第53話「世界崩壊の原因がセレフィーナ.......!?」
白い光に呑み込まれた瞬間、レインは自分の身体がどこまでも沈んでいくような感覚を覚えた。
落ちているのか浮かんでいるのかも分からず、上下左右の感覚は失われ、時間の流れすら曖昧になっていた。
それでも不思議と恐怖は湧いてこない。
むしろ懐かしかった。
何度も見てきた夢の続きを、ようやく思い出そうとしているような感覚——
そう.........これは夢ではなかった。
ずっと手が届かなかった記憶の扉が、今この瞬間、静かに開こうとしているのだ。
やがて白い光がゆっくりと薄れていき、ぼやけていた視界へ色が戻り始める。
最初に見えたのは空だった。
どこまでも澄み切った青い空には雲一つなく、光だけが満ちている、信じられないほど美しい空だった。
つい先ほどまでいた《境界回廊アーカディア》の星砕ける夜とは正反対の光景に、思わず息を呑む。
そして次に目へ映った景色を見た瞬間、レインは完全に言葉を失った。
ーーー巨大な門だ
王都など比較にならない。
山脈ですら小石に見えてしまうほどの大きさを持つ純白の門が、大地の中央へ静かに聳え立っている。
その周囲には幾重もの都市が広がり、人々が笑いながら行き交い、空には翼竜が飛び、遠くからは子供たちの笑い声まで届いていた。
平和だった。
あまりにも平和だった。だからこそすぐにでも理解する。
ーーーこれは崩壊前の世界なのだと
全てが失われる前の、遠い日の世界だ
——そしてこれは夢ではなく、レイン自身の記憶だった。
「また........門を見ているの?」
不意に声が聞こえた瞬間、俺は反射的に振り返った。
その瞬間..........胸の奥が大きく震えた。
銀髪だった。
風を受けて揺れる長い銀髪が太陽の光を反射し、まるで月光を紡いで作られたような輝きを放っている。
その下に覗く紅い瞳は、どこか寂しそうで、それでいて温かい微笑みを湛えていた。
夢の中で何度も見てきた少女——あの銀髪の少女が、今はっきりとそこに立っていた。
輪郭も声も表情も、霞ひとつなく鮮明に..........まるで本当にそこにいるかのように。
少女は少しだけ頬を膨らませながら、レインの隣へ腰を下ろした。
「最近ずっとそうじゃない。暇さえあれば門ばっかり眺めてる、少しぐらいは私のことを.........」
「仕事だからな」
そう答えた声に、レインは驚いた。
自分の声なのに、今より少し大人びている。
二十代前半くらいだろうか——記憶の中の自分は苦笑しながら肩を竦め、少女の言葉を軽く受け流そうとしていた。
だが少女は納得しないとばかりに唇を尖らせる。
「仕事仕事って……門主様は真面目すぎると思うんだよ」
「誰かがやらなきゃいけないことだろ」
「それはそうだけど……」と言葉を濁しながら、少女はゆっくりと空を見上げた。
その横顔を見た瞬間、レインの心臓が強く跳ねる。似ている...........あまりにも馴染みがある。
——顔立ちも、声も、笑い方も、全部だ。
今まで断片的にしか感じられなかった違和感が、ようやく輪郭を持って形になっていく。
目の前の少女は、セレフィーナにそっくりだった。
いや.......そっくりという言葉では済まされないほどに酷似している。まるで、同じ魂を持つ存在を見ているような感覚だ。
少女はそんなことなど知らずに、ふっと表情を和らげて言った。
「でも、少し安心した」
「何がだ?」
「あなたが今日もちゃんと生きてることに!!」
その言葉に、記憶の中のレインは目を丸くした。
少女は少しだけ照れたように笑う。
「だって門主って無茶ばっかりするから、心配しちゃうもん!!」
「そんな大それたことはしてないんだから........心配のしすぎだ」
「そりゃするに決まってるじゃないですか!!!さも誰でもできることみたいに言ってますけど、めちゃくちゃすごいことしてますからね!? 」
その問答には覚えがある。
不思議な感覚が俺の全身を包んでいく。
穏やかな時間で........幸せで........
だからこそ、次の光景が胸を締め付けたのだ。
「少し、未来に行ってみようかな」
そう男が言って、指をパチンっと鳴らした瞬間に世界が変わる。
ーーー
澄み切っていた空が、みるみるうちに赤く染まっていく。
巨大な門が悲鳴を上げるように軋み始め、都市が燃え、人々が逃げ惑い、大地の至る所から黒い亀裂が走り、そこから見たこともない怪物たちが溢れ出してくる。
平和だった世界の全てが、一瞬で崩壊し始めていた。
ーーー世界の終わり
そんな言葉が頭をよぎる、そんな惨状。
そしてその中心には、銀髪の少女が無数の鎖に拘束され、巨大な魔法陣の中央で膝をつきながら、泣いていた。
「どうして……」と少女の震える声が響く。「どうして、私なの……」
誰も答えなかった。
代わりに現れたのは、二人の男だった。
黒い外套、銀色の瞳、あの男だ
——しかし今の彼は幾分か若く見えた。
表情も違う。
今よりずっと人間らしい、苦しみと迷いが滲んだ顔をしている。
そして何より、記憶の中のレインが彼を見る目が今とは全く違っていた。敵を見る目なんかではなく、誰より信頼する仲間を見る目だ。
男が静かに口を開く。
「確定した」
——その声は重く、苦しそうで、まるで自分自身を罰しているかのような響きを帯びていた。
「世界崩壊の原因は彼女だ」




