白鳥くん、お元気で 1984年4月13日掲載
白鳥くん、お元気で
二月二十三日の午後、見慣れない乗用車が入ってきて、観察舎の玄関前にとまった。二月最後の金曜で、清掃休館日。全館あげての床磨きがだいたい終わった時分である。呼ばれて研究室に上がって行くと、何と白鳥の子が一羽、部屋のまん中にどっしりとすわりこんでいるではないか。頭から首すじはうすずみ色、体羽も灰色がかった当歳の若鳥である。首をいっぱいにのばし、羽毛をぴったりとねかせて、いかにも腹立たしげにこちらをにらみつけている。
この白鳥の子は、船橋市前見塚の水田から連れてこられたものだった。何でも二月初めごろから親子三羽が姿を見せ、ずっと落ちついていたらしい。関東では比較的多いコハクチョウと思われる。付近の人達は、珍しいお客を歓迎して、犬や子供が入らないように気をつけたり、餌をやったりしていたそうだ。特に、すぐそばにある柴田総業の飯場では、青森から来られた出稼ぎの人たちが、郷里と同じように大事にしておられたという。
この朝、いつものように餌をやりに行くと、親鳥二羽が来たが、子鳥が見当たらない。あたりを探したところ、トラバサミに足をとられてうずくまっているのが見つかったという。大さわぎしたあげく、千葉県の鳥獣保護員の緑川氏が呼び出されて引きとりに行き、こちらに入院となったわけだ。
「まだ買いたてのトラバサミでよ、金物屋の値札がついたままなんだ。ありゃあ白鳥をとるつもりでかけたんだよ。全くしょうもないことをするもんだ。」と緑川さん。
とりあえずつかまえて足を調べてみる。はばたいて逃げようとしたが、抱え上げると案外軽く、飼っているコブハクチョウよりふたまわりほど小柄な感じだった。幸いにみずかきに裂傷があるだけで、骨折や脱臼はしていない。肉づきもよく、他の障害もなさそうだ。床におろして歩かせてみたが、けがをした方の足もちゃんと使って、ほとんどびっこもひいていない。これなら、すぐ放しても大丈夫ということになった。
こうなると、一刻も早く親鳥に返してやらなくてはならない。巣立ち後間もなく独立する他の鳥とは異なり、雁、白鳥、鶴などは一年近く家族単位の生活をおくり、渡りの時も親子が一緒である。親とはぐれた若鳥は、どうかすると無事に北へ帰れなくなってしまう。
コハクチョウはシベリア東部から日本に飛来するものが多く、重点的に標識調査が行われている種類だ。元気がよいので、ぜひリングをつけて放したいと思ったのだが、あいにく手持ちの足環では大きさが足りない。渋谷の山階鳥類研究所に足環をとりに行っていては、日が暮れてしまう。鳥研に電話をかけて相談した結果、「まず鳥の方を優先して」ということになり、主人と緑川さんたちは大急ぎで出かけて行った。
厳しい寒さの続く今冬は、千葉県のあちこちに白鳥が姿を見せている。ところが、十二月初めに木更津の小櫃川に来ていた二羽はこともあろうにハンターにねらわれた。漁民の通報で警察がかけつけた時には、ハンターも白鳥も姿を消していたという。佐倉では、白鳥を撃ち殺して食べたハンターが、皮を剥製店に持ち込んで逮捕されたという。あげくに、今回のトラバサミ事件だ。お隣の茨城や埼玉には毎年渡来する場所があるが、千葉にはほとんど来ないというのには、案外こんな理由もあるのだろうか。
若い白鳥は、午後四時にもとの田んぼに戻された。放されたとたんに、遠くでじっとしていた親鳥のところへ一目散にかけて行き、夢中になって餌を食べはじめたという。間もなく北への旅立ち、親子の無事を願ってやまない。
二月二十九日、ようやくオオイヌノフグリの青い花を見つけた。例年より一ヶ月も遅い開花だが、春の気配がやっと目立ちはじめたこのごろである。




