表情にどきりとする。
「悪い。帰る前にちょっと用事があるんで」
言うなり学の方へずかずかと歩いて来た。
「市、ちょっと付き合えよ」
強引に学の腕をひったくる。学は引きずられながら外へ出た。校門近くまでそのまま行進し、学はようやく
「西田君、靴、靴」
と声を出した。二人とも上履きのままだ。はっと我に返って彼は手を放した。
「あ、ごめん」
下駄箱まで移動し靴を履き替え、
「西田君、急にどうしちゃったの。様子がおかしいよ」
学が尋ねると、西田はハァと息をついた。
「何だか最近、気が滅入っちゃってね」
「ふーん。何かあったの?」
問われて西田は眉根を寄せた。
「うーん、色々ありすぎて……何から話せばいいか」
しばらく無言で歩いてから、思い付いたように彼は言う。
「市ってどっから通ってるんだっけ」
「えーと、東京……」
「えっ、そんな遠くから来てたっけ?」
「そんなに驚かなくても」
学校を出ると、丘から遠くの景色が見える。遠い目でそれを見つめ、西田は呟いた。
「あの駅からとなると、下車駅はどこだ?」
学は正直に
「渋谷乗り換えだよ」
と答える。また静寂がやって来て、靴の音だけが響く。学は何だか嫌な予感がした。
「……行くか」
無表情で西田が呟く。
「どこへ?」
「決まってんだろ、渋谷だよ渋谷」
何で?と学は一応問うたが、西田はなぜだか聞き入れないようだった。駅に着き、初めて同じ方向の電車に乗り込む。今日の彼は何だか様子がおかしい。二人並んで電車の窓に顔を映す。どちらもひどく冴えない顔をしていた。




