06
「はい――あ、瀬口さんっ」
しまった、これだと変人にしか見えない。
もっと普通に対応しないとな、相手は冬樹君でもないんだし。
「兄さんはまだ寝ているので付いてきていません」
「はは、大丈夫だよ」
連日どこかにいっていたなら疲れも溜まっているだろう、なんなら彼女だって休んだ方がいい。
「ふふ、私を独占できるからですか?」
「あー……あ、悠里もほら、会いたがっていたから」
「はぁ……先輩はそういう人ですよね……」
め、滅茶苦茶嫌そうな顔ぉ……。
と、とりあえず上がってもらって飲み物を出しておいた。
「あれ、お部屋に戻れたんですか?」
「あ、そうなんだよ、悠里が戻ってきてほしいと言ってくれてね」
「悠里さんがきっかけだったのにまた面白いことを言いますね」
「まあほら、僕が一人で勝手に考えて行動に移した結果だから」
悠里を呼ぶために移動しようとしたときにガシッと腕を掴まれてしまった。
ある程度は分かってしまうのか「いまは先輩と二人きりがいいです」とまたからかってくる彼女がいる。
「向こうにいるときずっと先輩に会いたかったんですよ」
「歩いた結果どうだった?」
「結局すぐにやめました、なにも知らない土地というわけではないですからね」
まあ、毎日歩くというのは現実的ではないか。
「そうだ、先輩達にお土産を買ってきたんです――どうぞ」
「わあ、ありがとうっ」
数もあるから争いにはならなさそうだ。
仮に数がなかったら自分が我慢をすればいいだけだから元々平和に終わることには変わらないけど。
「ふふ、先輩ってたまに小さな子どもみたいな感じになりますよね――あ、馬鹿にしているわけではありませんからね? 私としては可愛いと感じているぐらいなので」
「それだとなんか恥ずかしい存在じゃない?」
「ぶすっとしているよりはいいですよ、兄さんもそういうところを気に入っているんだと思います」
柔らかい態度で相手をしてくれる兄妹がもっと来てくれるようにこちらも気を付けないといけない。
「あーお兄ちゃん真冬さんが来ているならちゃんと言ってよ、それとも独占したかったから呼んでくれなかったの?」
「僕はいこ――ごめん」
別に攻撃されたわけでもないのに変なことをしてしまった。
彼女が隣にいるだけでこの効果だ、実際に触れられたりしていたらどうなっていたか――は腕を掴まれたときにもう知ることができていたか……。
「もー真冬さんも来るのが遅いよ、もう四日だよ?」
「元々そういう話だったじゃない」
「寂しかった!」
そうそう、こうしてまた一緒に過ごせるようになったのはいいとしてももう四日だ。
つまり、冬休みがもうすぐ終わってしまうということで。
「先輩にもあなたと同じぐらい素直になってもらいたいわね、先輩なんて……思い出したら悲しくなってきたわ」
「な、なにをされたの?」
「それはあなたの兄さんに直接聞いてちょうだい……」
あ、やばい、悠里のスイッチが入ってしまった。
こういうときに逃げようとしても捕まるだけなので正直に吐いておく。
すると「なんだそんなことか」と警戒を解いてくれたようだった。
「真冬さん、お兄ちゃんにその気があっても『そうだよ』なんて言えるわけがないでしょ? まだまだお兄ちゃん理解度は低いみたいだね」
彼女からしたらそんな情報を知ることができても一ミリも役に立たないから知らないままでいいと思う。
「流石にあなた程は先輩のことは知らないわ、でも、初めて話したときから少しずつ先輩のことを知って一緒にいたいという気持ちが強くなってきたの」
う、うーん……。
だって彼女が参加してきたのは途中からだし、何度も言うように最近まではほとんど話せていなかったから本当のことだとは……。
「だ、だから毎回お昼のときに参加していたの?」
「それもあるし、兄さんが先輩に変なことをしないかどうかを確かめるためね」
変なことをするどころかおかずをくれたり、「なにか困っていることはないか?」と聞いてきてくれる男の子だった。
僕が「〇〇で困っているんだ」と吐けばまるで自分のことのように一緒にどうすればいいのかを考えてくれる子だ。
「わ、私としては冬樹先輩のことをそういう風に……みたいな感じかと思ったけど」
「私と兄さんは血の繋がった兄妹なのよ?」
「で、でも、好きになっちゃったらどうしようもないというか……?」
「人としては好きだけどそういう意味で好きということはないわね」
「そ、そうですか」
