第59話「すべての終着点!!!」
「——《創界帰還門・エデンゲート》 開門」
三人の声が重なった瞬間、世界から音が消えた。
戦場に満ちていた轟音も、崩壊の悲鳴も、空白が削り取っていた世界の軋みも、その全てが一瞬だけ遠ざかっていく。
代わりに聞こえたのは、何かが生まれる音だった。鐘の音にも似ていたし、春先に氷が解ける音にも似ていた.......
優しく、穏やかで、それでいて決して抗うことのできない絶対的な力が、夜空に静かに満ちていく。
空に浮かぶ巨大な門がゆっくりと開いていく。
そこにあったのは、眩しいほどの光ではなかった。どこか懐かしく、どこか温かく、誰もが生まれる前から知っていたような安らぎを宿した光。
世界がまだ世界として存在するに至る前、全てが一つだった頃の記憶——そんなものを思い出させる光が、ゆっくりと広がっていく。
空白は、初めての”恐怖“という感情を目の前にして、何もせず、立ち尽くすことしかできずにいた。
今まで感情など存在しないように見えていたそれが、僅かに揺らいだ。世界を削り続けていた侵食が止まり、門の向こうから溢れ出した光が、ゆっくりと空白を包み始める。
それは攻撃ではなかった。
焼き払うわけでも、傷つけるわけでもない。ただ帰る場所を、静かに示しているのだ。
俺は理解した。
ーーーこれが“解”だったんだ。
倒すのではない、消すのでもない、世界の外から来たものを、本来あるべき場所へ返す——それだけだった........
空白が抵抗する。
世界そのものが悲鳴を上げるほどの圧力が解放され、無数の亀裂が空間へ広がり、アーカディア全域が激しく揺れた。
だが今度は違った.........光が揺るがない。
空白が広げた侵食は、門から溢れる輝きへ触れた瞬間に静かにほどけていく。荒れ狂う波が凪へ戻るように、迷子が家路を思い出すように——ゆっくりと、確実に、空白は押し戻され始めていた。
「押せぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
ヴェルナルトが叫び、銀色の光が爆発的に膨れ上がる。
何百年もの孤独。
何千回もの失敗。
積み重ねてきた全てを注ぎ込むように、男は両手を門へ向けた。俺もそれに答えるように、黒銀色の魔力が限界を超えて解放し、右腕の門印から焼けるような熱を放った。
痛みすら感じない。
今ここで終わらせる——この戦いも、この因縁も、この世界を覆い続けた絶望も........
全て終わらせるために、レインは残された力を一滴たりとも残さず絞り出した。
セレフィーナもまた両手を胸の前で重ねている。
銀色の髪が光に溶けるように揺れ、彼女は泣いていた。だがその涙は悲しみではなく、願いが届きそうな人間だけが流せる涙だった。
「帰ってください」と彼女は呟くように言う。
小さな声だったが、確実に世界へ届いていた。
「あなたはここの住人じゃないのです。だから——もう終わりにしましょう」
その刹那、エデンゲートが完全に開いた。
世界が震える。
光の奔流が空白を包み込み、今まで何をしても揺らがなかった存在が、一歩、また一歩とほんの少しずつ後退していく。
ほんの少し..........されど確実にこちらが勝っているのだ。実際。確実に空白は門へ向かって押し戻されている。
その時、誰よりも血まみれだったクロードが、ゆっくりと身体を起こした。
砕けた剣はもうない。
それでも世界最強の騎士は笑っていた。
「見事だ」とだけ言い、最後の力を振り絞って前へ踏み出す。武器も技もない、ただの拳だった。当然、ダメージなど与えられるはずがない。だがその拳が空白へ叩き込まれた瞬間、ほんの僅かに、確かに押し込まれた。
その数センチが.........その一瞬が...........勝敗を分けたのだ。
三人の力だけでは届かなかった、最後の一押し。
何十年と王国のために剣を振り続けてきた騎士が、武器を失ってもなお、前へ出ようとしたその意志こそが決め手になった。
誰も彼を称えようとはしなかったが、その場にいた全員が確かに見ていた——クロードが最後の最後で世界を救ったことを........
