02
みんなに迷惑をかけたくなくて必死にやった結果、体育の時間に虫みたいにひっくり返ることになった。
いやでも、ボールを蹴ろうとして見事に空振りしてそのまま……なんてあるんだなあ。
冬は風が強いこともあって青く澄んでいる空であることが多い。
これを五秒近くこうして見られたのはよかった? のかもしれない。
「はは、ボールに当たっていたらすごい威力だったろうな」
「みんなすごいよ」
なんたって足でドリブルしながら前に進めるんだからね。
「悠里がいるところじゃなくてよかったな、真冬は――あ、いまのなら笑って話しかけてくれたかもしれないな」
「は、恥ずかしいからいなくてよかったよ」
教室に戻るか。
すっ転んでも怪我をしたわけではなかったのであくまでいつも通りだった。
制服に着替えられたら少し温かくなってよかったね。
「んー知生のそういうところはよくしていかないとなあ――よし、今日の放課後はボールを持って公園にいくぞ」
「冬樹君とだけなら普通にやれるからありがたいよ」
「は? 真冬と悠里を誘うに決まっているだろ」
「それでもだよ、みんな知っている子だからね」
運動すれば悠里作のご飯をより美味しい美味しいと食べられるからいい、まだ時間があるのに早くもわくわくしてしまっていた。
「悠里いくぞ!」
「はい!」
にしても、冬樹君はたまに露骨さを出してくるときがあるなあ。
悠里が好きなのかな? なんかハイテンションに見えてしまう。
「ふふ、難しい顔をしていますね」
「ああ、なんか悠里と合っているなって」
「確かに楽しそうですよね、体を動かすことが好きなのでちゃんと付き合ってくれる悠里さんの存在がありがたいのかもしれません」
彼女は柔らかい表情で二人を見ている、内がどうであれ大人の対応だ。
「共通の趣味があるのはいいことだよね」
「先輩はどうですか?」
そういえば僕には『先輩』呼びだったか。
なら、この前のあれはやっぱり悠里が目当てだったのだ。
でも、そうとはっきり言わずに曖昧な状態にしておいたのは……何故なのか。
僕らの反応を見て遊んでいたというわけでもないだろうし、悠里自身に気づいてもらいたかったからかな?
「あ、僕と悠里は合わないね」
「なるほど」
放課後も一緒にいられているのは冬樹君のおかげだ。
「はぁ……はぁ……おい知生っ、知生がやらないと意味がないだろ……」
「うん」
「ちょっと悠里の相手頼むわ、若いってすごいわ……」
はは、一歳しか歳が変わらないのに変なことを言う。
ただ、待っていても悠里はボールを蹴ってきたりはしなかった。
それこそ、いまでは悠里の方が露骨な差を見せつけてきているような……。
「お兄ちゃんとやってもなあ」
「それなら瀬口さんとやったらどう?」
格好いいとやった後ならこうなるのも仕方がないか。
「そうだね、真冬さんやろう!」
「ええ」
結局、ここに僕がいる意味はなかった。
少し離れたベンチに座って見ていると「こら」と冬樹君に言われて苦笑する。
「でも、最近の悠里はおかしいな、最初の頃はこんなんじゃなかったのに」
「あのときは高校生と中学生ということで、離れていたことがよかったんじゃないかな」
「真冬との件が解決すればすぐにこうなるって知生は……」
まあ、自然と好かれる人間ばかりではないということだ。
僕は努力をしても冬樹君側にはなれない、また、努力をしていないから羨む資格もない。
「なにかやらかしてしまったとかないのか?」
「んーないかな」
「つもりじゃなくて?」
「うん」
体力も回復したようだし、あっちを優先してくれればよかった。
彼はこちらの頭に手を置いてから歩いていく。
ああいうの、女の子にもしてしまうようなら罪作りな男の子だ。
流石に勝手に帰るわけにもいかないのでノートでも見ておくことにする。
今日の授業の内容は少し難しかった、家に帰ったらちゃんと復習しておかないと。
テストが近づく度に勉強もできる冬樹君に頼るわけにはいかないから一人でできるようにする。
寧ろ僕が教えられるぐらいでいたかった、僕に聞いてくるような子はいないとしてもだ。
「あ!」
「え――ぐはあ!?」
僕の残念な反射神経では避けることができずに後ろにぶっ飛んだ。
ベンチに座っている状態でそうなれば、うん、後頭部が痛くなるよね。
顔面も痛くなっていたからある意味でバランスがよかったかもしれない。
「悠里、いまのわざとだろ」
「ち、違います、体育の授業のお兄ちゃんみたいになっただけです」
「み、見ていたのか?」
ああ、頷いている、何故そんな無駄なことを……。
「たまたまでしたけど、奇麗な空振りでしたよね」
