09
「せ、洗面所に連れ込むのは流石にやりすぎかと……」
「だってこうでもしないと兄さんや悠里さんと盛り上がるだけで終わってしまいますからね」
最後を選んだのはこれがしたかったから……。
あと、いま出された冬樹君も悠里ももう既に眠たい状態なのでここに来る可能性は低い、ご両親も空気を読んでくれたのか早々に二階へと上がっていった。
「あ、あまりに急すぎない? これはまともに話せるようになったときも感じたことだけどさ」
「そうですね、私は下手くそでした。でも、悠里さんが兄さんをそういう目で見始めてチャンスだと思ったんです」
「さ、最初からじゃないよね?」
「ふふ、どうだと思いますか?」
彼女はこちらを壁に押し付けるのをやめ、自分の服に……、
「ちょ、ちょっとそれは不味いよ!」
これは叫ばないなんて無理だ。
なんでもそうだけど、勢いだけでやると後悔する。
僕が駄目駄目でもどかしかったのだとしてももう少しぐらい他のやり方を探した方がいい。
「これで知生さんが意識してくれるなら全く構わないですけどね」
「待ってよ、別にそんなことをしなくても僕は……」
「前までとは違うと?」
「だ、だってさ、家族以外で唯一話せる女の子なんだよ? それに……真冬さんはき、奇麗……だから」
うわ、なんか自分のことなのに気持ちが悪く感じる。
それこそ勢いだけで変なことをしようとしているのは僕の方だったということだ。
「驚いた、知生さんはそういうことも言えたんですね」
「またゼロに戻ってほしくないから……」
正当化するようであれなものの、そういうことに興味を持ってしまうのは仕方がないと思う。
「でも、知生さんの方も悠里さんが変わってからですよね。もしアピールをされていたら受け入れていましたか?」
「……ない、とは言えないかもしれない」
ま、まあ、悠里の中にはなにもなかったわけだけどね……。
だからこんなことを考えても虚しいだけでしかない。
「ふふ、だけどいまはもう私をそういう目で見てしまっているんですね。なるほどなるほど、私がからかう度にドキッとしてしまっていたんですね」
「正直、今日の手を握られたときが一番ドキッとしたよ」
「あら、いまではないんですね? それとも、私の体ではドキドキできないということですか?」
そのことについて触れるのは危険だからなにも口にしないでおいた。
とりあえず、彼女だけまだお風呂を済ませられていないので入ってくるようにぶつける。
そうしたらここで待つことになってしまったけど、こういうところで言うことを聞いておけば流石にこれ以上はなにかしてこないだろうからと合わせる。
「そんなに扉を見つめても飽きますよね?」
「早く拭いた方がいいよ、まだ冬だから風邪を引いちゃうよ」
ここで喜々として見せてくるような所謂変態と言われる子ではない。
だから音なんかにもなるべく意識を向けずに待っていると「もう大丈夫ですよ、お待たせしました」と。
「真冬さんが髪をバッサリ切ったのはどうして?」
「そういえば兄さんがそんな話を知生さんにしていましたね。別に失恋をしたからとかではないです、似合わないと思ったからでもないですけど、短い方が楽なので」
「そっか、髪が長い状態の真冬さんも見てみたかったな」
顔は変わらないから「髪が長い真冬さんだ」としかならないだろうけどね。
「アルバムがありますよ、見ますか?」
「あ、真冬さんがいいなら」
「ふふ、私のお部屋で見ますか?」
「い、いまは悠里が寝ているから……」
「ふむ、起こしてしまったら可哀想なのでそれなら下に持っていきますね」
悠里ガードが効いた。
みんなが揃っているというわけでもなければ分かりやすく関係が前進したわけでもないし、冬樹君の部屋で寝られるわけがないのだ。
冬樹君がいまの状態ならここで積極的に行動しすぎるのは危険だ。
そういうのもあって悠里の判断は正しかった、ただ恋愛より眠たかっただけの可能性もあるけど。
「どうぞ」
待った、なんか開きづらいぞ。
手に取ったまま固まっていたら何故かまた手を掴まれて意識を持っていかれた。
「持ってきておいてあれですけど、過去の私を知ることよりもいまの私を知ってください」
「こ、今回はやっぱりやめておくよ」
「はい――あ、でも、戻るのが面倒くさくなってしまいましたー誰か運んでくれませんかねー?」