空白の身体が門の中へ沈んでいく。
世界が大きく震えた。
拒絶するように、あるいは別れを惜しむように、巨大な振動がアーカディア全域を駆け抜けていく。
だがもう止まらなかった。
空白はゆっくりと、しかし確実に戻っていく。そして最後に残った輪郭が、門の向こうへ消えた。
その瞬間、世界が静止する。
誰も言葉を発しなかった。発することができなかった..........長かった、本当に長かったのだ。
何十年、何千回、どれほどの絶望を超えてきたのか——それを知る者がこの場にいた。だからこそ理解できる。
ーーー今、終わったのだと。
空に浮かぶエデンゲートがゆっくりと閉じ始める。役目を終えた門は静かだった。誇示することもない、勝利を叫ぶこともない.........
ただ当然のように存在し、当然のように役目を果たしただけだった。最後の光が消え、世界へ優しい風が吹いた。
崩壊していた大地が止まり、砕けていた空間が修復されていく。消えかけていた門も、一つ、また一つと輝きを取り戻していった。
ーーーーアーカディアが、息を吹き返したのだ。
誰より先に膝をついたのは俺だった。全身から力が抜け、もう指一本動かせそうにない。そんな俺の状態を察して、セレフィーナが慌てて支える。
「レイン!?」
「……大丈夫だ、元気ピンピンだよ」とレインは笑って答える。本当は全然大丈夫ではなかったが、今だけは笑いたかった。
セレフィーナも涙を流しながら笑っていた。
ヴェルナルトは少し離れた場所で空を見上げ、何も言わずにいる。けれどその横顔は、今まで見たどんな表情よりも穏やかだった。
ようやく終わった、ようやく報われた——そんな達成感にも似たような喜びの感情に浸っているような、そんな顔をしている。1
クロードは大の字になって倒れていた。
「二度とやらんぞ……こんな戦いは」と文句を言いながらも笑っている。
誰も否定しなかった、全員が同じ気持ちだったからだ。こんなことが繰り返して起こりでもしたら、それはみんな大好きの東の名探偵の仕業としか考えられない。
しばらくの間、誰も喋らずに、全員がただ空を見上げていた。
どこまでも青い空だ。
戦いが始まってから初めて見る、本当の意味で穏やかな空だった。俺はここまで青空を美しく感じたことはなかった。あれもこれも全ては、みんなで勝ち取ったものなのだ。
そして俺は思う.........
前世で守れなかったもの、届かなかった願い、諦めたくなかった未来——その全てが今、ようやく繋がったのだと。
失敗は無駄じゃなかった、絶望も無意味じゃなかった、何百年もの遠回りがあったからこそ、今この場所へ辿り着けた。
隣を見ると、セレフィーナがいる。
消えていない、死んでいない、笑っている、生きている.........それだけで、十分すぎるほどの幸せが込み上げてきた。
空にはもう敵の姿はない、世界を脅かしていた存在もいない。残っているのは静かな風と、ようやく訪れた平和だけだった。
——ようやく全ての決着が、ついたのだ。
第59話を読んでいただきありがとうございました!!
少しでもこの作品が面白いなと思った方は、作者フォロワーや左上にあるブックマーク、評価を1でも5でもなんでもいいので、してくださるとありがたいです!
そんな前置きはさておき、読んでもらったらわかる通り、もうかなり終盤です!
なんと!今日の夕方にあげる話が最終回です!
それにつき、一つだけ謝ることが........
異世界恋愛を書くとか言いながら、最終的に戦闘ものっぽくなってしまってすいませんでした!!!
精一杯執筆するので、ぜひ最終回も読んでくださいね!




