04
今日はやたらとお腹が空く、まだ昼休みまで三時間ぐらいあるのにこれでは困る。
かといって、なにか食べられる物を持っているわけではないから我慢するしかない。
いまばかりは肉食獣の気持ちがよく分かる気がした。
「なんか今日は落ち着かなさそうだな」
「朝ご飯を食べてきたのにお腹が減っちゃってね」
「授業中に早弁なんて実際は無理だから我慢するしかないな」
「うん、頑張るよ」
これが休日で家にいられている状態だったのなら昼寝をすることでなんとかするけど……それもできないのが辛い。
放課後になったらしたいことを考えることでなんとかするか。
そうだなあ、今日はすぐに帰らないで残っていくのもありだ。
それでも、教室に残ったりはせずに改めて色々なところを見て回るのがいいと思う。
反対側の校舎なんかにはほとんどいかないから一人でゆっくり歩いてみよう。
いい場所を見つけたらその情報を彼に共有する、そうすれば自然と瀬口さんにも伝わっていくのが楽でいい。
そんなことを休み時間が来る度に繰り返していたら寧ろそっちの欲求が大きくなって食事をしても特に感動はしなかった。
「どこかにいくのか?」
「うん、少し校内散歩がしたくてね」
立ち上がっただけでこれは面白い。
「だったら俺もいく」
「私はここで待っているわ」
最初から荷物はここに置いていくつもりだったから戻る理由が増えてよかった。
「移動教室でぐらいしかこっちには来ないよな」
「うん、だからゆっくり見てみたかったんだ」
「でも、暗いだけだぞ?」
「確かに、これなら積極的にいく必要はなさそうだね」
一階は微妙だ、移動教室でいくなら図書室に用があるときぐらいか。
でも、その図書室もろくに利用したことがないからこれから先のことが容易に想像できた。
「ただ、特定の相手とこそこそしたい場合には有効だな、無駄に広い空間があるからそこにいれば秘密基地感も出る」
「秘密基地かあ、昔はよくそういうところを探していたよ」
意外と悠里も付き合ってくれてあの頃は本当に楽しかった。
とはいえ、半年もしない内に自然といくことがなくなって、悠里も他の子と遊ぶことが多くなったから本当に少しの間だけの話だ。
「俺的には木があってほしいな。まあ、その木に登って落ちてからはいっていないんだけど」
「え、大丈夫だったの?」
「おう、奇跡的に骨折とかはしなかったぞ、普通に痛かったけどな」
「それならよかった」
戻ろうか。
空き教室に戻ると瀬口さんと楽しそうに話している悠里がいた。
「もうこうなったら悠里も参加すればいいんじゃないか? というか、頑なに参加しないのはなんでだよ?」
「私にだって一緒に過ごしたい子達がいるからです」
もっとも、これまでは昼休みに来ること自体がなかったからこれは大きな変化だ、まだ十五分もある状態なら尚更そういうことになる。
「真冬、誘ってみてくれ」
「ふふ、無理やり参加させるようなことでもないでしょう? 参加したくなったときだけでいいのよ。もっとも、兄さんが『どうしても』と言うのならもっと頑張った方がいいと思うけどね」
「いや別にそこまでじゃないし……」
「男の子版のツンデレかなにかかしら?」
はは、ここは瀬口さんの方が上手だったようだ。
悠里はそんな彼に近づき、肩に手を置いてから「気にする必要はないですよ」と言った。
「知生頼んだ!」
「お兄ちゃんに頼まれても変えませんよ」
僕も動くつもりはない。
