08
「お兄ちゃん、今日って――なにか予定でもあった?」
「あ、ああ、真冬さんに誘われていてね」
「きみ達のデートを見るために集まる約束をしているんだ」なんて言えないし……。
「あ、じゃあ難しいかな……」
「と、とりあえず言ってみてよ」
「あのね、少し離れたところから私達のことを見ていてほしいの。三十分ぐらいだけでもいいから頼めないかな……?」
これは主に僕にとっていいことだった。
「分かった、真冬さんに頼んでみるよ」
「お願いね」
九時に公園で集合になっているから家を出よう。
悠里と冬樹君は十時から遊ぶみたいなのでまだ余裕はある。
「おはようございます、ちゃんと来てくれてよかったです」
「おはよう。それと悠里の方から見ていてほしいと頼んできたんだ、だからちゃんと付き合うよ」
「悠里さんは見られたい願望があるのかしら」
「僕らに見てもらってアドバイスをしてほしいんじゃないかな」
もっとも、そう変わらないだろうけどね。
冬樹君が「どこにいきたい?」と聞いて、悠里はそれに答えていく感じで。
たまに立場が逆転するときがあるから見ていて飽きなさそうだ。
「でも、正直に言ってしまえばあんなのは知生さんをお家から出す口実でしかなかったんですよ」
「え、そ、そうなの?」
だったら普通に誘ってくれた方が……。
元々、なにかしたかったわけだし、その方が積極的に動けた気がする。
「それでも、頼まれて受け入れてしまったのなら仕方がありませんね」
「な、なんかごめん」
「いえ、私が普通にお誘いすればよかった話ですから」
「せめて飲み物ぐらいは買わせてよ」
一人だけ飲むことになると気になるだろうから自分の分も買っておいた。
まだこれでも時間がある、流石に九時に集合は早すぎたか。
ズボンではないものの、彼女が長めのスカートを選んであることは安心できる点だ。
「寒くない?」
「少し寒いです、特に手が冷えていますね」
「カイロなら持っているよ。えっと――あ、はい」
「それよりこの方が無駄にしなくていいかもしれません」
まだ開けていないカイロごと手を握られてドキッとした。
「ふ、普通に温かいみたいだけど……?」
慌ててしまったら負けなのに冷静に対応をすることができない。
しかも、彼女は「そうですか? まあ、相手にとってどうかは動く前に分かりませんからね」と……。
「ぼ、僕をからかって遊ぼうとするのはやめてよ」
「別にからかっていませんが」
「ち、違うところを見ながら言うところが怪しいよ」
「なら、これでいいですか?」
ま、真顔……。
まともに話せるようになるまではずっとこれだったからそのときのことを思い出して別の意味で心臓が跳ねる。
また元に戻ってほしくはない、が、ここからどうすればいいのか……。
「はぁ……早くしてほしいですね」
「悠里も準備が大変だろうからね」
滅茶苦茶お洒落な格好をしていても気になるし、普段通りすぎても気になる。
あるのかどうかは分からないけど、意見を求められたときにちゃんと答えられるのかどうかが怪しい。
なので、「お兄ちゃんに頼む必要はないぐらいには楽しかったよ」となるのが一番だ。
「私は違うと言いたいんですか?」
「そ、そんなことはないよ。ただ、悠里の方はいつもする出かけるという行為とは違うからさ」
「ちなみに、私は顔を洗うことと歯を磨くことをしてきました、あとは少し髪を整えたぐらいですね」
「僕も同じかな」
今日は不安定なところがあるから確かに早く時間が経過してほしいかもしれない。
でも、そういう表との差を出して不安にさせてしまっているかもしれないから頑張って抑えて、話しかけられたら答える程度にしておいたら時間がきた。
悠里はまず瀬口家にいく、その際に必ずこの公園前を通るから追いかけるのは楽だ。
「この前、遊びに来たときの服装とほとんど変わりませんね」
「悠里としてはまだスタートを切っていないのかもしれないね」
「そもそも、悠里さんがそのつもりでもあの兄さんが気づけるかどうか――あ、兄さんが出てきましたよ」
冬樹君の方は……何故か制服だった。
横にいる彼女は額に手を当てて「馬鹿兄さん……」と普段は言わないような言葉を漏らしてしまっている。
「で、でもさ、あれも冬樹君なりに感じとって考えた結果かもしれないよ?」
「それならいいんですけどね」
少し話してから彼らが移動を開始、頼んできた悠里にも邪魔にならないように付いていこう。
「ぎこちない感じは伝わってこないね、楽しそうだ」
「これって知生さんの考えすぎなんじゃないですか?」
「え、でも、頭を撫でてくれているときの顔が好きだって言っていたぐらいだけど」
「それなら私だって慌てたり、必死になっているときの知生さんの顔が好きですけど」
な、なんで休日に言葉で刺されなければならないのか……。
約束がなかったら間違いなく走り去ろうとしているところだ、で、腕をガシッと掴まれて失敗に終わると。
なんか少しぐらいはマシではなくいいところがないものか。
「やっぱり僕って恥ずかしい存在だよね……」
「前にも言いましたよね、ぶすっとしているよりはいいですよ。それに、私は知生さんの顔が好きかもしれません」
〇〇に比べたらマシだという話でしかない。
挙げられた表情、顔がマイナス寄りならそこに大した差はないのだ。
「あ、曖昧な言い方だね?」
「私もいま確かめている状態ですね」
「そ、そう」
あれ、コンビニに寄るみたいだ。
もう少し歩けばスーパーがあるのにもったいない、でも、期間限定のスイーツが食べられたりするから仕方がない面もあるかもしれない?
