第56話「久しぶりの共闘を楽しむとするか」
白い光が消えた時、レインは膝をついていた。
呼吸が乱れている。
胸の奥が痛い。
それは戦闘による傷ではなかった
——たった今見たばかりの記憶が、まるで昨日の出来事のように脳裏へ焼き付いて離れなかった。
崩壊する世界、泣きながら笑う銀髪の少女、そして最後の最後まで、誰にも頼らずに答えを探し続けていた男........
しばらく言葉も出なかった。
自分が抱いていた怒りも、敵意も、警戒も、その全てが今は輪郭を失っていた。
代わりに胸の中に残ったのは、うまく名前のつけられない感情.......
そんなレインを見下ろしながら、男は静かに口を開く。
「思い出したか」
短い言葉だった。
だがその声音には、何百年という歳月が静かに滲んでいた。俺はゆっくりと立ち上がり、銀色の瞳を見つめる。
記憶の中の男と、今目の前に立っている男の顔が、重なって見える。
「お前は……ずっと一人だったのか」
男は答えない。
だがその沈黙だけで、答えは十分だった。
俺は拳を握り締める。
怒りが込み上げていたが、それは男へ向けるものではなかった。
この数百年間、何千回も失敗を繰り返しながら、それでも誰にも言わずに一人で抱え続けてきた男に対しではなく..........そうさせてしまった状況そのものへの、どうにもならない怒りだった。
「なんで全部一人で背負ったんだよ」
声が震える。
言葉にしてみると、怒りよりも、責めるよりも、ただそれが悲しかった。
男は小さく笑う。
諦めたような、それでいてどこか懐かしそうな笑みだった。
「言えばどうなった? お前は変わらない。何百回見ても、何千回試しても——お前は必ず彼女を選ぶ.........だから話せなかった」
「それとこれとは別の話だろ」
「そうか?」と男は静かに首を傾けた。「お前に話していたとして、お前は何をした? 俺の言うことを聞いて彼女を諦めたか? そうはならなかっただろう」
俺は反論できずにいた。男の言う通りだと、分かっていたから。
そんな俺を見て、男は続ける。
「何百回も見た。何千回も試した——お前を生かした未来も、彼女を救った未来も、世界を救った未来も.........全部試した」
「……」
「全部失敗だった」
その言葉の重さに、レインはしばらく声が出てこない。
何百年、何千回、この男は一人で誰にも知られないまま、その全てを見続けていたのだ。
勝てない未来を、失い続ける未来を、それでも諦めずに繰り返しながら........
「だから俺は決めた」と男は言い、銀色の瞳を細めた。
「今回は俺が全部背負うと..........お前たちを次の世界へ送り出して——あとは俺一人でやると」
その言葉を聞いた瞬間、今まで黙って二人のやり取りを聞いていたセレフィーナが前へ出る。
セレフィーナは真っ直ぐに男を見返していた。迷いのない瞳を煌めかせながら。
「一つだけ聞かせてください..........あなたは今、苦しいですか?」
男が僅かに眉を動かす。
「苦しくないと言えば..........嘘になるな」
「そうですよね」とセレフィーナは頷く。
「何百年も一人でいて、苦しくない人間なんていない」
彼女は一歩、また一歩、と少しずと前へ出る。
「あなたはとっても優しい人です。だから全部一人で抱え込もうとした。でも.........それは間違いだと思います」
「間違い、か........では逆に、それ以外の方法があったとでも?」
「確実性はたしかにありません.........ですが、一つだけあります。私たちに頼ることです!」
そう言い切ったのち、一拍を置いてセレフィーナは続ける。
「辛いなら話してください。あなたはずっとレインのことを守ろうとしてきた。なら.........私たちがあなたのことを守ろうとしても、いいんじゃないですか」
男は黙っていた。
「友達なんでしょう? レインと」
その一言に、男の表情が初めて固まる。
長い長い沈黙の後、男はゆっくりと空を見上げた。
「……変わったな」と彼は呟く。
それからすぐに、小さく首を振った。
「いや。変わっていないのか」
その言葉の意味を、レインは聞かなかった。
聞かなくても分かった。前世の彼女も、きっと同じようなことを彼に言ったのだろう。
レインは男をしばらく見ていた。
何百年も一人で待ち続けた男を、何千回も失敗を繰り返しながら、それでも俺たちを諦めなかった男を、そして今も、全てを一人で終わらせようとしていた男を........
込み上げてくるものが、あった。
怒りとも悲しみとも違う、もっと複雑な何かが。
レインはゆっくりと男の前へ歩み寄り、静かに話す。
「次に一人で全部背負おうとしたら、本気で殴る。それだけは、覚えておけ」
——それから一拍を置いて、声のトーンを落とした。
「それと.......助けてくれてありがとう」
男の瞳が、大きく揺れた。
何百年も、本当に何百年もの間、誰からも言われなかった言葉だ。
世界を守るために動いていた、誰かのために選択し続けていた。
それでもこの言葉を聞いたのは、今この瞬間が初めてだったのだろう。
男は何も言えずにいた。
ただ少しだけ顔を伏せて、静かにその言葉を受け取る。
全員がそんな感傷的な感情に浸っていると、
ーーー世界が震えた
頭上の巨大な門が、急速に黒く染まり始める。
空間が軋み、銀色の大地に亀裂が走り、境界回廊アーカディア全体が悲鳴を上げるように揺れた。
男の表情が一変する。
「もう追いついたのか!? 通常よりも早い.......」
男は余裕がないのか、早口でぶつぶつと呟く。
「何が来る」とレインは拳を握り絞めながら問う。
「門の向こうにいる“何か”だ」と男は言い、黒く染まっていく門を見上げた。
「前の時代に扉から溢れ出していた怪物たちの、根源にあるもの。俺が何百年もかけて抑え込んでいた——本当の敵だ」
「抑え込んでいたのか、今まで........」
「お前たちが準備できるまでの間だけ、な.......だが限界だ」
黒い門の奥で何かが蠢く。
それは形を持たない、しかし確かな意志を持った何かだった。
世界そのものを食い破ろうとする、圧倒的な質量の敵意が門の隙間から滲み出してくる。
レインは前を向いたまま、男の隣へ並んだ。
「なら........」
男がちらりと目を向ける。
「一人で戦うのは終わりだ。お前がここまで繋いでくれたんだ、初めて.........いや、久しぶりの共闘を楽しむとするか」
男は一瞬、驚いたような顔をした後、頬をパチンと叩き、そして何百年ぶりかに——本当に救われたような笑みを浮かべた。
「そうするとするか!」
「「俺“たち”をあんまり舐めんなよ!!!」」