仮に嫌でも家で顔を合わせなければならないのだから学校でぐらいはそうではない時間を作ってあげなければならないからだ。
「なあ知生、悠里は可愛げがなくなってしまったよな……」
「余計なお世話です。いつでも合わせてくれているからって真冬さんみたいにするのが当たり前みたいな思考でいたら駄目です」
「そ、それならもう戻ったらどうだ?」
あ、それは駄目な選択だ。
「それも嫌です、だって私は真冬さんと話したくてここまで来ていますからね」
「じゃ、じゃあ、真冬がいなかったら来ていないと……?」
「まあ、そうなんじゃないですか?」
「ぐはあ!?」
悠里が相手なら素直に真っすぐにぶつかるしかない、そうでもなければいまみたいに全てを弾かれて終わってしまう。
一回ぐらいの失敗で彼は諦めないと考えた僕だけど、流石にそこに数回数字が重ねられれば折れてしまいそうな気がした。
「真冬さんを返してください」
「ま……真冬」
「そうね、悠里さんが一緒に過ごしたいのなら合わせるわ」
「知生、俺はもう駄目だ……」
友達を優先したい気持ちはみんな変わらない。
だから誰が悪いという話ではなくて、それがまたやりづらいのかもしれない。
最初よりも縮んでしまった感じがする彼とゆっくり戻るしかなかった。
「なんてな、悠里がああして過ごすのは分かっていたことだからな」
「あ、それなら無理やりああいう形にしたかったの?」
「そうだ」
ああ、僕も含めてやられてしまったということか。
「頼んでもないのに真冬がこっちばかりを優先して困っていたんだよな、だから真冬本人から悠里と過ごすと言ってくれてよかったぜ」
「でも、それだと僕と二人だけになってしまうけど」
「最初はそうだっただろ、だから戻るだけだよ」
あ、また頭に手を置いて笑っている、これは落ち着くからしているのかもしれない。
「ま、それはあくまでお兄ちゃん目線での話だ。もし、知生が真冬に興味を持っていたとしたら、悪い」
「仲良くはしたいけど僕も同じだよ、一緒に過ごしたい人と過ごしてほしい」
「はは、そうか」
瀬口さんの方も彼がどうしたがっていたかを分かっていてあの選択をしていそうだ。
時間が経過した後に「実は分かっていたのよ」的なことを言い出して、彼が「マジか」と反応しそう。
「でも、本当は冬樹君と過ごしたいとかないのかな」
「ま、まあ、強制したわけじゃないからな」
「ちゃんと教えてくれるといいけど」
僕に、ではなくていいからなるべく隠そうとしないでほしい。
「帰ろうか」
「おう――腹減った……」
今日は僕の番で、数回任せてしまったから外食には付き合えない。
でも、コンビニで売っているようなホットスナックぐらいなら大丈夫だ。
彼も「チキンでも買うわ」と不満はないようだからコンビニに向かう。
「このコンビニのチキンが一番好きだな」
「どこのコンビニでもポテトも美味しいからいいね」
「一本くれ」
「いいよ」
一人で食べるよりも半分ほど分けるぐらいがいい。
「ありがとう、もう帰るね」
「おう、またな」
帰ってご飯でも作ろう。
既に家にいる場合は悠里を不安にさせないためにも大事だ。
「ただいま」
どうやらリビングにはいないみたい。
癖で二階に上がろうとしてはっとしてやめた、僕の部屋はリビングだ。
制服から着替えて手洗いをして、食材や調理器具を出して作り始めていく。
「お兄ちゃん帰っていたんだ」
「うん、いまね」
こちらはまだ制服のままだ、それこそ帰ってきたばかりなのだろうか?
