07
「雨か」
なにがあるというわけではないけど……正直いまは晴れていてほしかった。
「暗い顔をしてどうした、知生にも移ったか?」
「やっぱり晴れの方が好きだなと思ってね」
「まあ、大体の人はそうだろうな、雨だと余計に冷えるからなあ」
結局、あれから悠里とまともに話せていない。
申し訳ないから動いてくれていた真冬さんにやめてもらった。
また普通に話せるようになったら教えられることは教えていこうと思う。
相手にとってなにが大事かなんてそれぞれで違うからね。
「こういうときこそ美味しい食べ物を食べるに尽きるな、ということで放課後に付き合ってくれ」
「最近はとんかつを食べられていないからそれがいいかな」
「かつか、じゃあそれで決まりな」
一応、理由も分かったということで「ごめん」と謝ってある。
あの謝罪がどれだけ今後に効いてくるか、まともに話せていない時点で効果なんかはなかったのか、どうなるのかはもう少し時間が経過してくれないと分からなさそうだ。
「よっしゃ、いくぞ知生」
「うん」
「あー……の前に知生はやらなければいけないことがあるみたいだな?」
真冬さんの隣には悠里がいる。
依然として三人で帰っていた僕らだけど、こうなっているということは確かに彼の言う通りだ。
「しゃーない、真冬と校内散歩でもしておくわ」
「ごめんね」
「気にするなよ」
近づいても逃げることはしなかった、なんならまた腕を掴まれていた。
そのまま歩き出したので抵抗をせずに付いて歩いていると「真冬さんに迷惑をかけちゃった」と悠里が小さい声で言う。
でも、校内は静かだったから聞き逃すことはない。
「お兄ちゃんごめん、叫ぶ前にちゃんと言えばよかったね」
「いや……うん」
二人きりになってからも時間が必要かと思えばこれか。
いやまあ、一番最悪なのがまた叫ばれて走り去られることだから前に進めてくれるのはいいことだけどね。
「なんかあのときは冷静ではいられなくなって……」
「僕もそんなときばかりだよ」
「嘘つき」
「なら、悠里達からすればそういう風に見えているということだよね? 僕の精神的にはありがたいかな」
待たせてしまっているからいこう。
当然のように悠里と真冬さんも参加させられることになって四人でかつが食べられる店へ。
「今回は俺が知生の横な」
「兄さん」
「いいだろ、さっさと座って注文を済ませた方がいい」
シングルかダブルか。
あっさり解決してしまったのもあっていまはそういうパワーでなんとかしたかった。
ダブルでもここでは千ちょっと、とんかつ定食なんて普通は二千円からが当たり前なのでこんなに安い店が近くにあってよかったと思う。
食べられなかったら最悪の場合は彼にあげればいいということでダブルを選択、これで料理が運ばれてくるまではゆっくりしているだけでいい。
「なんだろう、視線を感じるな」
「はは、真冬さんの真似?」
「いやマジでな、俺の正面の方からな」
彼の前の前に座っているのは悠里だ。
そちらを見た際、何故か呆れたような顔をしている真冬さんがいた。
こちらにも聞こえるぐらいの大きさでため息をつき、またメニューに意識を向けている。
「真冬さんとなにかあったの?」
「真冬があんな顔をしているのはいつものことだからな――うぉっ、いままで以上に酷いぞこれはっ」
悠里か……って、こちらは滅茶苦茶怖い顔で見てきている。
彼は僕のせいで巻き込まれてしまっただけだ、あっさりすぎたのは罠だったということになる。
「私と悠里さんはこれね、兄さん注文は任せたわよ」
「ま、真冬、やっぱりこっちに来いよ」
「私は別に構わないわよ」
かつを食べている最中に圧を感じながら食べるよりはいいか。
そもそも、彼は巻き込まれてしまった被害者だからこれは仕方がない。
「はは、お兄ちゃんダブルの方を選ぶなんてらしくないね」
「あ、あれ?」
「うん? なんでそんなに驚いたような顔をしているの?」
だ、だって……うん。
「お、なくなったな」
「いまここにいるほとんどの人達はかつにしか意識がいっていないわ」
