第2話 「門出」
「また、あの夢ですか...」
穏やかな日差しが差す部屋。簡素な木製のベッドで身を起こし、ハミルは1人呟いた。
もう何度見たかも分からない悪夢。暗い過去の情景が、彼の心にいつまでも黒い影を落とす。
背中ほどまで伸びた銀髪は、大きく乱れていた。と言っても寝癖などではなく、普段から不精な彼にとっては、いつもの髪型である。
青く澄んだ目は、まだ少し眠りを求めている。悪い夢で起こされたのだから当然だ。しかし、眉間を軽く揉みながら、ハミルはベッドから立ち上がった。
今日は《《彼ら》》の門出の日である。
顔を洗い、服を着替えた。薄い青の羽織を白い帯でゆったりと締め、大きく息をつく。
玄関を出た時、朝日が目にしみた。
王国の辺境に位置する、名もなき村。
深い森に囲まれたそこに、足を踏み入れるものは少ない。
穏やか、という表現が良く似合う、平和な村である。
朝早くだというのに、村の入口には人だかりができていた。
今日はある若者たちが、冒険者になるため旅立つ日だ。その中には、ハミルの2人の弟子がいた。
2本の剣を下げた黒髪の青年と、その隣に立つ赤毛の端正な顔立ちの青年。2人の弟子は、笑顔で手を振り、村を出ていく。傍らには、共に育った金髪で赤いローブを着た少女も並んでいた。
村人たちに見送られ、3人の若者が駆けていく。その表情に不安はなく、未知の世界への期待と興奮に溢れていた。
ハミルが眩しさから目を細める。朝日が眩しかったのではない。若者たちの背中が、今の彼にはただただ輝いて見えた。
あの頃の自分には、共に笑い合う友も、未来を語る相手もいなかった。
孤児だったハミルは、とある剣士に拾われた。剣しか知らない不器用なその男から、ハミルはただ人の命を奪う技だけを教わって育った。
そして、16歳になった頃、帝国による他国への侵略戦争が勃発。ハミルは師の言葉に従うまま、傭兵としてその戦争に参加した。
ただひたすら、命令のまま敵を「肉」に変えていった日々を思い出す。本当に酷い日常だったと思う。しかし、剣しか教えてくれなかった師に、恨みはない。不器用ではあったが、確かに自分を育ててくれた人だったから。
いつの間にか伏せていた視線を、離れていく若者たちに戻した。
彼らに出会ったのは7年前。戦争が終わり、行き場のない中、たまたまこの村の近くを通りかかった時、子供の悲鳴を聴いた。
大きな狼のような魔獣に襲われていた2人の幼い男児。それを見たハミルは、反射的に剣を抜き、魔獣を一太刀で屠った。
思えば、誰かを守るために剣を振ったのは、これが初めてだったかもしれない。
怪我をしていた子供たちを村まで送り届け、そこで別れる...はずだった。
ハミルの剣に惚れ込んだ子供たちが、彼に弟子入りを懇願してきた。ついさっきまで、生命の危機だったというのに、子供の切り替えの早さには驚いたものである。
村人たちから感謝の気持ちとして空き家まで提供され、ハミルは渋々ながら弟子入りを許した。とは言っても、自分の剣は人の命を奪う技である。あくまで基礎だけを教えて、すぐに村から出ようと思っていた。
しかし、気がつけば7年。
立派に成長してくれた弟子たちを見て、ハミルは少しだけ誇らしくなった。育ての親とは違い、自分は真っ当に人の子を育てることができたのだと。
そこで、ふとハミルの脳裏に、ある人物の姿が浮かび上がった。
「...エイミィさん」
思わず、名前を呟く。
長い長い黒髪を持つ、美しい女性。
それは、ハミルの人生を変えた人物だった。




