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第57話 「解は見つけた........あとは、証明するだけだ」

 黒く染まり切った門が完全に開いた瞬間、その先に広がっていたのは——


 ——完全な“無”


 闇でも光でもない。


 色も形も音も存在しない、完全な空白。


 それを見た瞬間、言葉より先に本能が答えを出した。


 あれは存在してはならないものだ。


 あれは世界という概念そのものを否定するために、ここにある。

 

 セレフィーナが無意識に息を呑み、クロードでさえ眉間へ深い皺を刻んでいた。


 「来るぞ」と男が低く言う。


 次の瞬間、世界の方が歪んだ。


 空間が捻じ曲がり、銀色の大地が触れられてもいないのに崩壊していく。


 攻撃ではなかった。


 存在しているだけで周囲を終わらせている


 ——それだけで、十分すぎるのだ。


 遠方の門が一つ消え、さらに一つ消え、アーカディアそのものが静かに削り取られていく。


「《終焉回帰門・アストラルゲート》 開門!!」


 レインの右腕から黒銀色の魔力が噴き上がり、数十万本の鎖が空そのものを覆い尽くしながら空白へ突き刺さる。


 神すら拘束できるはずの概念の鎖が、一斉に解き放たれた。


 しかし..........鎖は、砂のように崩れた。


 何の抵抗もなく、“消滅”したのだ。


 「だから厄介なんだ」と男が歯を食いしばる。


 「概念を縛ることすら通じない——あれは存在していないも同然だから、縛る対象がないんだ」


 セレフィーナの炎の竜が空白へ突撃し、男の数百の門が力を叩きつける、クロードが神速の斬撃を叩き込む。


 それでも空白は揺るがなかった。


 触れたもの全てが消える。


 存在が、音もなく終わっていく。


 「このままじゃ埒が明かないです! ……全部、届かない……!」


 「齢70にして、こんなバケモノと戦わされるとは思っていなかったぞ」とクロードが吐き捨て、先程の猛攻により、砕けかけた剣を握り直した。


 ——違う門ならどうだ


 思考が走った瞬間、レインは冥境の門印へ新たな意識を叩き込んだ。


 アストラルゲートは終焉と縛り。


 それが通じないなら——浄化ならどうする。


 俺が以前使った“朱雀門”はいわば浄化の力、あの門を持ってすれば、あいつも.........


 俺は静かに右手を掲げる。


 その動作はあまりにも自然で、まるで空へ触れようとしているだけに見えた。


 だが次の瞬間........世界の色が変わる。


 夕焼けのような深紅が空一面へ滲み出し、その中心へ無数の金色の光線が走った。


 まるで巨大な翼の骨組みが組み上がるように.......


 一本。


 また一本。


 光が重なり合い、やがて天空へ巨大な円環を描き出していく。


 空気が震え、大地が鳴動する。


 「やっぱりお前は.......“本物だ”よ」


 その場にいた、誰もが本能で理解していた。


 何か途方もない存在が、この世界へ姿を現そうとしているのだと。


 レインは細く息を吐く。


 「――《朱雀門》」


 そして........静かに、けれども意思のこもった、言葉を一つずつ紡ぐ。


 「ーー開門」

 

 その刹那、円環の中心が砕け散る。


 その裂け目の奥から溢れ出したのは炎だった。


 しかし、それは物を燃やす炎ではない。


 紅蓮の光そのものが奔流となって流れ出し、周囲の魔力や呪力、瘴気といった目に見えない力だけを焼き尽くしていく。


 空に巨大な鳥の影が浮かぶ。


 翼を広げれば空を覆い尽くしそうなほど巨大な朱の神鳥。


 ーーー朱雀


 その瞳がゆっくりと開かれた瞬間、戦場にいた全員の背筋へ戦慄が走った。


 それは力への恐怖ではない。


 神話そのものを目撃した者だけが抱く、本能的な畏怖だった。


 空が割れた。


 黒銀色とは全く異なる、灼熱の朱色の光が夜空を貫く。


 この世に在ってはならないものを焼き払う、概念としての浄化が、空白へ向かって殺到した。


 空白が——揺れる。


 「効いています!」


 そのセレフィーナの声が戦場に響いた瞬間、全員が残りの力を注ぎ込む。


 朱色の光が空白を包み込み、白い煙が境界回廊アーカディア全体を覆っていく。


 やがて.........静寂が訪れた。


 崩壊の音が止まり、崩れていた大地の亀裂がそれ以上広がらなくなっていた。


 全員が固唾を呑んで煙の向こうを見つめていた。

 

 誰も声を出さなかった.......いや、出せなかった。


 煙が、晴れた先にーーー


 ーーー空白は“無傷”でいた。


 「……嘘だろ!?」


 男が無言で拳を握り締める。セレフィーナの顔が青ざめ、膝が小さく震えていた。


 世界の崩壊が再び始まる。


 今度はさっきより速く、まるで怒ったかのように........


 だがレインだけは、考え続けていた。


 ——朱雀門は確かに揺らした。


 傷には至らなかったが、あれは確かに手応えを感じた。


 そして今.........空白の動きが速くなっている。


 苛立っているのだ。


 つまりあれには、感じる何かがある。


 存在しないのではなく——認識できないだけだ。倒すのではなく、攻撃するのではなく、閉め出す。


 全てが一本の線になった瞬間、レインは動きを止めた。


 男が振り返る。


 「まさか……お前」


 「セレフィーナ」と俺は言い、彼女を真っ直ぐに見た。


 「お前はずっと鍵と呼ばれてきた。だが、違う——お前は扉そのものだ。世界と世界を繋ぐ、唯一の扉。だからこそあれを閉じることができる。俺たちはずっと倒そうとしていたが、そうじゃない。あれがいる場所ごと、外側へ押し出せばいい」


 「でも私一人では」


 「一人じゃない」とレインは手を差し伸べた。「門主と扉、そこに補佐官もいるんだ。全員が揃えば.........できる。前の世界でできなかったのは、二人が揃う前に世界が終わったからだ」


 男が静かに息を呑んだ。


 「それは——俺が何百年も探し続けた答えだ。倒すのではなく閉め出す。だから俺では辿り着けなかった。俺は門を開く者であって、閉じる者じゃない」


 「クロード........時間を稼いでくれ」


 「言われるまでもない、俺に今できることはそれぐらいしかなさそうだからな」


 クロードはすでに前へ出ていた。


 「余計なことを言わせるなよ」


 そう吐き捨てて、空白へ向かって飛び込んだ。


 セレフィーナが俺の手を取る。


 「解は見つけた........あとは、証明するだけだ」

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