18 閑話 〜将軍、仕事から離れます〜
短くなってしまった。
マース王国、国王クリス・マース・ノーヴェンは執務室である王宮の書斎で悩んでいた。
それは一週間前のこと…
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王宮の書斎にマース王国の誇る将軍クロムがやってきた。
「よくきてくれた。クロムよ、中に入りたまえ。」
クロムは無言のまま書斎に入った。
本来ならば返事をしないのは不敬として断罪されるところである。がクリスはそれを望まなかったので不敬罪というものが形式上ある、というだけのものになっている。
というかクリスは“王様”をするのが苦手なのだ。
クロムが書斎の扉を閉めるとクリスの纏う雰囲気が変わる。
「あ、紅茶飲む?いいのが入ったんだ。」
雰囲気がフレンドリーなおっさんに変わる。こちらが本質である。
それに対してクロムは
「じゃチェスでもやりながら話をしようか。もちろん菓子はあるんだろうな?」
国王に対しての態度ではないがクリスはこのクロムの態度を好ましく思っている。
ちゃんと自分を見ているとわかるからだ。
だからクリスの返しも
「当たり前だろ?さ、始めよう。」
と友人と話すただのクリスとして答える。
菓子を持ってきて紅茶を自分で入れる。
これは本来侍女の仕事なのだが、これはクリスの趣味であるため侍女と同じかそれ以上の腕前の持ち主になっている。
菓子はクリスが自ら用意したものなのでもちろん美味しいものだ。
2人はチェスをしながらお菓子を食べ紅茶を飲む。
しばらくチェスの駒を置く音が鳴りつづけた。
クリスが駒を置いたあと、駒を置く音以外がならない沈黙を破りクロムに問いかける。
「ところで何か用事があるのか?」
クロムは盤面を見ながら紅茶を飲み、ソーサーに音を立てずカップを置いたあと彼の思う最善手を打ちそれから言った。
「半年…いや、1年ほど時間をいただけませんか」
その返答に対してクリスは困ってしまった。
クロムはその存在自体が他国への牽制にすらなるマース王国の誇る将軍だからではない。
正直なところマース王国の兵力は仮想敵国である帝国や連邦よりも弱い。
クロムがいなくなったところで真正面からぶつかれば負けるのは避けられないほどだ。
だが王都の立地がとても良いため何もしなくても敵の兵士が倒れていくため防衛が成り立つという状態なのだ。
つまり国にとって、クロムはいた方がいいけどいなくても何とかなる程度の存在だ。
がそれは3日前に変わった。
クロムは一躍国の滅亡の危機を救った英雄になった。
理由は邪竜の群れを単身で壊滅させたためだ。
だがそれは違う
クリスもクロムも見ていただけだった。
邪竜の群れに飛び込む、魔導士であろう女と男そして魔導士達を乗せた明らかに高位な黒色と白色の鱗を持つドラゴンの姿を。
それは戦いではなかった。
それは虐殺でもなかった。
それはただ飛んできた火の粉を払うように、彼らが邪竜の群れを殲滅する光景だった。
そして最後のドラゴンブレス。
その輝きは王都からでも見えたらしい。
もちろん消えてゆく邪竜の群れも。
そして邪竜の群れを倒した後彼らは死の森の方へと飛んで行った。
しかし民衆はクロムが倒したと思い込んでしまった。
だから今1年の時間をクロムに与える…つまり事実上のクビにすることはできないのだ。
がクリスは少ない友の頼みなのでどうにかして時間を作ってやりたいと思っている。
「理由を聞きたいんだがいいか?」
考えるのに時間が欲しかったクリスは駒を置き理由を聞くことで時間を無理やり作りつつも民衆の反感を買わない方法を考えていた。
クロムは答える
「だって今のままじゃ俺は偽物なんですよ。男なら英雄になりたいもんだ。だから1年で俺は偽物から本物になろうと思っただけさ。今の強さじゃ英雄とは呼ばれたくない。あの人達のような強さが俺は欲しい。まぁ一年じゃ変わらないとは思うんですけどね」
そして駒を置く。
クリスは分かっている。
英雄になりたいとはクロムが思ってないことを。
偽物のままでも本当はいいと思っていることを。
大切なものを守る力がなくて不安に思っていることを。
そしてこのままだと無茶な修行をして命をおとしかねないとも。
そしてクリスは閃いた。
「じゃあクロム、お前をアーサーの指導役に正式任命にするから、アーサーに色んなこと教えてやってくれ。」
そして駒を置いた。
「チェックメイトだ」
「はぁまた負けか」
クロムはどこか…おそらく死の森だろうが、そういう危険なところで修行をして大切な人を守ることをできるようになろうと思っていた。
がアーサーの指導役となればそれは無理だ。しかし時間は作ることができた。
クリスの勝ちである。
「死の森に行けば何か得られそうだと思ったんだがなぁ」
などと言っていた。クリスからすればそこまでしてもらわなくてもいいのだが。
そしてその次の日、英雄である将軍クロムが実は邪竜の群れとの戦いで傷を負っていたことが判明。普通の任務を遂行するのは難しい思われるため休養を兼ねてアーサー王子の指導という任務に就くことになった。
もちろんこれは民衆向けの設定である。
本人は怪我などしていないしそもそも邪竜と戦ってもいないからだ。
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だがその日以来、彼は自分のことを“強い”とたったの一言たりとも言わなかった。
慢心せず努力を続けるようになった。
彼は言った。
『化け物より強くなったとしても俺は英雄でいたい』と。
誰かを守るために力を使わなければ自分も化け物になるということを彼はわかっていたのだった。
国立図書館蔵書
王暦925年発行『英雄の裏側』より抜粋
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そしてその二日後からアーサー王子に対する教育が始まった。
そのためクリス王は王子に会うことができないのだ。
「あぁぁぁあああ、アーサーに会いたーい!」
クリス王はアーサー王子に会いたくて仕事が手につかないようだ。
と言っても残りの仕事は今やるわけにはいかないものばかりなのだが。
「ふぅ。そろそろ王宮の風通しを良くしないとな」
クリスはそんな独り言をポツリと呟いた。
アーサー王子は勉強していた。
主に経営学と王学を。
王学とは王として振る舞うにはどうすれば良いかを学ぶ学問である。
その内容は貴族との付き合い方や税のシステムについて、また反乱が起こった時の対処法とそのメリットデメリット。
他にも様々なことを教えている。
がそれはアーサー王子には早かったようでアーサー王子はクリス国王の如く王学を学んでいた部屋から消えていた。
もちろん書き置きはなかった。




