ゴミ箱とせっけん 1989年(平成元年)9月1日号掲載
新浜だより(行徳新聞再録) 1989年(平成元年)9月1日号掲載
ゴミ箱とせっけん
「さあ、着替えとブラシとせっけん持って‥‥‥」
風呂場に行こうとすると、学生時代に環境庁のサブレンジャーをやっていた若い友人が言った。
「尾瀬はねえ、せっけん使ったらいけないのよ」
山小屋の風呂場には「尾瀬の自然を守るため、せっけんやシャンプーを使わないでください」と掲示が出ている。そして風呂に入る人たちも、「なんか顔がつっぱるわね」などとは言いながらも、ちゃんときまりを守っている。
「お風呂が一番よねえ」
「ああ、いい気持!」
湯あがりの女の子たちの声に、何だかむちゃくちゃに感動してしまった。
この夏休みの旅行先はあこがれの尾瀬。学生時代のテント合宿以来、十八年ぶりの再訪。秋の気配が漂う8月下旬の湿原は、サワギキョウの花の紫色にかすんでいた。木道にひびくポコポコというにぶい足音や、おばけのように大きく育ったミズバショウの葉の姿は、はるかな記憶のままだったが、ひとつだけ、以前とはがらりと変わっていることがあった。
ゴミがない!
私の学生時代には、サブレンジャーのアルバイトは「尾瀬こじき」と呼ばれていた。何しろ、背中に大きなかごをしょって、ゴミばさみで紙くずや空き缶を拾って歩くのが仕事の大半だったのだ。いくら「尾瀬こじき」さんたちががんばっても、あちこちにおかれたゴミ箱やくずかごはたいていいっぱいで、まわりにも散らかっていた。
環境庁が思い切って尾瀬からゴミ箱を撤去したのは何年前のことだったろう。
「ゴミは家まで持ち帰りましょう」という運動が、みごとに実を結んだのが、今の尾瀬の姿だ。ゴミ箱撤去までは承知していたが、水の汚れを防ぐためにせっけんの使用すらひかえているとは知らなかった。
尾瀬ヶ原の木道では、ちょいちょいボッカ(歩荷)さんに行き合う。山小屋で供される食料や日用雑貨、灯油やプロパンガスなどのほとんどは、背丈よりも高く荷物をつけたしょいこでふもとから運び上げるボッカさんの労力に負っていることが、誰が見てもすぐわかる。こうしたことも、ゴミ持ち帰り運動の成功につながっているのだろう。
せっけんが使えないお風呂でも文句を言わないお客たち。不評を覚悟で、あえて不便さをとった山小屋や担当官庁。やるじゃない、やればできるじゃない、とえらくさわやかな気分。
長蔵小屋にほど近い平野家三代のお墓に手を合わせながら、尾瀬の長い自然保護運動の歴史を思った。
ちなみに、わが家の持ち帰りゴミの大半はビールの空き缶。これが再生できるようになればねえ。(註 この時点では空き缶の資源回収はまだ行われていなかった)
すみません。改修工事のため十月末日まで観察舎は長期休館中です。野鳥病院などの仕事は平常どおりやっております。




