第57話「世界で一番、貴方のことを愛しています!!!」
クロードが砕けかけた剣を握り直し、空白へ向かって踏み込んだ。
「お前らは扉に集中していろ」と背中越しに言い放ち、神速の踏み込みで空白の輪郭へ斬撃を叩き込む。
それだけで地形が震え、衝撃波が大地を抉った。
空白がクロードへ意識を向けた、その一瞬の隙が、今この場で何より貴重だった。
「行くぞ」とヴェルナルトが言い、レインの隣に並ぶ。
だが.........踏み出す前に、レインは一度だけ二人を見た。
「説明する時間は短いが、聞いてくれ」と前置きをしてから、静かに続けた。
「あれは攻撃で倒せる相手じゃない。鎖でも炎でも届かなかった。だから——倒すんじゃなく、閉め出す。あれがいる場所ごと、この世界の外側へ押し出す」
「外側へ……」
「俺とヴェルナルトの力だけじゃ、境界を引き直すには足りない..........門主は開く力、補佐官も同じ系統の力だ。閉じて、押し出すための力が、もう一つ要る」
ヴェルナルトが頷く。
「だから、お前が要るんだ、セレフィーナ。世界と世界を繋ぐ唯一の扉——お前の力が三つ目の軸になる。俺たちが押し出す方向を、お前が定める」
「私の力で、本当に——」
「お前は鍵じゃない、扉そのものだ。だから俺たちだけでは超えられない域を、お前がいれば超えられる。だから...........お前がいなければ、この門は意味を持たない」
セレフィーナは一瞬だけ唇を噛んだ。
それから、ゆっくりと頷いてレインの手を取った。指先が震えていたが、もう彼女に迷いはない。
三人が円を描くように向き合い、それぞれの右手を中心へ重ねる。
レインの黒銀色、ヴェルナルトの深い銀、セレフィーナの淡い銀光——三つの色が触れ合った瞬間、温かく、痛いほどの力が全身を駆け抜けていく。
クロードが空白の前で剣を構え直す。
「五分だ........それ以上は知らん。さっさと終わらせろ!!!」
その声を背に、三人は同時に唇を開いた。
「終わりを退け、始まりを呼べ」と俺の声が先導する。
「閉じる者、開く者、繋ぐ者——ここに在りて、一つとなる」
まるで俺の声に共鳴するかの如く、ヴェルナルトの声が重なる。
「世界の輪郭を、今ここに描き直す」
セレフィーナの声は、震えながらも最後まで途切れなかった。
三つの声が溶け合った瞬間、三人の手の中心から光が膨れ上がる。黒銀色と銀色が混ざり合い、闇でも光でもない、世界そのものの輪郭を写したような色が静かに渦を巻いていく。
これは攻撃のための力ではなかった。境界を引き直すための..........最も静かで、最も巨大な力。
クロードが空白の前で叫んだ。
「速くしろ……!」その声に焦りが滲んでいる。空白が彼の存在を吞み込もうと、輪郭を歪め始めていた。
それでもクロードは退かない。
砕けかけた剣を支えにして、何度でも立ち上がる。何十年も生きてきた騎士としての誇りが、ここで膝をつくことを拒んでいた。
「あと少しだ.......踏ん張れよ!!」
三人の力が一つに収束していく感覚があった。
痛みも疲労も、もう感じない。ただ目の前にある一つの答えへ向かって、全てを注ぎ込んでいく。
セレフィーナの掌から溢れる銀色の光が、ひときわ強く輝いた。
「私は、扉です」と彼女は静かに呟く。誰に言うでもなく、ただ自分自身に確かめるように.........
