お嫁さんのこと
「まあ、座って」
応接室に入ると、悟が自分の家みたいにソファへの着席を促してきた。
断る理由もなく座ると、向かいに悟が座った。
「あー・・・元気そうだな」
悟が言う。
元気じゃないよ、ボロボロなんだよ、そう思うけれど、口には出さない。
そんな処へ、源くんがお茶を淹れて運んできてくれた。
「話だけど、まず、何から話す? さえちゃんのことかな?」
源くんがきっかけをくれる。
ん? さえって誰? 女の子の名前だよね?
悟は、少し目を瞑って考えたあと、「紗枝か・・・」と口を開いた。
「紗枝は・・・俺の嫁だった女だ」
「え・・・」
話を聞いて茫然とする。
だって、私は高校生で、前に座っている悟は・・・年恰好は高校生なのだ。
もちろん数百年生きていることも知ってる。
でも、目で高校生らしいのを見てしまうと、やっぱり、考え方は高校生基準になってつぃまうわけで。
まさか、妻帯者とは思わなかった。
「・・・ミナちゃん?『だった』ね」
横から源くんのフォローが入って、はっとする。
過去? 過去の話?
「それに、嫁って・・・悟、盛りすぎじゃない? あれは、内縁だよね?」
源くんがいてくれてよかった。
いなかったら、私、この時点で席を立ってると思う。
ほんとはそこまでじゃないよ、というフォローを受けるから、詳しい話を聞いてみたい、と思えるのだ。
「うるさいな、クロウ。 俺にとっては、嫁だったんだよ」
そうぶっきらぼうに源くんに告げて、そして、悟は私を見る。
「紗枝は、江戸時代末期にこの地が妖の杜と呼ばれていたころ、出会った。彼女は妖の杜に何気なく入ってしまって、いろいろ設置してある術にかかって迷子になっていて、それを助けたのがきっかけだ。
彼女にはその時、片思いのヤツがいて、それは村の有力者の息子だったらしい。
俺にとっては、初めて話す人間で、ここが妖の杜だと言っても俺が妖だと言っても怖がらなかったことで、彼女に傍に居てほしいと思った。
俺はそれを『愛情』だと思ったんだ・・・。」
悟が当時を思い出したのか、少しつらそうな顔になった。
「彼女は小作農で、親はもうとっくに死んでいた。
彼女も食べるのがやっと、って感じで、自分を魅せるためのものを買えるわけもない。
そして、
相手の男には、そんな飾り立てもしない正直な彼女の性格が癒しになったのかもしれない。
相手の男は時々、この近くで彼女と会って話をしてた。
ごく普通に友人としての会話だったが、年の近い男が傍にいない彼女には、やはり一緒に会話する同じくらいの年ごろの男というだけで、好意を抱くには十分だった。
彼女の片思いだ。
彼女には、身分も容姿も、有力者の息子に訴えられるものがなかった。
男も、癒しを得ていたくせに、鈍感でそれに気づいてなかった。
そして、男は町へ商いに出た時に、町の女と知り合う。
田舎と違い、あか抜けて華奢な女に、一目で魅せられた。
女の家は商家でな、田舎の有力者と手を結ぶのはいいことずくめだった。
そんなわけで、田舎の男と、町の娘の結婚は早々に進み、失恋した彼女が、久しぶりに会った私に抱き付いて泣いた時、私は、その女をもう他の男に連れ去られるのは嫌だ、と思ったんだ。
失恋して誰かに縋らないとやっていけない女に、俺は、俺がお前を守る、と吹き込んだのさ。
ちょうどぽっかり空いた、彼女の心に、自分を無理やりそうやって押し込んだ。」
そういう悟はとても辛そうだ。
そして、私は、そう言う風に自分を悪くいう悟を見て、逆にさえさんに対するいらだちを感じた。
自分の心が弱くて逃げたのは、さえさんじゃないのっ!
そう考えながら、それが嫉妬なのだと解析する。
私も、春に失恋したときに、悟に助けられた・・・。
自分の手元に囲って、守ってくれた。
居心地よかった。
そう思った時、さえさんを責められない、と思う。
「愛しい男が祝言をあげた翌日、彼女は俺を受け入れた。
おれと添い遂げる、と今まで世話になったところから移ってきた。
おれはそれに有頂天になって、初めて傍にいる人間を離すまいとした。
幸い、この近くにくるような人間は滅多にいない。
さえは、俺だけを見てくれたよ。」
幸せなはずの記憶なのに、彼はそれがとても悪いことのように語る。
どうして?
「そのうち、彼女が片思いしていたヤツの結婚生活がおかしくなった。
町の女にはこの村は何もなさ過ぎて、刺激がなかった。
退屈を紛らわすように、若い衆に声をかけ、はしゃいだ。
男はそんな嫁に嫌悪を抱き、ふと、昔一緒にここで話した女を思い出した。
ここへ来て、あいつは紗枝と長々と話すようになった。
紗枝も昔好きだったやつだけに、また思いが燃え上がったように見えた。」
「え?」
そこで、私はつい声をあげてしまった。
「悟、サトリでしょ? どうして、『見えた』なんて表現になるの? 心を読んだらすぐにわかるじゃない」
「紗枝と一緒になるにあたって、俺は、あいつの心を読まない、と約束した」
悟がそう答えた。
「ただ、相手の男に関してはそんな約束してなかったんでな、読ませてもらった」
その結果、男は単に嫁に飽きて手を出そうとしているだけで、離婚することまでは考えていないのがわかった。
「おれは、妖としての術を使った。彼女にあの男を忘れろ、と術をかけた。なのに・・・」
あいつは、男を心のどこかで忘れなかった。
術にかかって、ぼぅっとしているくせに、村の方を見て泣くようになった。
俺と一緒のときは、楽しそうにしているのに、俺がどこかにいってると帰ってくると村の方をみて泣いているんだ。
術がかかってないのかとも思ったが、かけなおしても同じだった。
俺を好いていないのがわかってて嫁になんてできなかった。
俺にできるのは、あいつの意識を奪った責任をとって傍に居続けることだった。
あいつを傍に置いて、ずっと自分の罪を見続けて・・・あいつが死んで、気が付いたら、もうほかの人間と触れ合うなんて怖くてできなくなってた。」
言い終えて、悟はミナのほうを向く。
「な?俺はこんな人間。自分勝手な人外だ」
自嘲した。
ミナは話を聞いている間、ずっと、自分でもよくわからない感情に困っていた。
それでも、その自嘲を聞いたとき、身体が勝手に動いた。
「な・・・?」
悟の声がする。
ミナは立ち上がって悟の傍で悟の頭を自分の胸に抱きしめていた。
誰が悪い、とかじゃないと思う。
皆がすこしづつ自分勝手で、少しづつ自分の使える技をつかって、そうして、自分を責めた、そんな気がする。
しばらく抱きしめていると、悟が小刻みに震えていることに気付いた。
・・・泣いている?
やっと泣けたのなら、このまま、泣かせてあげたい、と思った。
だから、そのまま抱きしめつづけた。