ああ、イチゴソフトクリームの魅力に負けてしまったのか。
冬樹君は――はは、またチキンを選択したようだ。
「真冬さんも食べたい?」
「外でなにか食べるならああいう物ではなくてちゃんとお腹が満たされる物がいいですね」
うん、これはそう言われる前提だった。
ところで、今日の二人は会話に夢中になっていつもよりも歩行速度がゆっくりだ。
バレないように、それでも見えなくならないように合わせているとそれなりに疲れる。
コンビニはノーカウントとして、最初のお店に着いた頃には既にニ十分ぐらいが経過していた。
約束の三十分まではあと少し、だけどこの様子ならすぐに離れてしまっても問題はなさそうだ。
「あ、サングラスをするのはどうですか? 丁度そこに百円で買えるお店がありますけど」
「今日は晴れているから外でする分にはいいけど、あの二人はこれからもお店に寄るだろうからね」
お店の中で着用していたら怪しさMAXだ。
「はぁ……知生さんってそういうところがありますよね。あのですね、サングラスなんてどうでもいいんですよ、私としてはここから二人だけで離れることができればそれでいいんです」
「あと五分ぐらいで三十分だからそうなったらどこかにいこう」
「今日はその三十分が経過するまでが物凄く長く感じます」
まあ、彼女からしたら無理やり付き合わされているだけだしなあ。
とはいえ、これをやめて二人きりになってもそれはあまり変わらないと。
「知生さんは他の子の心配をしている場合じゃありませんからね」
「心配というかこれは頼まれたからで……」
「それに、最初から二人きりだったとしても合わせようとしかしませんでしたよね?」
「う、うん、僕が自分勝手にいきたいところだけにいくよりはよかったでしょ?」
僕が自分の考えたように好きなところに連れていくなんて今回どうして集まっているのかを考えればありえないと分かることだ。
「たまにはそういう知生さんも見てみたかったですけどね」
「うーん、そんな僕を期待するのはやめた方がいいと思う」
もういいかな。
話し合って、百円で魅力的な商品を買える件の店にいくことに。
「ふふ、サングラスをしていれば動揺しているときでも相手に気づかれないで済むかもしれませんね?」
「な、なんで僕を見ながら言うのか……」
「それは一緒に来ている相手が知生さんだからですよ?」
もうやだ……ずっとこの力関係は変わらないのだ。
あと、反応を見て楽しんでいるわけだからいちいち反応していたら既に負けているのに更に酷い状態になる。
「あれ、怒ってしまいましたか?」
最近もこんなことをぶつけられたなあ。
「こっちを向いてくださいよ」
「……別に怒ってはいないけど……」
「すみませんでした、知生さんの反応が可愛くてつい……」
「ふぅ、真冬さんのいきたいところにいこう」
そのつもりで出てきているのだから話すだけでは目標を達成できない。
なにが本当でなにが冗談なのかは分からないけど……もう少しぐらい……。
「あ、兄さん達が来ました」
「逆に尾行とかされていないよね?」
「少なくとも悠里さんはそんなことに興味はないでしょう、兄さんは……知生さんが大好きなので分かりませんが」
「はは、自意識過剰すぎたか」
この際だからと敢えて近づこうとしてやめた。
そんなことをしたら絶対に悠里に怒られる、せっかく冬樹君と出かけられて気分がいいところに水をさしてはならないから。
「そういうところも可愛いです」
「か、からかうのはやめてよ……」
「ふふ、いまの顔はもっと最高でした」
ああ、デートっぽいものではなければいますぐにでも合流するところなのに。
それで唯一コントロールできる冬樹君に頑張ってもらうのだ。
僕一人では駄目だ、きっとこれから先もここは変わらない。
まあでも、敵が増えているわけではないからその点はいいことだった。