「そんなの分からないだろー実は妹が見ていたかもしれないだろ」
「ん-まあ、妹が見ていたというのは本当のことね」
「真冬、なんでそんな遠回しな言い方をするんだ?」
それについてはなにも答えずにまたため息をつくだけだった。
隣の悠里は「早く食べたいね」と言って笑っている。
正直、悠里の笑顔が好きだからここに来てよかったと思った。
「お待たせしました」
「お、きたきた」
きたっ、僕は今日ダブルを食べきってみせる。
安い分、分厚くて量が多いというわけではない物がたかだか二列になっただけなのだ。
もちろん、味についてはこれで十分満足できるから本当に今日は完食するだけでいいのだ。
っと、まずはお味噌汁を飲むところから始めないとなあ。
「今更だけど知生さんがダブルで兄さんはシングルなの? 食べることが大好きな兄さんにしては意外じゃない」
「はっはっは、俺は帰ってからも作って食べるつもりだからな、そこが知生とは違う」
「普通、これだけ食べれば十分でしょう? まだ食べようとしているのなら呆れるわ」
ま、まあ、そこまでは真似できないけど、これを完食するだけなら……。
途中途中でしっかりキャベツも食べて、リセットしてはかつに挑んでいく。
「お兄ちゃんご飯食べて」
「うぇっ!?」
「だって今日はお腹が空いているんでしょ?」
「わ、分かったよ」
くぅ、一気に完食までの道のりが遠くなった気がする。
だってここに注いでくれた水、更に味噌汁があるのに……。
「なるほどな」
「兄さん?」
「今度は知生がおかしくなってしまったってわけだ、だから普段は頼まないような物を頼んでしまったってことだな。で、いまは必死になんとかしようとしている最中だけど、ありゃきっと全てを食べ終える前に負けるぞ」
お、おかしくなってしまったわけではないけどね。
標準の物を二個頼んだときの値段を気にして、それなら少し安い値段で二倍の量になるその内容に負けてしまっただけで。
つまり、意地汚いところが出てしまっただけだった。
とにかく、頼んでおきながら誰かにあげるなんてするべきではないことなので必死に食べよう。
「うぷ……な、なんとか食べられたよ……」
「やるな、今度もっと食べられる店にいこうぜ」
「こ、今度ね」
まとめて会計をしてくれるみたいだったので彼にお金を渡して店から出る。
そういえばあれか、雨もやんでいたか。
傘を持ってきていないから助かった、いやもう本当に今更すぎるとしてもだ。
「ま、今日は悠里と仲直りもできたし、家に帰ってゆっくり話せよ」
「ありがとう」
彼の家に寄らせてもらえるような状態ではなかった。
すぐに帰って足を伸ばしたい、寝転ぶのは内側に悪影響が出るからできないとしてもそれだけで楽になる。
「休んでいいから一緒のところにいたい」
「うん、寝ることもできないから話し相手になってくれるとありがたいよ」
自然と二人きりになりたくてしていたとかではないけど、少し大袈裟すぎたか。
一つ深呼吸をすればなんてことはない、うん、少し動きたくないぐあいで吐きそうになっているわけではないからほとんど変わらない。
「冬樹先輩は誰に見られていたんだろうね?」
「それは悠里だね」
「えっ、私!? あ、まあ、一回も見ていないと言ったら嘘になるけど……」
えぇ、無自覚だったのか。
なら、自然と出てしまうぐらいには僕が駄目なことをしていたと。
別に悠里の前で真冬さんとばかり話していたわけでもないし、冬樹君とばかり話していたわけでもない。
「あ、もしかして真冬さんのことを名前で呼んでほしくなかったの?」
「べ、別にそんなことないけど!?」
これは答えだ。
「きゅ、急に変なことを言ってくるものだから大声を出しちゃったじゃん!」
「悠里の前でだけではやめればいい?」
「……でも、真冬さんと二人きりのときは名前で呼ぶってことでしょ?」
「多分、いまから名字呼びに戻したら真冬さんは……」
からかってくるかな、それとも怖い顔をしてくるのかな。