「部屋の前までだったら」
「ふふ、お姫様抱っこでお願いします」
このままここで寝るとか言われるよりも遥かにマシだ。
「できないでしょ?」的な顔をしていた真冬さんにちゃんとぶつけてから持ち上げる。
「なるほどなるほど、ずっと触りたかったのに我慢していたんですね?」
「いくよ」
もう結構いい時間だから僕らもそろそろ寝なければならない。
距離があるわけではないから彼女の自室前まで運ぶのに時間もかからなかった。
「それじゃあまた明日ね」
返事がないから見てみても冷たく感じるぐらいの無表情。
でも、この短時間で僕らしくないことを何度もしたわけだから……まあそれで満足してもらうしかない。
何度来ても羨ましい客間的な場所で朝まで寝て、誰かが来てくれるのを待っていたら八時頃になってしまった。
せ、せめて冬樹君だけでも来てくれないと困るのため、アプリを使用して呼び出した。
「ふぁ……相変わらず早起きだな知生は……」
「ごめんね」
決して五時半とか六時頃ではない、もう七時十五分ぐらいで平日ならそろそろ学校にいかなければならない時間だ。
「真冬や悠里はまだなのか?」
「うん、もう起きているかもしれないけど」
「珍しいな、真冬なら早い時間にいつも一階にいるのに」
昨夜の話をしておく。
眠そうだった彼も少ししゃっきりしたような顔で「マジか」と呟くようにして吐いた。
「こうも変わるものなんだなあ」
「冬樹君だけはこれまで通りじゃない?」
「んーそう言っていいのかどうか……正直、すぐに追いつけないだけで悠里は前から魅力的だと思っていたからな。俺が好きな運動とかにも付き合ってくれることが嬉しいし、なんだかんだで来てくれるからそういう面で心配する必要もない」
「もし廊下で聞いていたらどうする? そういうのってありがちだよね」
僕が真冬さん達の部屋にいけない、入りづらいように、向こうにとっても同じだったか。
普段のようにいつまでも待っていないで勇気を出して自分から出る必要があったのだ。
「いやもうこれは本人に言ってあるからな」
「そ、それで昨日みたいな反応をしていたの?」
「し、仕方がないだろ? そもそも、悠里の反応的にあんまり期待できる感じじゃなかったのに……どうしてこうなっているんだ?」
「さ、さあ? それは悠里じゃないと分からないことだから」
昨日は好きではなかったのに今日になったら好きになっていた、なんてこともあるだろう。
一緒に過ごしてから次また会える時間の間にどれだけ影響を受けていたかが分かる。
「わ、私はまだ冬樹先輩と一緒にお出かけしたいだけですけどね」
あ、やっぱり……。
意外だったのは二人でセットというわけではなかったことだ。
いまここにいるのは悠里だけ、僕と違ってよそ様の家で一人で行動できるところが強い。
「はは、そうか――それで、真冬は?」
「今日はまだ寝ています」
「はは、これは知生のせいだなあ」
「その話、詳しく教えてください」
さあ、いつものように「なにをしているのお兄ちゃん!」となるのかな?
「おおっ、やるねえお兄ちゃん!」
「知生、正直に言うと少し物足りない反応だ」
「僕もそう思うよ」
「い、いつだって怒るわけじゃないから」
いいことのはずなのにね。
もういまは他人の〇〇よりも自分と冬樹君がどうなるかだけが大事になってしまったのか。
「悠里の中になかったのか?」
「……お兄ちゃんに対しては特になかったですけどね」
「いまの間は答えだろ」
あ、これはいいように使われる流れだ。
「でも、私はもう冬樹先輩のことを……」
「よ、よく知生がいるところで言えるな」
「い、いまのは冬樹先輩がそう言わせたようなものじゃないですか!」
「あ、分かったわ、怒られる対象が俺になったんだなこれ……」
はは、イチャイチャしているなあ。
もっとも、こちらは僕と真冬さんと違ってもうしっかり詰みあがっている状態だから関係が変わるのも時間の問題か。
僕としては今更ながらに昨夜の無表情が響いてきた。
顔を見せてくれないのも失敗をしてしまったからではないかと不安になってしまっている。
なんとか上手く隠して二人の甘々な雰囲気に水をささないようにした。
結局、僕云々と言っていた彼の内からも僕の存在は消え、全く関係ないとばかりに二人で盛り上がっているところを見ることしかできなかった。