「悠里のは違ったけどな。いやでもまさか、少し離れている知生にワンバンとはいえ、奇麗に当てるとはなあ」
「お兄ちゃん」なんて呼んでくれているけど、嫌われているのかな……。
なんか悲しくなって勉強どころではなくなった。
痛むからという理由で結局、先に帰ることにしたのだった。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「そう拗ねないでよ」
別に拗ねていたわけではなく、ご飯を食べることに集中していただけだ。
少し離れたらスッキリした、マイナス思考はよくないからやめたのに。
「お兄ちゃんなんか……面倒くさくなってない?」
「それならごめん」
「いや、謝られても困るし……」
悠里が帰ってくるまでと、ご飯を作り終えるまでに勉強はできたから後は休むだけでいい。
今日も今日とて入浴は最後だ、だからここで部屋に帰ってもいつも通りでしかない。 なのに……。
「ほら、そういうところだよ」
「いや、ただ休みたかっただけなんだけど……」
悠里が付いてきてしまって困った、どうしても拗ねているということにしたいらしい。
「今日は課題もないし、ご飯を食べたらいつもこうでしょ?」
難しいな。
「こんなんなら瀬口先輩がお兄ちゃんの方がよかった」
そ、そんなことを言われても困るけどね。
変なのが兄で拗ねて、は違うか、不貞腐れていたのは悠里だったということか。
それでも、僕にできることはなにもない。
お金があれば出ていってあげるところだけど、余裕がないからね。
「あ、あれ」
そうかっ、部屋で休むからソファでゆっくりするしかなかったのか!
せめて部屋がしっかり別れてくれていたら……と考えるのは悠里の先程のあれと同じで駄目か。
いまは外にでもいよう。
んー留まっているよりはコンビニにでもいってなにか買って食べた方がいいか。
温かい方がいいということで、小さなラーメンを買うことにした。
お湯も入れられるのがいいね、これですぐできるもんね。
「あ、電話だ」
中で食べたかったものの、流石に店内で電話をするわけにはいかないから出て応答ボタンを押す。
「ん? いま外にいるのか?」
「うん、コンビニでちょっとね」
「ならいまからいくわ」
「あ、うん」
お、もうだいぶよさそうだ。
柔らかくなった麺をズズズとすすっていると「よう」と冬樹君が現れた。
「珍しいな」
「悠里のためにね」
あの話はしないでおこう。
冬樹君だってあんなことを言われても困ってしまうだろうから。
「俺も買ってくるわ」
「うん」
こうなってくると悲しさよりも申し訳なさが出てくる。
自分で選べたりしないからなあ、出ていける年齢になるまでは我慢し続けなければならないわけで。
もっとも、これまで喧嘩をしたときでもあそこまでのことは言われたことがなかったから冬樹君に出会ってから気持ちが強くなってしまったとかかな。
そういう存在と出会ってしまったのなら仕方がない。
妹さんと関われてしまっていることも影響しているのかもしれない。
「これ、美味しいよな」
「うん、安くて美味しい」
格好いい存在だってなにもないわけではないか。
「なにかあったんだろ」
「冬樹君こそなにかあったんでしょ?」
「いや、俺はただ腹が減っただけなんだ……今日は運動したからか物足りなくてな」
みんながみんな、上手くできるわけではない。
全く動かなくても自然とボールが足元にきているわけではなかった、彼は結構走り回っていた。
妹さんが少し苦手そうな感じだったことが意外だったかな。
それでも、表には出さないで場の雰囲気を悪くしないところが素晴らしい。
「ほら言え」
「いや、なにもないんだよ」
言えることがね。
これ以上、悠里のストレスが溜まらないようにしたい――は難しいとしても、一でも減らしたいから相談を持ち掛けたりはしない。
「じゃあ、知生も腹が減っただけか?」
「こういうのってたまに無性に食べたくなるときがあるでしょ?」
「はは、まあな」
ちゃんとゴミ箱に空容器を捨て、挨拶をして別れようとしたのにできなかった。
「なあ知生、別に気にならないなら今日は俺の家に泊まらないか?」
「お風呂掃除をしないといけないから」
「そんなのやってもらえばいいだろ? な? いこうぜ」
「あ、じゃあ……一旦帰ってからなら……」
「おう」
基本的に僕の前に入るのは父なので父にその話をしておいた。
そうしたら快く受け入れてくれて、普通に問題なく家を離れることができた。
リビングに入った際、今日も悠里はスマホをポチポチしていたけど、話しかけてこなくてよかったなと。
「真冬も両親ももう上だ、俺だけなら大丈夫だろ」
「うん」