またため息をついて今度こそ話せなくなるかもしれない。
ゼロになるのは嫌だ。
「ぷふ、そんなに真剣な顔で黙られるとは思っていなかったんだけど!」
「もしかして僕、試されていたとか?」
「や、お兄ちゃんで遊びたかったわけじゃないんだよ?」
これは答えだ(笑)みたいなことを考えていた自分が恥ずかしい。
「いやもう本当にごめん」
「そ、それ以上はいいよ」
あっさり終わってしまったのは悠里的にはあくまで遊びだったからか。
となると、かなりの演技派ということになる。
「あと、相談したいことがあるんだけど……いい?」
「うん」
「冬樹先輩とその……遊びにいきたくて」
「いいね、喜んでくれるよ」
「あれ、これはアレじゃない?」と真似したくなったのを我慢した。
少し早口で「そ、そうかな? 自分のせいだけど……お兄ちゃんといられていないときに一緒にいてくれてね、まあ……」と重ねてきた。
「あとあの人、急に頭を撫でてくるからさっ」
「でも、真冬さんにしているところはあんまり見たことがないよね」
「そうそうっ、なのにお兄ちゃんもよくされていたよね」
「僕としては褒められているみたいで嬉しかったけどね」
ああいう行為は頑張ろうという気持ちになれる。
異性だからあまりできないものの、悠里が頑張ったときには同じようにしたかった。
「実際、そういうときばかりじゃなかった?」
「そうかも」
最初は照れ隠しのためかと考えていたけどね。
「それで、さ……あのときの顔がその……」
「格好良かった?」
「ひ、否定はしないけどっ、優しい顔で……好きだなって」
「おお!」
「い、いまはまだ一緒に遊びにいきたいだけだけどね!」
これは一気に変わっていきそうだ。
大事なところで素直になれない同士だから大変かもしれないけど、やっぱり一緒にいたいなら素直にぶつけていくしかなかった。
「兄さんって鈍感ですよね」
「んー気づかないふりをしているだけじゃないかな?」
みんながいるところでは出さないようにする、そうしてくれれば僕らもそこにいやすくなる。
「ただ、私はてっきり知生さんのことが好きなのかと思っていたんですけどね、まさかこうなるとは……」
「真冬さん名前呼び事件では僕も信じそうになったけどね」
「なんであんな変なことをしたんでしょうね」
「でも、真冬さんや冬樹君が悠里と話してくれたからこそだから、僕としては兄妹に感謝の気持ちしかないよ」
冬樹君とのそれが上手くいってくれたらもっといい。
「それならなにかしてください」
「えっ、あ、うん、僕にできることならするよ」
「そうですね、それなら私達も二人きりでどこかにいきましょうか」
「どこにいきたい?」
「特にいきたいところはないですね」
な、なんだそりゃ……あ、これも試されているとか?
合わせるばかりではなくて自分から出していけよと言いたいのかもしれない。
「冗談ですよ。私、兄さんと悠里さんのデートを見たいのでそれに付き合ってください」
「え、尾行とかいいのかな……?」
「だってそうでもなければ兄さんも悠里さんも教えてくれませんよ」
というか、やっぱり彼女の中には冬樹君への気持ちがあるのかな。
単に見てみたいからとかならいいけど、そうでもないなら得なことはないからやめておいた方がいいと思う。
「今週の土曜日にいくみたいです、なので付き合ってくださいね?」
「でも――わ、分かったよ」
「はい」
一人で見にいったらいいのに、とは言えないよなあ。
そんなことを言おうものならガシッと腕を掴まれて壁際に追い詰められる。
「そんなにびくびくしないでください、知生さんに酷いことをしたりはしませんよ」
「あのさ、冬樹君が悠里と仲良くしているところを見ても……気にならない?」
「全く気になりませんよ、私だって兄さんに好きな人といてほしいと思っていますからね」
「そっか、なら一時間ぐらいは……」
「少し見られればそれでいいですからね」
狩られてしまわないように気を付けよう。
というわけで、色々な意味でそわそわする時間が始まった。