こっちの腕をぐいっと引っ張り、強制的に立つことになったところで僕の背中に悠里は張り付いた。
想像《妄想》することはあってもそれをぶつけることはしないからよくしたなと。
「でも、他の子が家族をそういう風に見てしまっていても気持ちが悪いとは思わないわ」
「うん、私もそうだよ」
「当人同士がそれで納得しているのならそっとしておくべきよね」
「うん」
やっぱり瀬口さんは大人だなあ。
「だからほら、先輩の後ろに隠れていないで出てきてちょうだい」
「変なこと聞いちゃってごめん」
「気にしなくていいのよ」
後で送るついでに冬樹君に会いにいこう。
学校が始まるまで我慢するのは無理だった。
「おらあ!」
「わっ、ど、どうしたの?」
出てくるなりいきなりこれだった。
「いや土産をな」
「あれ、瀬口さんから貰ったよ?」
「あれは真冬が買った分で、こっちは俺が買った分だ」
「あ、ありがとう」
僕らは旅行なんかしないからこういうことで返すことはできないのにい、いいのかこんなに貰ってしまって。
「ご両親の好みとかは知らないからこれは悠里とだけで食べてくれ」
「分かった」
「もう帰ったりしないよな? 上がっていってくれよ」
「うん、上がらせてもらうね」
一月になってからより寒くなってしまったからありがたい。
リビングには彼らのお母さんがいるみたいだったので挨拶をしてから彼の部屋へ。
「美味しい物は沢山食べられた?」
「おう。でも、こうして時間が経てばすぐに食べたくなるものだよな」
「はは、あるある」
もうアイスはいいや……と考えた翌日に食べたくなっている自分がいたりする。
ただまあ、流石にそのまま欲望に流されて食べたりは――誘われない限りはしないけど……うん、そういうことの繰り返しだ。
「と言うけど、知生はあんまり食べないだろ?」
「んーご飯を作っているときにつまみ食いとかしちゃうけどね」
「ちゃんと我慢して、ちゃんとしたときにいっぱい食べないとな」
「冬樹君の言う通りだよ」
食べることが好きな悠里だって味見ぐらいでそんなことはしないのにね。
兄としていいことをできたことがほとんどない、情けない。
「瀬口さんは――」
「真冬でいいだろ」
「真冬さんはどうだった?」
「本人に聞けばいい――と言いたいところだけど知生が相手のときはあんまり言わなそうだしな。いつもは積極的に人といるのに歩きにいったのも初日だけでそれ以外は退屈そうにしていたよ」
なら嘘というわけではなかったのか――あ、いや、僕に会いたかった云々は違うだろうけど……。
「兄さん入るわよ」
「休むんじゃなかったのか?」
「兄さんは先輩に聞かれるとなんでも答えてしまうし、根掘り葉掘り聞かれたら恥ずかしいからよ」
そ、そこまで聞くつもりはなかった。
ただ、冬樹君目線での真冬さんはどうだったのかを知りたかっただけだ。
「というか、一人で勝手にいくなよな」
「ふふ、会いたかったんだから仕方がないじゃない。先輩も――知生さんも私のことを知りたいなら私に直接聞いてください」
「うん」
あれ、今度は不満そうな顔だ。
彼を見ても特になにかを言ってくれたりはしなかった。
少し考える、彼女がここで名前呼びに変えた理由は……そうか。
「はぁ……」
「あ、わ、分かったよ真冬さん」
「はい、ちゃんと分かってもらえてよかったです」
そのままいるかと思えば出ていってしまうと。
「いまのがしたかっただけなのかね、最初と比べればかなりの進歩だな」
「なにがよかったんだろう」
「というか、あんなことをされたの知生だけだぞ。はは、これは怪しいな?」
「それって僕だけ警戒されていたということで喜べないことだと思う」
「まあまあ、最初が微妙だったからこそよくなることだってあるってことだ」
そうかなあ。
過去、言葉選びに失敗して微妙になってしまった子とはそのままだったけど。
あのときはちゃんとどうにかしようと動き回っていたのに駄目だった。
悠里に協力してもらったときはそれが逆効果になってしまってより酷くなってしまったぐらい。
とはいえ、誰かを頼ることは大事なことだ。
「僕にできることならしてあげたいから冬樹君もそうだけど真冬さんにもちゃんと話してもらいたいな」
「その調子だ! 瀬口兄妹を攻略しろ!」
「はは、それを冬樹君が言うの?」
「そりゃそうだ、何故なら俺だけ放置されるとか我慢ならないからな」
こういう顔を所謂ドヤ顔と言うのだろうか?