「初めてというわけじゃないから分かるだろ? タオルとかここに置いておくからゆっくり入ってこい」
「ありがとう」
何回か泊まらせてもらっていてもトイレやお風場を使わせてもらうのは気になるものだ。
でも、面倒くさい存在だと思われたくはないからささっと使わせてもらって、ささっと出てきた、それでも、風邪を引かないようにちゃんと拭いてね。
「まだまだ時間があるからな、これからどうするか」
ここ、いいなあ。
やっぱりあっちにも客間的な場所があればと考えてしまう。
「こら」
「はは、気に入ったの?」
「悠里となにかあったんだろ。ほら言え、ほら吐け、そうしないと真冬を呼ぶぞ」
妹さんを呼ばれたくないし、言いたくもない。
なので、少し厚かましい望みになってしまうものの、紅茶かコーヒーが飲みたいと言っておいた。
「それならコーヒーな――あ、くくく、ちゃんと言わないとブラックコーヒーにするぞ」
「それでいいよ」
砂糖は高い、無駄に消費させるわけにもいかないから。
買い物にいっているからこそ分かることだ。
「あー……最初からそうだけど知生ってそういうところがあるよなあ、遠慮ばかりするなよ。あと、自分のことはほとんど言わないの、なんとかしてくれよ。だってそれって寂しいだろ? 俺は色々なことを聞いてもらってきたと思うけどな」
「さっきの部屋みたいなところが僕の家にもあってほしいと思うよ」
どうにもならないのに考えてしまう、口にしてしまうという状態になって悠里の気持ちがよく分かった。
「襖を開けたらすぐに見えてしまうという状態は知生でも気になるのか」
「そういう場所があれば悠里がもっと広く使えたからね。しっかり別れていたら友達だってもっと連れてきていると思うんだ」
「で、外にいたのか? でも、意味がないだろ」
「はは、だね」
もうこうなったら荷物も少ないし、リビングで寝るか!
そうすれば朝も移動が楽になる、悠里は部屋を広く使えて両方に得がある。
「これからはリビングで寝るよ」
「あ、俺も夏休みにゲームをやりたいときはリビングで寝ていたぞ。ただ、それは夏だからできたことで、冬のいまにやったら風邪を引くだろ」
「大丈夫、耐性が高いんだ」
事実、風邪でいままで休んだことはない。
悠里はともかく、両親の協力が必要だから帰ったら言おうと決めた。
今日はこのまま甘えさせてもらうことにした。
「よし」
あっさりと両親の許可が下りた。
両親も少し気にしていたみたいで、こちらのことを考えてくれながらもいいのかどうかを聞かれたときに食い気味で返事をしてしまった。
そうと決まれば部屋の片付けだ。
「よっほ、よっほ」
一階には既にローテーブルがあるから勉強をするには困らない。
これは押し入れにでも押し込んでおこう、それぐらいは許してほしい。
「……なにしているの」
「ああ、もうこの部屋は悠里にあげるよ」
「え、お、お兄ちゃんは?」
「リビングで寝るから大丈夫。じゃ、片付けを頑張らないといけないから」
んーリビングでゆっくりするのもしたいだろうから夜はやっぱり違うところで過ごさないとなあ。
毎回外にいくのは現実的ではないから廊下? だけど、移動する際に僕と必ず遭遇するというのもよくないなあ。
「待った待ったっ、なんで急にそんなことになったのっ?」
「移動が面倒くさいからかな」
「……昨日、私があんなことを言ったから?」
「え、そんなのないない。実はお風呂掃除をしているときに『二階に上がるのが面倒くさいなあ』となってしまっていたんだよ」
椅子に座ってしまったら根が生えてしまったかのように動けなくなる。
これはあんまり関係ないけど、教室でも似たようなことになるときがあった。
あれは大変だ、時間がかかるから合わせてもらうわけにもいかないし。
「温まった状態だからなのかな、動きたくなくなるんだよね」
「そうなんだ……」
「うん。だから気にせずに使ってよ、使ってくれないと埃さんの部屋になってしまうからね」
ここには埃さんにあげられるような余裕はないのだ。
「終わった」
「奇麗だね」
「うん、普段からちゃんと奇麗にしておいてよかったよ」
暗い顔なのも最初だけだ。
少し時間が経過すれば前と違って二倍の広さに明るくなるはずだ。
ずっと「物を買いたいけど置ける場所がないから」と言っていたからね。
役に立てて嬉しい、少し押し付け気味だったとしても悠里的に損なことはない。
「押し入れにちょっと荷物が入っているのは許してね」
「うん」
「運ぶの手伝おうか?」
「いいよ、流石にそんなことまではしてもらえないし……」
「そっか。じゃあ、下にいくね」
上手くいった。
とりあえず、これを続けていくのが一番だった。




