第7話「たまには真面目に考察回!」
セレフィーナは少し考えた。
「……わかりません。でも」
「でも?」
「いつか、わかるかもしれないです!それまで、少し待っててもらえますか?」
俺は少し間を置いた。
断る理由が、特になかった。
「……そっか、じゃ!楽しみに待ってるな!できるだけ早くしてくれないと、俺が飽きてどっか行っちゃうかもだし」
「ありがとうございます!」
今日は泣きそうじゃなかった。昨日みたいに声が震えてもいなかった。ただ、静かに——本当に嬉しそうに、そう言った。
その日の昼。
図書室の奥の席に座って本を読んでいると、後ろから声がかかった。
振り返ると、白髪の老人がいた。学園長だった。
「ちょっといいかね、ノクス君」
「はい?どうかしましたか?」
学園長は向かいの椅子を引いて、静かに座った。手には、薄い冊子を持っていた。表紙が古い。革の端がほつれていて、文字が掠れかけている。
「死神紋章について、私なりに少し調べた」
「……昨日、誰かに話しましたか」
「セレフィーナ殿下から今朝、話が来た」
俺は少し止まった。
「彼女から?」
「朝の泉で実証を見たと言っていた。記録との照合のために、できればこちらにも確認させてほしいと」
彼女の名を出す時の老人の顔は、少し穏やかだった。
「殿下は信用のおける方だ。それに——私自身、三年間、君のことが気になっていたのでね」
「……三年間、ですか」
「魔力炉の件の時から、ね」
学園長は冊子をテーブルに置いた。
「死神紋章についての古い記録だ。読んだことは?」
「ないですよ。図書室の本には載ってなかったので」
「一般の閲覧には置いていない。地下書庫に保管していた。これは写しだよ」
俺は冊子に目を向けた。
「……何が書いてあるんですか」
「君が今朝セレフィーナ殿下に話したことの答えが........少し書いてあるかもな」
老人はゆっくりと言った。
「死神紋章の記録は、古代で途絶えている。最後の記録は、およそ三百年前」
「それ以降は記録がないんですか」
「ない。なぜかわかるかね」
「……持った人間が全員早死にしたからですか」
「そうだ」学園長はまっすぐに俺を見る。俺の心を見透かしているかのような細い目が、静かだった。
「記録にある死神紋章持ちは、七名。全員が成人前に廃人になるか、あるいは自ら命を絶っている」
「……」
「制御できなかったからだよ。紋章が内側から術者を蝕んで、気が狂う前に逝ってしまった。そういう例が、七つ」
「……俺は八人目、ということですか?」
「そうなる」
「......一応言っておくと、俺は大丈夫ですよ。少なくとも、今のところは」
「今朝見た限り、そうらしいね」老人は冊子を少し押して、俺の方へ向けた。
「ただ——一つだけ、聞いてもいいかね」
「どうぞ」
「君が最初に紋章に気づいたのは、いつ頃だい?」
俺は少し考えた。
「……物心ついた頃には、もう光が見えてましたよ。黒い光が。最初は何か知らなかったんですが、だんだんそれが紋章だとわかって」
「制御を覚えたのは?」
「制御、というか——抑えることは、割と最初からできてたと思います。やらない方がいいと思ってたので、早いうちから閉じてました」
「やらない方がいい、と思ったのはなぜだい?」
俺は少し黙った。
「……怖がらせると思ったので」
「誰を」
「……」
それ以上は、答えなかった。
学園長は何も聞ずに、ただ静かに俺を見ている。
「……すまなかったね」
「何がですか」
「三年間、君を放置してしまった。紋章のことも、それ以外のことも」
「別に放置されてたとは思ってないですよ」
「私はそう思っている」老人は少し目を細めた。
「君が気にしていなくても、気にしている人間がいる。..........それだけだよ」
俺はなんと答えていいかわからなかった。
「冊子は好きに読みなさい。返してくれれば、また別の資料を出せる」
「……ありがとうございます」
学園長は立ち上がった。椅子が引かれ、少し歩いてから老人が振り返った。
「一つだけ、余計なことを言うが」
「どうぞ」
「セレフィーナ殿下は——いい子だ。気性が荒いと言われてる竜族の中でも、特別に優しく、そして“芯がある”」
「……まあ、俺もそれには同意ですね」
「君も、彼女と同様そう思えるだけの目を持っている」
それだけを言って、老人は去った。
俺は冊子を手に取る。
古い革の表紙が、指の先でわずかに凹んだ。中を開くと、最初の行にこう書いてあった。
——死神紋章を持つ者は、世界の歪みを感じ取る力を持つ。しかし、その力は、術者の魂を“代償”として要求する。制御しようとすれば内側から焼かれ、解放すれば周囲を侵食する。
かくして死神紋章持ちは、生きている間ずっと——
そこで頁が、破られていた。
次の行がない。
俺は破れた頁の端を指でなぞった。古い切り口だった。三百年前に破られたのか、それとももっと最近なのか、俺にはわからなかった。
ただ——続きが、気になった。
「……なんて書いてあったんだろう」
誰にも届かない呟きが、図書室の空気に溶けた




