第7話 「狂人」
「何者になるか、か...」
カップに注がれた水を眺めながら、ハミルはぽつりと呟いた。
街道沿いの小さな宿場。軽い食事と、一晩の宿を提供してくれるその場所に、彼の姿はあった。
弟子たちの旅立ちを見送った後、1日迷いに迷った末、旅支度をまとめた。
7年。言葉にしてわずか2文字だが、その長さと重みを、改めて感じていた。
「...私は何をしようとしてるのでしょうね」
今更エイミィに会って、いったい何を語れば良いのか、ハミルには皆目見当もつかなかった。いや、会わずとも良い。ただ、彼女が元気に暮らしている姿さえ見れれば、それだけでも良いと思った。
今頃は誰かの妻になっていてもおかしくはない。そうであれば、なおさら顔を合わせるべきではないはず。それでも、ハミルは彼女のもとに行こうと思った。
ふと、近づいてくる気配を感じた。
「お前、ハミルか?」
ゆっくりと、声の主に目を向ける。そしてハミルは、わずかに眉をひそめた。
立っていたのは、黒い短髪を逆立てた男だ。痩せぎすで、目の下に濃い隈ができている。纏っている雰囲気からして、不気味だった。
しかし、その顔をハミルは知っていた。
「ハザード...」
戦時中、同じ傭兵部隊に所属していた男。ほとんど話したことはなかったが、卓越した短剣の技に関してはよく覚えていた。
それに、彼が終戦間際、民間人を殺害した罪で投獄されたということも思い出した。
「ハハッ、お前に会えるとは、これはツイてるぜ...」
「なぜ、あなたがここに?」
ニィッ、という表現がよく似合う様子で、ハザードは両の口角を大きく上げた。
「ちょっと前に豚箱から出てきてよ...ずっとお前を探してたんだよ」
狭い宿場の中にいる客は、ハミルとハザードだけだ。店の主人はハザードの異様な雰囲気に怯え、カウンターの下に隠れてしまった。
「お前が街で世話になってたって噂を聞いて、近くまで来てみたんだが...」
ハミルは血の気が引くのを感じた。7年前の噂が今更になって、こんな形で現れるとは、想像もできなかった。
「まさかいきなり会えるとはなぁ」
「いったい...どういうつもりです」
ハミルは警戒の色を強めた。傭兵時代、ハザードはハミルを異常なまでにライバル視していた。今日は何人殺したと、何度も声高に自慢してきた。無論、ハミルは彼には全く興味がなく、聞き流していたが。
「俺はな、ずっとお前と殺り合いたかったんだよ...」
今にも舌なめずりをしそうに語りながら、ハザードは腰に隠していた短剣を抜いた。彼の心を表すように、その刀身は捻れている。
「「紅の剣鬼」なんて呼ばれるほどのヤツがどれほどのものか、ずっと知りたかったんだ...」
闇の中から闇は見えない、という言葉は、さて誰のものだったか。
かつては何も感じなかったが、今のハミルから見たハザードは、酷く醜悪な存在にしか思えなかった。
食事の勘定をテーブルに置き、ハミルは立ち上がる。
「私はあなたとやり合うつもりはありません。そんな意味もない」
一応、ハミルも長年愛用している長剣を持って来てはいた。しかし、長らく握ってはいない。最後に使ったのは、弟子たち──森で魔獣に襲われた子供たちを救った、7年前のことだ。
「...はぁ?」
ハザードが間の抜けた声をあげる。
「てめぇ...本当にハミルか?」
ようやく、彼は目の前の相手が殺意どころか敵意も抱いていないことに気づく。
「...興が冷めたぜ...」
短剣を収め、ハザードは元々座っていた席に戻る。心底失望した様子で、露骨に舌打ちをした。
しかし続く言葉で、ハミルの目の色が一気に変わった。
「そういやよ、お前が世話になってたあの街の領主、去年死んだらしいぜ」
ドクン。
鼓動が大きく鳴るのを感じた。同時に、7年前に見た辛そうな父親の姿を思い出す。
痛む胸を押さえながら、ハミルは何も言わずに足早に宿場を後にした。
それを眺めて、ハザードは再びその口を大きく歪ませた──。