「私は、扉です」
その言葉が紡がれた瞬間だった。
セレフィーナの身体から溢れ出した銀色の光が、今までとは質の違う輝きを帯び始める。
それは魔力ではなかった。
炎でもない。
雷でもない。
もっと根源的な何か。
世界と世界の境界へ触れることを許された者だけが持つ力。かつて.........鍵と呼ばれ続けた少女が、ようやく自分自身の本当の役割を理解した瞬間だった。
銀光は静かに広がりながら、崩壊を続けるアーカディア全体へ浸透していく。
砕けかけていた大地が一瞬だけ震えた。
空を覆う巨大な門もまた、共鳴するように低く唸り始める。
レインは息を呑んだ。
感じる.........確かに感じる。
今まで見えなかったものが見えていた。
世界の輪郭、境界、存在と存在の隙間、無数の世界が重なり合いながら成立している巨大な構造.......その全てが、セレフィーナを中心として姿を現している。
まるで今まで閉じられていた地図が、一気に広げられたようだった。
「見えるか.......?」
隣でヴェルナルトが呟く。
レインは無言で頷いた。
見えている。空白がどこから来たのか、なぜ倒せないのか、なぜ攻撃が通じないのか、全て理解できた。
あれは侵略者ですらない。
あれは世界の外側、存在が成立する以前の領域。だから世界の法則が通じない、概念も効かない、破壊も浄化も意味を持たない。倒す相手ではないのだ。
謂わば.......“観測者”
世界の外へ返すしかない、そのための門が必要だった。レインとヴェルナルトが持つ開門の力、そしてセレフィーナが持つ接続の力。
三つが揃って初めて完成する。
「やはりそうだったか」
ヴェルナルトが小さく笑う。
長い時間を費やして辿り着けなかった答え。それが今.........目の前にあった。
そして、その瞬間だった........轟音が響く。
視線を向ければ、遥か前方でクロードが膝をついていた。砕けかけていた剣は、すでに半分以上が失われている。
それでも男は立っていた。
血に濡れた身体を支えながら、震える腕で剣を握りながら、空白の前へ立ち続けている。
「まだ終わらんぞ……!」
咆哮と共に剣を振り抜く、銀色の斬撃が空間を切り裂き、空白の進行が一瞬だけ止まる。
しかし........次の瞬間には再び動き始めた。
ゆっくりと、だが確実に世界を削りながら迫ってくる。クロードの顔に驚きと畏怖の表情が浮かんだ。
押されている.........誰の目にも明らかだった。だがそれでも退かない。
退けば終わる。
そのことを誰より理解しているからだ。
「レイン!! まだなのか.....!?」
クロードが叫ぶ。
その刹那.........三人の中心で光が弾けた。
黒銀、銀、白銀、色の光が螺旋を描きながら天へ昇ると同時に空が震え、大地が鳴動する。
そしてアーカディア全体へ巨大な魔法陣が展開された。あまりにも巨大だった。大陸すら飲み込めるほどの規模。
いや........これは魔法陣ではない。
ーーー世界そのものへ描かれる一つの門
レインは右腕へ視線を落とす。
冥境の門印が燃えている。
今までで最も強く..........まるで待ち続けていた瞬間が訪れたかのように、脈動している。
ヴェルナルトも同じだった。
銀色の紋様が全身へ広がっている。
彼も理解していた、これが最後だと、何百年も続いた旅路の終着点だと........
セレフィーナが目を閉じると長い睫毛が震える。彼女もまた全てを受け入れていた。
鍵ではない、犠牲でもない、守られるだけの存在でもない.........この世界を救うための一人。
その覚悟が静かに宿っている。
「さあ、これがラストステージだ!」
ヴェルナルトと俺が静かに言葉を紡ぎ出す。
「始まりにして終わりなる境界よ、失われし道を再び繋げ、離れた世界を一つへ結べ」
全員の声が重なる。
光が膨れ上がりアーカディアの空に巨大な亀裂が走った。いや.......亀裂ではない。
門の輪郭だ。
今まで誰も開いたことのない門。
世界を超えるための門。
存在を送り返すための門。
空白が反応し、明確な拒絶を示すと、進行速度を加速しながら、クロードへと迫る。
世界を削りながら、全てを終わらせようとする。
だがクロードは笑った。
血を吐きながら、満身創痍の身体で........それでも笑った。
「そうか」
小さく呟く。
「ようやく完成したか」
そして最後の力を振り絞り、最後の一撃を空白へと叩き込む。剣がその衝撃に完全に消滅したのと同時に、その力に体は耐えられなかったのか、数十メートル吹き飛ぶ。だが.........その最後の一振りが、確かに空白の足を止めた。
ほんの数秒........それだけだった。
だが十分だった。
三人の詠唱が最後の一節へ到達し、光が世界を埋め尽くす。空に浮かぶ全ての門が共鳴する。
アストラルゲート。
朱雀門。
無数の門。
その全てが一つへ収束していき、世界が息を呑む。誰も見たこともない、誰も到達することすら許されなかった領域へと足を踏み入れる。
ーーーー神話よりも遥か昔
世界の始まりにだけ存在した、この世の万物を象徴、創造し、今なお..........輪廻を司る究極の門。
レインはセレフィーナの手を強く握る。
「レイン、私は.......」
「セレフィーナ、俺は.........」
「「世界で一番、貴方のことを愛しています!!!」」
三人の想いが一つになる。守りたい未来、救いたい世界、失いたくない人。そして.........何百年も諦めなかった願い。
その全てを込めて、三人は同時に叫んだ。
「ーーー《創界帰還門・エデンゲート》 開門」