「私、嫌われていないかな?」
「また急だね、昼間の対応を気にしているの?」
「……でも、私だって他の子を優先したいときだってあるんだよ」
「うん、それでいいんだよ」
いくら格好良くても友達以上の関係でもない限り「俺を優先しろよ」なんて頼んでいたら引く、だから冬樹君がああいう人で本当によかった。
「一応聞いておくけど……お兄ちゃんとしては?」
「んー悠里が僕らと過ごしたくて来てくれているなら大歓迎だよ」
「そっか。じゃあ、毎回とはいかないけど……うん、そうすれば瀬口先輩も喜ぶよね?」
「うん、悠里といられているときは楽しそうだからね」
「あとは……名前で呼ぶかな」
「それも喜んでくれると思うよ」
あとは瀬口さん次第か。
悠里が参加するようになればまた同じ形に戻っていきそうだけど。
結局、側にいてくれることに冬樹君なら安心してしまいそうだ。
「できたら先に食べる?」
「ううん、二人が帰ってきてから食べる。それまではここでお兄ちゃんとお喋りでもしておくよ」
なんかこんな普通のことが嬉しかった。
これは間違いなくこの前のことが影響している。
なんだかんだで学校でもいられているし、そこまででもないのかも……? なんて甘い自分が内で囁く。
家族とぐらいは仲がいいままでいたいからね、できればこのまま続けていきたい。
「友達が好きな男の子ができたという話をしてきてね」
「相談を持ち掛けられたりしたの?」
「うん、それこそお昼休みに『どうしたらいいかな?』って。でも、未経験の私に聞かれても困るし、逃げてきちゃった」
そういうとき、自分の中である程度答えが決まっていても聞きたくなるものなのかもしれない。
好きな子ができたならとにかくいくしかない、と分かっていてもね。
「その点、真冬さんといられているときは落ち着くよ。だってあの子、冬樹先輩以外の男の子と一緒にいないからね」
「そうなんだ?」
「あ、ごめん違った、お兄ちゃんとは過ごしていたよ」
みんなに話しかけられて談笑していそうだったのに違うみたいだ。
しかも、少し前までの僕といるときの状態を維持しているらしい。
対同性の場合は気さくに相手をしているわけで、その差を前に動けるのかどうかは男の子次第、ということになる。
「あれ、これってアレ、じゃない?」
「変な勘違いをしないように。大体、僕なんて最近までろくに話せていなかったんだよ?」
「はは、誰も真冬さんがお兄ちゃんに興味を持っているなんて言っていないけど」
「意地が悪いよ」
「はは、ごめんごめん」
自分と誰かで想像してほしいところだ――とは僕も自由に考えるから言えないか。
「まだ時間もあるし、私のお部屋に来てよ」
「どうなったのかを見ようかな」
「うん」
おお、これは……ほとんど差がないな。
まだどこかで引っかかっているのかもしれない。
「もっと広く使えばいいのに」
「置いてみようと思って動こうとしたんだけど、意外と少なくてね」
「無理やり戻ろうとはしないから安心して置いてね」
「うーん、それどころか戻ってきてほしいかもしれない」
すぐにこうなるとは……。
ここでは寧ろ「戻らせてあげないからね」ぐらいでよかったのに。
そもそも、間は常に閉じてあったから隣に僕がいようと関係ないのに。
「た、試されているのかな?」
「ううん、広くなっても意味はなかったというか……寂しいんだよ。だからお願い、戻ってきてよお兄ちゃん」
ま、まあ、ここにローテーブルがあるし、言われなかっただけで家族も狭そうにしていたから戻った方がいいか。
構ってちゃんみたいになってしまったけど、こうして求めてくれているのならまだマシだ。
「ここ、しばらくの間は開けたままでいい?」
「悠里が大丈夫ならいいよ」
「うん、これで寂しくないよ」
いつでも出られるようにしておこう。
いまは冷静ではないだけかもしれないし、その方が精神的によかった。
「お兄ちゃんテストのお勉強をしようよ」
「うん、リビング《ここ》でいい?」
「場所なんかに拘っている場合じゃないからね」
実は集中できなくてここでのんびりしていた結果がこれだった。
