コミミズク救出作戦 1985年2月8日号掲載
新浜だより(行徳新聞再録) 1985年2月8日号掲載
コミミズク救出作戦
浦安の鉄鋼団地の貸倉庫にコミミズクが入り込み、出られないというお電話を責任者の久保田さんからいただいたのは、一月四日の夜だった。暮れの二十七日に気がついたが正月休みでどこにも連絡がとれず、気が気でなくて毎日見に行っておられたとのこと。
総勢六人の救出部隊が到着したのは五日の昼すぎ。高さ十五m、幅二十m、奥行五十mほどの広い倉庫はがらんとして、奥の天井近くの鉄骨にぽつんととまったコミミズクがひどく小さく見えた。十二mくらいの高さの橋のようなクレーンが横幅いっぱいにわたされ、前後に動くようになっている。このクレーン上で長さ十二mの網を張り、捕えて外に放すのが目的。主人と私、それに七中二年の原君が竹ざおと網を持っておっかなびっくり鉄ばしごを上がった。
クレーンは幅一m足らず。片側に手すりがついて、一応上を歩くのに支障はないが、何しろ高い!眼下の人影の小さいこと。竹ざおに網を張り、三人がかりで支えたところで、久保田さんにクレーンを動かしていただく。グワァンと機械がうなり、ズンズンズンと鉄骨がゆれて、ぐいっぐいっと移動する。こちら、手すりにしがみついてもうまっ青、落ちるわけはないと思いつつ、ホント、こわいよう。
奥にだいぶ寄ったところでクレーンをとめていただき、竹ざおをしっかり握って身構える。「ようし、はじめて」主人の号令で、下で待機していた小学生三人が一斉に鉄骨をガンガンたたき、竹ざおの先につけたゲイラだこを振り回しながら走る。コミミズクはふわりとまい上がり、ひらりひらりと天井近くを飛んで、網と屋根のすきまを器用にすり抜け、入口近くの鉄骨にとまった。やりなおし。
三角形の屋根の形に合わせて網を三角に張りなおしたのが効を奏して、約四十分後、コミミズクは無事に保護された。二六〇gとかなりやせていたが、十日近い絶食の割には元気がよく、取材にこられていた朝日新聞の記念撮影をすませてから、総員観察舎へ。
コミミズク君にはさっそく環境庁の足環がつけられ、連日連夜ぎゅうぎゅう餌をつめこまれたあげく、三日後、三九〇gをこえたところで放鳥。夕闇せまるアシ原の上をかろやかに飛び去って行く姿は、確かな野生の力を見せていた。




