第54話「運命を転換する方法とは......!?」
「世界崩壊の原因は彼女だ」
男の言葉が、静かに空気へ溶けていく。
誰も動かなかった、誰も声を上げなかった。
その言葉だけが重力を持ったように、その場にいた全員の肩へのしかかる。
「どういう意味だ.......?」
記憶の中のレインが、低く問い返す。
男は答える前に一度目を閉じた。
言葉を選んでいるのではなく、自分自身が崩れ落ちないように堪えているかのように。
「彼女の中には..........扉があるんだ」
「.......扉?」
「この世界に存在する門は、全て俺たちが管理している。だが.........彼女の中にある扉だけは違う。
——誰も作っていない。彼女が生まれた瞬間から、そこにあった」
そこで一息をつくと、もう一度深く息を吸い込み、男はゆっくりと続ける。
「世界と世界の境界を繋ぐ、本来あってはならない亀裂だ。彼女本人に悪意はない、何も知らない、ただ感情が揺れるたびにその扉が僅かに開く——喜べば開き、悲しめば開き、怒っても開く。そのたびに外側から怪物が流れ込んでくる」
「……それが、あいつらか」と記憶の中のレインが、燃える都市を見ながら言った。
男は頷く。
「最初は小さかった.........扉の隙間も、流れ込む量も、世界が吸収できる範囲だった。だが彼女が成長するにつれて感情の振れ幅が大きくなり、扉の開く幅も広がっていった。そして今——もう世界が耐えられなくなっている」
「止める方法は........」
「扉を閉じることはできない」と男は静かに首を振った。
「彼女の存在そのものが扉だからだ。彼女が生きている限り、扉は開き続ける」
「……それはつまり」
「彼女が生きている限り、世界は終わりを迎えるという未来をたどるんだ」
沈黙が落ちた。
今まで聞いたどんな言葉よりも重い事実が、その場にいる全員の心に深く突き刺さる。
魔法陣の中央で拘束されている少女が、小さく震えていた。
自分の感情が世界を壊していると知った時、彼女はどれほど必死に感情を殺そうとしただろう。
怒ってはいけない、悲しんではいけない、喜んでもいけない——人間としての全てを押し殺しながら、それでも扉は開き続けた。
生きていれば、感情というものは生まれてしまうのだから。
少女が震える唇を開いた。
「……全部、聞こえてた」
その声に、レインも男も振り返る。
少女は泣きながら、それでも顔を上げていた。
「私が生きてる限り、扉は閉じない。そういうことだよね」
「違う、そうじゃ.........」
「嘘をつかないで」
静かな声だった。
怒りではなく、全てを受け入れた者の静けさのこもった声。
「分かってるの..........最初から、何となく分かってた。私がいると、世界が苦しそうに悲鳴を上げているような感覚がするの」
「……」
「ねえ、レイン」と少女は俺を見る。
紅い瞳が、真っ直ぐにこちらを捉えていた。
「私を殺して.......?」
「断る、それは無理な話だ」
即答だった。
少女が目を見開く。
「お前がいない世界なんて、俺には要らない」
「そんなこと言わないでよ」と少女の震えた声がその場に響く。
「私のせいで何万人もの人が死んでるんだよ.......私のせいで世界が終わりかけてるんだよ。それでもそんなことが言えるの.......?」
「言える」
「……レイン」
「お前は悪くない、お前は何もしていないんだよ。ただ生きているだけ、それの何が罪なんだ」
少女が泣いた。
声を上げて泣き出す。
「でも..........結果的に私が世界を壊してる。私が諦めれば全部終わるのに、あなたがそう言うから——あなたがそう言うから、私も諦められないじゃないですか」
男が一歩前へ出た。
「レイン」と男は言う。
その声には怒りがなく、ただ苦しそうだった。
「俺だって、殺したくない。誰より殺したくない——だが世界を救うには、これしかないんだ」
「..........他の方法を探せば」
「探したよ!」と男は言い、初めて声を荒げた。
「何年も探した! 彼女を生かしたまま扉を封じる方法を........世界ごと別の場所へ移す方法を、外側にいる何かを根絶やしにする方法を、どんな可能性も試した——それでも駄目だったんだ」
「…………」
「どの未来でも、どの可能性でも、彼女が存在する限り世界は終わる」と男は続ける。
「俺が何年もかけて導き出した、唯一の答えだ」
記憶の中のレインは黙っていた。
男が嘘をついていないことも分かっている、この男が何百年もかけて探し続けたことも分かっていた。
だがそれでも..........頷くことができないのだ。
「お前だって..........本当は分かってるだろ。世界を救えたとして、その後どうする? お前は何年も全員が生き残る方法を探し続けた。それなのに、そんな大切な存在を自分の手で殺して——その後、お前は何のために生きる」
男が黙った。
「世界が救われても、お前の中に何も残らないだろ..........それでいいのか?」
「……俺の話はいい」
声が、僅かに掠れていた。
「俺は門主の“補佐官”だ。門主を守るのが役目。お前さえ生きていれば——」
「俺だけが生きて、どうなるんだ............」
男は答えなかった。
長い沈黙の後、男はゆっくりと口を開く。
「お前たちを“次の世界へ”送れる」
「何........?」
「この門には——」と男は言い、崩れかけた巨大な門を見上げた。
「世界を跨いで魂を送る力がある。転生だ.......別の時代、別の世界へ、魂だけを移すことができる」
「それが何の意味を.........」
「意味がある。ただ転生させるだけじゃない——俺の力をもってして、この門にもう一つの力を付与した。二人が次の世界で必ず出会うように、どんなに遠く離れた場所に生まれても、どんなに違う立場に置かれても、運命として引き合うように——その軌跡を、門に刻み込むことができる」
レインは息を呑んだ。
「つまり」と男は続ける。
「お前たちは死なない。ただ、次の世界へ移る。そしてまた出会う。記憶はなくても、魂は覚えている——二人は必ず、また同じ場所へ辿り着くんだ」