「結局、二人を追ってしまいましたね」
「不穏な空気になることもなく終わってよかったよ」
「私達の方もそうでした」
「でも、真冬さんのいきたいところにはいけていないけどね」
いまからでも付き合うつもりでいたのに「もう帰りましょう」と彼女は終わらせることを選んだ。
ただ、これは仕方がない。
「あ、悠里さんに私のお家にお泊まりしてもらって私が知生さんのお家にお泊まりするのもありですけどね」
「それがしたいことならいいよ」
客間的なところがないからその場合は悠里の部屋で寝てもらうしかない、ちゃんと悠里に許可を貰えて、彼女がそれでも我慢できるのなら構わない。
「えっ、ど、どうしてしまったんですか?」
「だって僕は真冬さんがしたいことに付き合うために出てきているわけだからね」
「……悠里さんに頼まれたからそのついでみたいなものじゃないですか」
「もしそう見えてしまっていたのなら尚更のことだよ。冬樹君に頼んでみる――ちょ、そんなに引っ張らなくても……」
危うくスマホを落としそうになった。
そのまま落として万が一でも割れてしまったら両親に迷惑をかけてしまうからほっとした。
「い、いいですっ、二人きりだと知生さんはどうせなにもしてくれないのでっ」
「じゃあ、また四人でどう?」
「ふぅ、その方がいいですよ、兄さんだって知生さんといたいと思いますから」
流石にもう満足できているだろうから冬樹君の方に連絡してしまうことにした。
そうしたら『付いてきていたのは知っているぞ』と送られてきて苦笑する、そのまま彼らの家の前で集まることになった。
「冬樹――わっ」
「尾行をするならもうちょい上手くやれよな知生、やりづらくて仕方がなかったぜ」
ちゃんと謝っておこう。
「ごめんね? それで……悠里は?」
「中だ、なんか疲れたみたいだったから休むように言った」
「はは、やるね」
彼みたいに自然とできてしまうなら真冬さんの反応ももう少しぐらいは違ったのかなと、積極的に慌てさせたいわけではないけど……なにもなさすぎるとそれはそれで寂しい。
いまはただ『大好きな兄さん』といられていないからからかって遊んできただけだし……。
「知生こそ二人でよくこの時間までいられたな」
「真冬さんのおかげだよ、それで真冬さんの提案でまた泊まらせてもらうことになったよ」
「おう、知生なら大歓迎だ。ただ、悠里はなあ……」
分かっていないわけがないか、だからここは真冬さんの勘違いということになる。
どれだけ上手く隠そうとしても少しは出てしまうものだ、また、たった少しのそれで分かってしまうような鋭い人なら意味がない。
「……やっぱり難しい?」
「そうだな、いきなりそういう対象として意識しろってのは少しな」
「時間が経っても無理そうならちゃんと答えてあげてね」
「おう。寒いから中に入るか」
あ、リビングにはいなかった、横の部屋を開けさせてもらってもいないと。
「兄さんもしかしてお部屋で悠里さんを休ませているの?」
「あ、ああ、一階だと『余計に寒い感じがするので』と言われてな」
「兄さん……」
これは……すぐには変えられないというだけでなしではないのでは……?
兄としては冷えそうになった内側がすぐに戻った、なんなら熱くなって上着を脱いでもいいぐらいの状態になった。
やっぱり彼は最高だ。
「そ、それにさ、少し休む程度なら部屋に通したってなにもおかしくないだろっ?」
「知生さんいきましょう」
「うん」
「あ、おい……」
まあ、これは正直に言うと四人でいられた方が精神的によかったからだ。
僕としては一回だけでも彼女っぽくない反応をしてもらえただけでよかったけど、そんな程度で喜んでいるようではまた自由にやられてしまうからね。
前を歩く彼女の背中を見つつ、今度は上手くやってみせると家で呟いたのだった。