今日も駄目みたいだ、最近はお腹が異様に減ったりと忙しい。
「今日はお兄ちゃんの隣でやる」
「悠里、ちゃんと見ていてね」
「ん? うん」
頑張ろう。
一時間集中できたらご褒美になにかを自分に買う、ついでに付き合ってくれた悠里にもなにかを買う。
今日は休みでまだまだ時間があるからなにかを買ったついでに瀬口家へといってもいいかもしれない。
微妙な集中力なだけに「頑張ったな」と冬樹君に褒めてもらいたかった。
「はぁ……」
隣の悠里はカキカキと真剣にやっているのにたかだか五分ぐらいでこれとは……。
もう既に飲み物に逃げていた状態だったのにで違うところを見ることぐらいしかできないのが苦しい。
もうこれで目標タイムも達成できなくなったようなものなので、その事実が更にやる気を削った。
「「駄目だあ……え?」」
ほとんど同タイミングで後ろに寝転がってついつい見てしまった。
そのまま見続けていると「どうしてもやる気が出なかったからお兄ちゃんとやればなんとかなると思っていたんだけど……駄目だったよ」と教えてくれた。
「雨が降っていてどよんとしているわけでもないし、いい天気で温かいぐらいなのに今日は駄目なんだよ」
「僕もそうなんだ」
「こ、こんなことをしていても嫌になるだけだよね? だったらどこかにいかない?」
「少し歩いてみようか」
「いく!」
特にいきたいところも、欲しい物があるなんてことはなくても確かに悠里の言う通りだ。
このままだと勉強自体が嫌いになる、そうしたら次のテストは悲惨なものになるので離れた方がいい。
「あ、あれー偶然瀬口家の近くに来ちゃったよー」
「もしかして瀬口兄妹といられなくて落ち着かなかったとか? だったら最初から誘っておけばよかったね」
「で、でも、最近のお休みは結構一緒に過ごしているから連続で誘うわけにもいかないし……」
「なら、チャイムを鳴らすのはやめる?」
「鳴らす!」
悠里が勢いおくボタンを押してから数秒後、ガチャと扉が開けられた。
出てくれたのは瀬口さんで「来てくれたのね」と、悠里は一番の本命とすぐに会えたからなのか「真冬さん!」と感情を爆発させていた。
「先輩、なにかあったんですか?」
「お互いに勉強に集中できなくてね」
「ああ……そのことなら兄さんも同じですよ、五分ぐらいでやめて床に寝転んでぶつぶつ言っていますから」
はは、早めに集まるようにしていても変わらなかったかな?
しかし、瀬口さん以外がみんなこうなるとは……。
「冬樹先輩こんにちは!」
「おー…………お? い、いま、名前で呼んでいなかったか?」
突っ伏すことをやめてバッと悠里の方を向く冬樹君。
「まあ、はい」
「おおっ、やる気がみなぎってっ――こない……」
それでも、やる気を回復させるまでには至らなかったようだ。
「ちゃんとやっとけば後の自分が苦労はしないぞ」と言い続けてきた彼がこれだ、重症と言える。
「もう今日はやめませんか……?」
「そうだな、こんな状態でしようとしても非効率だからな」
「お菓子と飲み物でも持ってくるわ」
「おーう、頼む」
ここを乗り越えればクリスマス、つまりすぐに冬休みになる。
みんなで集まってクリスマスパーティ! なんてレベルではないけど、それでも楽しい時間が待っているわけで。
ここで先延ばしにして赤点なんてことになったら楽しめない。
「いや、お菓子を食べつつでもいいからみんなで頑張ろう」
「知生……じゃ、頑張ったらなにかご褒美をくれ」
「僕が頭を撫でてあげるよ」
「……なにもないよりはマシか、悠里も頼むぞ」
そうか、ここなら一人だけ余裕でできる瀬口さんが見てくれていることになるか。
やめそうになったら言葉で刺してほしい、軽くなら背中を叩くとかでもいい。
「冬樹先輩はなにをしてくれるんですか?」
「二人にご飯を作ってやるぞ」
「少しは頑張れるかもしれません」
頑張ったら彼の手作りご飯、うん、なんとかやれそうだ。
「やるか」
「うん」「はい」
今回も隣は悠里だった。
悠里にも手が止まっていたら攻撃してもいいと許可を出して始めたのだった。