「俺としては真冬と知生が付き合ってくれたら嬉しいけどな」
「もっと仲良くならないとね」
「まあ、攻略するのは前提での話だよ」
どうなっていくのか。
まあ、どうなっても僕からしたらマイナスなことはない。
「ふふふ、これからはより積極的な知生さんが見られるかもしれませんね?」
「わっ、い、いたの?」
「実は防音性能がよくないんです、なので気を付けてくださいね?」
も、もうこうなってしまうぐらいならいてほしいけど……。
「今日の真冬はおかしいな」
「あれならここにいてもらった方が精神的にいいよ」
悠里にすぐ帰ると言ってあったし、今日は僕のご飯当番の日だからもう帰ろうか。
「また学校でな」
「うん――あ、お土産ありがとね」
「おう」
出ていく間際、扉を開けたらすぐのところに真冬さんが立っていて尻もちをつきそうになった。
そうしたら「その反応は傷つきます」と言われたうえに本当に悲しそうな顔をしていたのでごめんと謝って瀬口家をあとにしたのだった。
「おはようさん、今日は悠里もいるのか」
「おはよう、そうなんだよね」
珍しく「一緒に登校しようよ」と言ってくれた。
でも、この前会えた真冬さんはともかく彼には会えていなかったからだと思う。
こういうときに素直に信じてあげられないのがアレだけど……そういうところだけははっきりしてきた女の子だからどうしてもね。
「真冬さんがいないのはなんでですか」
「起きたらもう家にいなかったんだ、学校にいけば会えるだろうからいこうぜ」
「それはいきますけど……」
真冬さんに会いたかったのかな?
少し暗い顔をしているうえに服の裾を掴まれている状態だった。
いちいち振り向かなくてもそこにいてくれていると分かるから安心できる。
「お、真冬さんいたね、悠里いってきなよ」
「……いい」
「真冬がいなかったからとかじゃなかったんだな。でも、知生と一緒に登校してきたから知生となにかあったわけでもないだろうし……」
「久しぶりの学校だからかな?」
「それかっ、だって俺も面倒くさいと感じているぐらいだからな!」
んー僕も正直に言えばそうかもしれない。
それでも、今日は午前中で終わるからマシか。
少しずつ戻していいかないと、三月になれば三年生になるからね。
「冬樹先輩付き合ってください」
「おう」
「お兄ちゃんはどこかにいかずに待ってて」
「分かった」
廊下の壁に背を預けて待っていると「もしかして私に用があったのに勇気が出なくて待っていました?」と真冬さんがやって来た。
「悠里が暗い顔をしていたから真冬さんに会いたいのかと思ってね」
「でも、違ったようですね?」
「そうみたい」
別に見えないところに移動しているわけではないから少し離れたところで話している二人を見ることができる。
こうして真冬さんが隣まで来ても変わらな――あ、いやこっちに戻ってきた。
「真冬、付き合ってくれ」
「ええ」
今度は瀬口兄妹が離れると。
「……なんで言ってくれなかったの」
「えっ?」
「なんで真冬さんのこと名前で呼び始めたのに言ってくれなかったのっ」
そ、それで暗い顔をしていたのか……。
四日は「瀬口兄妹と過ごしていたら遅くなっちゃったよ」としか言わなかったうえにそれからは真冬さんのことを出してはいなかった。
悠里があの子の話をしても少し反応するぐらいだったからか……。
「もしかして誘ってくれなかったのは私がいると不都合だったから?」
「ち、違うよ、僕が冬樹君と話したかったから真冬さんを送っていけば自然と会えると――」
「お兄ちゃんの馬鹿!」
ああっ、目の前に悠里達の教室があるのに走っていってしまった!
「あの子はもしかして……」
「ん? なんだ?」
「いえ。知生さん、悠里さんのことは任せてください」
やっぱり僕と真冬さんが~みたいなのはないな。
だってこういうことが多すぎる、年上である僕の方が助けられてしまっているから。
「ごめんね、お願いね」
「大丈夫ですよ」
ここにいると戻りづらいだろうから僕達も教室にいこう。
「んー俺が悠里の兄ちゃんだったとして、友達の真冬の名前を呼び始めたからってそのことをいちいち言わないと思うけどな」
「でも、悠里的には大事だったということだよね」」
「え、真冬のことをそういう目で見ていたのは悠里ってことか?」
「どうだろう。でも、相手が真冬さんだからなのはそうだね」
前もこんな話をしたな。
そういうのがあってもなくても悠里本人に積極的に動いてもらうしかない。
「ま、難しい年頃なんだよ。だからあんまり気にしないようにな」
「うん、大丈夫だよ」
でも、悠里が嫌がるなら少しぐらいは……。
せっかく仲良くなれそうなところであれだけど悠里にストレスを溜めてもらいたくない。
というか、兄が理由でそうなっていたら不味いだろう。
ただ、真冬さんが頑張ってくれてそんなことをしなくて済むのが一番であることには変わらない。
なので、いまは待つだけだった。




